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二、強い魔物たちと惨めな魔物たちと惨たらしい魔物と

 需要が無かったということさ。極めて単純。明快すぎて文句のつけようがない。興行なのだから、客が求めるものを提供できないなら消えるだけ。だからオレ自身に恨み言はない。

 納得しているからな。

 そもそもあそこに長くいたいとは思わなかったので、どういう扱いも気にすることはない。むしろ出てからの、世間というものからの扱いに不当を感じたな。

 まあ、今現在の危険に囚われてる状況に比べれば、それさえ幸福に思えるが。


 魔物闘技場は広大な建物で、二匹の大型魔物でも自由に争え、中型の魔物なら四試を合同時に開催できるほど。観客席は三層に別れて、闘技を見渡し辛い最下層は中層民、中層は豪商などの金持ちや下級貴族、むろん全体を一望できる広々とした上層は金のある貴族のものに指定されていた。高い位置にあれば、大型の魔物が客席に転げ込んで来ても安全なことは当然だ。

 下層民用の観客席などはもちろん無い。人間は出られないのだから闘技場のなかにも無いな。

 当然各層の出入口は分離され、下層の者が上層に紛れ込むことなどはできない。試合中は下層観客席の扉は施錠され、下層出入口と上層席を隔てる扉が解放される。これは炎を放つような魔物によって万が一にも火事がおきた場合、とにかく上層客を迅速に避難させるため。

 闘技場から見上げても、三層は客によってくっきりと区別されている。服装が違うのだ。髪型も、飾り付けも。それぞれに個性を出そうと服を選んだりしてるかもしれないが、人というものは層ごとに大きく異り、層のなかでは区別がつかないくらい似ている。格好だけじゃなく、身振りなどの動作、声援のかけ方も、層によってきっちり色分けされている。

 こうして客はきれいに区分けされているのだが、魔物闘技場に来る客は、必ず大きな共通性をもっている。

 ボンクラだということだ。

 そもそも闘技場にいる魔物など、人間に捕獲され飼われるような哀れな奴ら。そんなものの強い弱いなどにどんな意味があるのだか。それがわからんのだからボンクラさ。


 ボンクラな客が求めるものとは、一つは強そうな魔物が強いところを見せることだろう。

 人間を上回る体躯をもつ美形のオーガが、小さくてか弱い、そうだな、たとえばゴブリンなんかを蹴散らし弾き飛ばすところなど。

 オーガがデカい棍棒を振り回すたびに喝采があがる。しかしなぜオーガは棍棒なんだろうか。雌のオーガでさえ棍棒を持たされている。何かしら、人間どもの願望が込められているのかもしれん。

 古参の生き残りならゴブリンも慣れたもので、振り回される棍棒から派手に自分で飛んで、さも効いたように見せる。むろん怪我など負わない。わざとらしさのないくらい上手ければ、同じような試合を次も組んでくれる。

 みじめな役だが、別な用途につかわれるよりはるかにマシだからな。

 今のオレの有様は、けっしてフリではないのだが。


 そしてもう一つ、血だ。無惨な死。解体。生体解剖を観劇したがってる。

 人間同士にそんなことさせりゃ、興行主は縛り首、観客だって最下層は重い刑罰を受けるだろう。上層の分も引受て。

 だが魔物なら、許可さえ取ってりゃ問題にならん。

 巨人族が足裏の長さほどしかない身長の、小さくてか弱い、そうだな、たとえばゴブリンなんかを踏み潰し、八つ裂きにする。

 これに関しては上手い下手はないな。ゴブリンはみな初参加だから。檻で隔離されてる闘技場は逃げ場がなく、最後の一匹を潰し終えるまで試合は続くので、二回参加などというものはない。

 まあ、一度だけ例外があったんだがな。それも生体解剖であるにははあった。客が期待する方ではなく、巨人の方のではあったが。そこからオレという存在と闘技場興行とのあいだに齟齬が生まれてきたらしい。


 他には、そうだな、互角の魔物同士の高度な接戦を観たいなんて通気取りのボンクラもいるか。

 マンティコア対グリフィンの宿命の対決だとかねぇ。毒の尾針と毒の蹴爪でのんびりとした突っつきあい。そもそもこいつら毒に高い耐性あるうえ、頭の程度も人間に劣らんので、互いに目配せして適度に調子あわせてるだけなんだがな。あくびが止まらんようなもんだが、これが本当の戦いだ、真剣勝負だ、などと感激するのだから、ボンクラといって差し支えなかろう。

