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バロンだけでなく、この馬車に乗っていた本人以外のワタシたち5人全員が老婆だと思い込んでいた、後1人の乗客がバロンの言っていた少年だとは。
貧弱な身体つきとぶら下げていた袋から察するにアルミラの病院に行っていたのでしょう。
老婆に変装していた理由は特徴的な、地毛であろう白髪でしょうが、実年齢は恐らく10歳前後。
その髪といい、身体つきといい、なんの病気でしょう。
彼が打ち上げだ矢は辺りの木を越したところ程で燃えてなくなった。
……火矢って失敗すると馬車や木に当たって火事になったりしないんでしょうか、と疑問に思いましたが、弓の名手だというバロンの知り合いに仕込まれているのですから、その心配もないのでしょう。
矢を放った理由は、村の人に帰ったと報告するためか、はたまた……余所者が来たことを知らせるため、といったところでしょう。後者の方が可能性は高い。
そういえば、バロンが知り合いは一回で二本の矢を放つことができると言っていましたが、そんなことが出来ると聞いたことがあるのは1人だけ。
その人の名前はクライ。
弓の名手として有名ですが、性格に難有りだとか……
と考えを巡らせていると、何処からか馬車の馬とは違う馬の蹄の音が聞こえる。
恐らくバロンが乗って来ていた馬のものでしょう。
それと、1人、人の気配がする。
急停止したと思っていた馬車でしたが、目的地に着いていることが分かったため、取り敢えず馬車を降りる。
お金は全員分バロンが出していました。
そして、そこにはやはりバロンの馬と老人が1人。
老人と言っても50を過ぎた程ですが。
恐らく彼がクライでしょう。
「ほっほっほ。森を散策しておったら、珍しい馬を見つけ、久々に火矢が上がったもんで来てみれば、やはりお前じゃったか、バロン」
「カロ!よくここまで来れたな!
1人にして悪かった……!怪我はないか?」
「ぶるるっ!」
うわぁ……。
あの馬と別れたのは馬車に乗っていた数時間だけ。
それなのにあんなにベタベタして……気持ち悪……。
馬も馬でバロンの言葉を理解しているのか、返事をしているように聞こえるし…。
というか1人じゃなくて一頭でしょう、馬の数え方って。
しかも、あの老人ガン無視。
本当にこの人たちに着いてきて大丈夫だったんでしょうか……。帰ろうかな…今からでも遅くないですかね。
「ちょ、おっさん!気持ち悪い!」
今回ばかりはティルに同意。
「あー、そういえば、バロン先輩って極度の愛馬家でしたね……」
愛馬家……?あぁ、愛馬鹿。
「………」
カルアはカルアで珍しく絶句してるし……。
というか、そろそろあの老人に触れないと……
「貴様らぁ!儂の話を聞かんかぁ!」
やっぱり怒りましたか。
何かもう面倒くさい。
「「「いや、誰?」」」
あぁ……、そんな純粋に質問したら…
「…どうせ儂なんか誰も…儂なんか…」
「悪い、クライ。
カロに無事再会出来たから、つい、な。
ここまで連れて来てくれたんだろう。
感謝する」
「ふん。始めからそう言えば良いものを」
「だから、悪かったと言っているだろう」
「どうせ儂より馬の方が大事なんじゃろう」
「それは否定出来ん」
「……コトハー!!」
……どうやら性格に難有りという情報は本当のようで。
面倒くさいジジィですね。
泣き憑かれたコトハと言う少年も鬱陶しそうにしてるじゃないですか。
「クライ、その少年が手紙で言っていた奴か」
「……そうじゃ。名はコトハと言ってな。
優秀な弓の使い手じゃ」
そう言われて、抱き着かれていたコトハと言うらしい少年は離れようともがいていたのをピタリと止め、俯いた。耳が真っ赤だ。
なんというか、褒められ慣れていないのか、ただの照れ屋なのか…?
