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コンッ!

と澄んだ音が辺りに響く。それを聞きながら振り下ろした腕に鈍い衝撃が届く。しかし、痛みを負ったのは私ではない。


「うっ、」


赤茶色の髪が舞うのも気にせず一心不乱に突っ込んで来ていた青年が顔を顰める。最初から流そうとすらせずに私の剣を正面から受けたが故の痛みだ。素早く剣を引いて立て続けに二度、先よりも重い剣を振るう。


「っ、た、あ…」


情けなくも声を漏らしつつ一度目を何とか否した青年は二度目をに対処しかかったところで間に合わない。私の剣先が青年の肩に当たって止まると先とはまた違う、柔いものを叩いた鈍い衝撃がまた腕に走った。今度ばかりは私も顔をしかめる。


「ここまでだな」


後ろに飛び距離を取って剣を鞘に戻す。とはいえ、音でわかるように、木剣だ。


「くそぅ…おっさん、速過ぎだよ!ズルぃ!」


腕が痛いのだろう、カランと軽い音を立てて剣を落とし青年が喚く。私はそれも気にせず、落ちたその剣を拾い上げて繁々と観察し、ため息。


「ズルくない。大体、ティル、お前も私の言うことを聞いていればもう少しものになるはずだ。何故、剣では力負けすると知って俺に力比べを挑んだ?」


呆れた顔を隠す気もなくじと目でたった一人の弟子を見るとビクリと罰が悪そうに目をそらした。何も言うつもりはないらしい。ほお、と九割が呆れのため息が漏れた。


「これを見ろ」


手に持った剣を弟子のティルに渡すと渋々と言ったように利き手とは反対の手を伸ばしてくる。確かにそれなりの力を込めて打ったから痛みはあるだろうが、動かせないほどでもないだろうに。成人して、1年経ったにも関わらずまだまだ痛みに弱い、ガキのようだ。


「これの何をみんのさ」

「わからんのか。剣がゆがんでいるだろう。刃もかけてしまっている。このままじゃ、次使えば折れるか、割れるか。そうなれば、使い手の方が危険になる。お前が流さなかったからだ」

「……む。だってさ、おっさん…」

「なんだ」


少し歪んでしまって鞘にも戻せない木剣を見ながらティルは口を尖らせた。木はしなるし軽い。だが、脆く、形状も戻りにくい。修練はそこを理解して剣を大切にすることを学ぶ目的もあると言うことを、理解していないのだ。

特に、ティルには木剣での練習が不可欠で未だ鉄の剣を渡したことはない。そもそも、この国では騎士の資格を持つもの以外が剣を持つのは禁じられているというのも、その理由の一つではあるが。


「オレ、別に剣下手でもいいよ。だってさ、おっさん、城首になって今ほぼ無職じゃん。この国じゃ、騎士達以外剣持てないじゃん。別に、強くなくても働けるしさ。別に、」

「黙れ」

「う…なんでさ」


ティルの言い分に思わず低く唸るような声が漏れた。ティルは気丈にも私の不機嫌を悟ってもまだ不服そうに言い返す。度胸だけはあるのか、ただのバカなのか。こいつが生まれた時から知っているが、私はまだ判断つかないでいる。


事実は、ティルの言う通りなのだ。この国ではギルドは存在だけは認められているものの依頼がないため閑古鳥が鳴いている。困っているものがいないのではなく、困っていることが多過ぎて、それも、武力で解決できるものではなくて頼り用がないのだ。

一般人の剣の所有こそ認められているものの帯刀は禁止、もちろん、使用も禁止、と、確かにこのご時世、この国で生きて行くならば、剣は必要ないのだ。

しかし、だからと言って。


「ティル、お前は頭も良くないだろう。武道すらやめて、どうする気だ?」

「…おっさん嫌い」


私のツッコミにティルが悔しそうな顔で睨んでくる。だが、偽らざる事実である。ティルは父親に似ている。それは頭の出来もそうらしく、ティルの母親、ソルナが家計をやりくりして何とか通わせている学び舎での成績は、それなりに多くの脳筋(バカども)を見てきた私が見ても涙が出そうなほどだ。最近、ソルナからは税が高過ぎるという悩みではなく、通わせるのが可哀想になるという悩みを相談されてしまっている。