「ほぉ。お前がそこまで言うのなら、腕は確かなようだな。お前は滅多に人を褒めないからな」
「当たり前じゃろう。この儂が鍛えたんじゃぞ。
…ところで、そっちの四人は誰じゃ?」
この爺さん子供っぽいだけでなく、自意識過剰なんですか…。
「今更か。こいつらは…
「待ってー、何でもいいから宿とか行かない?
寒いし、眠いし、疲れたんだけどー」
馬車の中でも疲れたと言っていたカルアがそう言う。
ティルもコクコクと頷いていた。
「おぉ、そうじゃな。
ただこの村には宿などといったものはないからの、儂の家に泊まることになるぞ」
「いいよー」
「構わん。私もこの村に来た時はお前の家に泊まっていたからな」
「そうか。それなら着いて来い」
「ここが儂らの家じゃ」
連れてこられた場所は村の入り口から東に数分歩いたところ。シーリア寄りになる。
外観はボロボロでしたが、中に入ってみると案外古くなく、小ざっぱりとしていて、まぁ、住めなくはないでしょう、というような家で。
「布団はそこの押入れに入っておる。
勝手に使え」
と言われたので、ワタシ以外の四人は用意し始めましたが、ワタシはそのまま床に寝転び、蹲っています。
「カルアー…」
「ん?あぁ、はいはーい、用意しとくよ」
「私がやろう。
というか、布団ぐらい自分で敷いたらどうだ」
とバロンに言われたが、カルアが、レイネ乗り物酔いするから、と説明していました。
あ、そろそろ吐きそう。
「クライさん、お手洗いって何処にありますか?」
ワタシが吐きそうなのに気付いたシルラが問いましたが、
「便所などない。
外の茂みに行ってこい」
と言われて、シルラに抱き上げられて連れて行かれました。
「落ち着いたか?」
「なんとか……。
まだちょっと胃がムカムカしてますけど。
だから、旅になんか出たくないって言ったじゃないですか…」
「悪いな。お前が乗り物酔いするとは。
普段何処かに遠出するとかなかったのか?」
「クエストは多少遠くても徒歩で行ってますし、買い出しも全部シルラに頼んでます」
「薬とかないのか?」
「今は切れてます。
材料もないんで作れないですし…。
ということで、ワタシは先に寝ます。
あとは頼みましたよー」
とあの三人の世話を押し付けて、敷いてもらった布団に入る。
カルアやティルのおやすみー、という声や、バロンの焦った声を聞きながら眠りに落ちた。
「ん…んん…眩し…朝か…」
起き上がり、んー!と伸びをしてはた、とここが自分の家でなく、クライの家だということを思い出す。
昨日は馬車に酔って疲れて寝たんでしたっけ。
あの後どうなったのか知りませんが、全員が寝ています。バロン大丈夫でしたかね。
カルアの寝相が悪いのは分かっていたことですが、ティルも中々で。
二人とも布団を蹴飛ばし、捲れてお腹が見えているのを直し、布団をきちんと掛ける。
………母親か。
と自分に自分で突っ込みを入れつつ、まだ早朝のようで、皆起きる気配がないのでどうしようかと考える。
取り敢えず、この家の付近でも散策して来ますかね。
そう思うと音を立てないように家を出た。
昨日は暗くてよく見えていませんでしたが、家の周りには緑が広がり、森の中といった雰囲気ですが、悪くありません。
というかここに生えているのって全部薬草ですね。
これだけあればちょっとやそっとの病気なんかすぐに治してしまえますね。
ここが誰かの所有地だといけないので今は採りませんが、後でクライさんの許可が取れたらお裾分けしてもらいましょう。
取り敢えず酔い止めの薬は作らないと。
家の裏側に少し歩くと川が流れていて、すごく便利なところに家を建てたなと感心。
近くに的もあるので、この付近で弓の練習することもあるんでしょう。
と、一通り家の周りを見終わったので家に戻ると、ティルとコトハ以外は皆起きていました。