「それに、この国はきっと遠くない未来に変わる。今、学んでおくのが正解だ」

「?どういう意味?」


首を傾げたティルの向こう側。町の方からこちらに向けて歩いてくる複数人の男たちを見つけ、私はまたため息をついた。



「あの人たちなに?」


私の視線を追って男たちに気がついたティルが首を傾げる。その様にそこはかとなく嫌な予感がしてティルから木剣を取り上げ、家のある方へ背中を押した。


「私に用があるんだろう。お前は先に帰っていなさい」

「え?う、うん。…あの人たち、見たことないけど、おっさんに何の用なの?」

「お前には関係ないことだ」

「……どっか行くの?」


男たちは着々とこちらに近づいている。声をかけられるまでもう間もないだろう。何と無く焦る私に対し、ティルは不安げな顔で私を真っ直ぐに見る。その顔に縋るような色を見て、私は自身の失敗を悟った。

頭をわしわしと撫でて、さて、と悩む。ティルは頭は悪い癖に勘がいい。嘘をつけば、すぐにバレる。


「とにかく、今は早く家に帰りなさい。すぐに私も帰るから、それまで家でソルナさんと大人しくしているんだ」


私の焦れた様子に気がついたのか、ティルは渋々ながらも頷き、すぐそばにある森へと足を向ける。ティルの家は町の外、深い森の中にある。それはソルナのせめてもの反抗心が一番の理由だが、そこを勧めたのは私だ。ティルは、特に不満を持っていない様で、当たり前の様に町に背を向けて帰っていく。


その後ろ姿を見送っているととうとう男たちが私に声をかけて来た。


「久しぶりだな、バロン」

「ご無沙汰してます、副団長」


相変わらずの渋い声に頭を下げる。男はかなりの高身長で、私よりもずっとガタイがいい。美丈夫とは言い難いほどの隆々とした筋肉は私たちの様なものから見れば憧れや畏怖の対象、女から見ればむさ苦しいもののようで、彼は未だに独身だ。

私がかつて城の騎士であった頃の、配属先の副団長。もう二度と、会いたくなかった相手が今日は当時の同僚数名を引き連れ、さらには全身騎士服に帯刀と言う格好でのご登場。これで嫌な予感を感じるなと言う方が無理がある。


「バロン、あれから、何年が経ったか、お前は覚えているか」

「…八年ですか」


本題に直接入らない遠回しの物言いが私は昔から大嫌いで、思わず顔を顰めてしまう。

それに気がついているだろうに敢えて無視しているのだろう副団長はティルが去って行った方を見て目を細める。


「懐かしいな。ここはよく訓練で使った。今でもまだ多くの魔物がいると言う話だが?」

「ええ…いますが」


副団長の目は今はもう見えなくなったティルの大きいとはとても言えない背を見ているようでどうも歯切れが悪くなる。後から思えば、この時点で、私はここを離れるべきだったのかもしれない。


「…団長の息子か?」

「……何のことでしょうか」


わかりかねます、と言い添えると副団長の周りを固めた元同僚たちが気色立つ。それを副団長自らが抑えて、低い笑い声を上げた。


「バロン、お前が突然辞めたりするから、此方も色々と迷惑したんだ」


だから、キレかかるのも許してやれ、と。副団長は困ったような顔を作って言って見せる。私は何も言わずにただ黙り込んだ。


「それで、元同僚の、元上司の私の頼みを聞いてくれないか」

「…お断りすると言えば?」


言えば容易く挑発に乗った当時の後輩が腰の剣に手を掛ける。戦闘になる方が、私にとっては有難い、と練習に使った木剣とは別に腰に差していた剣の柄に手を添える。


だが、ここでもやはり、副団長はそこの見えない笑みを浮かべ、私や元後輩を諌めた。


「落ち着け。取り敢えず、話だけでも聞いて見ないか」

次回は別のキャラ視点です

読んでくださってありがとうございます

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