 そういった客に、オレは真剣勝負というやつを教育してやったのだが、感謝されることはなかったな。


 つまり、小さなゴブリンが大きな強い魔物に一瞬で終える殺戮劇を、観たいという需要はない。


 実のところ、オレにも贔屓がついたことはあるのさ。ガキのときにな。

 毛色の違うゴブリンのガキどもを檻に集めての殺しあい。糞尿たらし悲鳴を上げながら逃げ惑うオレの姿は、滑稽な見物であっただろう。

 当時のオレは逃げるだけで殺せたことはない。同い年でゴブリンの標準より大柄な、強く、何匹も殺していた奴もいた。おそらく成長すればホブゴブリンと呼ばれるようになっただろう。そいつは闘技場だけではなく、ガキどもの寝床部屋でも王者気取りさ。あこがれたねぇ。オレは何度夢のなかでそいつになったかわからん。いつも野心を語って、オレを含めたチビどもを興奮させた。ゴブリン同士の試合を無敵で卒業し、他の魔物と戦ってたちまち死んだが。ゴブリンのガキ同士で得た自信など、とりたてて役に立つもんではなかったようだ。

 オレに関しちゃ最後の一匹になるまで、なんてルールなら今頃は生きちゃいないな。ある程度数が減ったらそこまで。ゴブリンは廉価だが、そう無駄にもできん。予算ってものがあるし、ゴブリンのガキ同士の争いなど大した賭け金のかかる試合でもない。毎度同じ服で出されてたので、生き残ってるうちに憶えられて、ついにはオレに賭けはじめる客もでた。殺すことではなく、殺されずに終えることができるかどうか。顔も名前も憶えられてるわけじゃなく、いつもの色の服の奴、という指定さ。さてどんな色だったかな。もう思い出せん。

 成長して服が入らなくなりその競技から抜けても、服は別のガキに受け継がれて、賭け継がれていった。中身が交代したことを認識した客がどれほどいたかな。

 四代目だか五代目だかでついに運も尽きたらしい。

 オレ自身の運も、今は怪しい。


 生き延びて背も伸びて、肉もついてきたときに、オレは師と呼びうる存在に出会った。オレが身に付けた殺技芸の師さ。

 ゴブリンが技術を身に付ける。笑えるだろう。オレでもおかしい。

 ゴブリンが学ぶ技術といや、ゴブリン語ぐらいなもの。あの、単語の貧しい文法もあって無きがごとしの粗雑な言語さ。身振り手振りの方が、まだ能弁というもの。

 ゴブリンはガキ以外のものを生み出して来たことはない。日常使う道具ですら、他所から強奪してきた。自衛され対策されたらもう襲えない。そこを捨て、他の無防備な餌場を探す。なかには妙な、宗教的習慣を持つ群れもあるが、文化的ってもんでもないな。かつての略奪先で行なわれていたことを、猿真似してるだけのことさ。

 そんなゴブリンが、精妙な闘争術を習得するなどと、誰が信じようか。当のゴブリンでさえ納得しなかっただろう。


 もっとも、そのおかげでオレは強くなった。つまり闘技場内で用意されてる程度の魔物の間じゃ無敵になった。生き残るのに十分どころか、それ以上に度外れて。それは闘技場としちゃ困りものか。オレの指先は鉄はおろか竜のウロコも裂く。人間どもに捕まり飼われてる惨めな魔物ごときが相手して、誰が生き残れようか。

 しかし見栄えのないゴブリンが強くなっても、客たちは王者として遇するつもりにはなれないらしい。そんなわけでオレの相手に大金賭けるようになってきた。問題は、オレを殺せそうと客が期待するのは強い、つまり捕獲するのが困難な、高価な魔物であり、しかも大金だして入手しても一試合でただの死体にかわるということにある。結局闘技場はこの状況に音をあげた。どんな魔物をつれてきてもオレをどうすることもできず、それは客をどうすることもできないってことだ。

 妥協しあえる点があっただろうか。オレが強さに酔ってたところは無いではない。だが、手加減するというのは当時のオレの力量を超えてたのも事実だ。殺戮の技を持とうと、肉体は脆弱なゴブリンであることにかわらない。

 そういうオレの存在に、たまらず毒を盛るようなマネもあった。人間どもがオレを誤魔化すことは無理なことだな。それはオレの洞察力もあるだろうが、人間どもは結局オレがゴブリンであるからという理由で愚かと見なすことを止められなかった。愚か者を騙そうというスキだらけの心が、オレを殺そうというのは下らんことさ。とりあえず二度とないように、企んだ者と闘技場に勤めるそいつの家族を皆殺しておいた。いくらかは反省しただろうよ。

 オレをどうにかできるのは、もっと巧妙なものさ。たとえば今の状況のように。


 このことでわかるだろう。オレが教授されたものは神技であり、その体系はもはや哲学というべきものだった。世界のことごとくを闘争と調和とに分別し、それにより己の行動を統括する。肉体から血を流しあう闘いだけに留まらず、それは心と心、意思と意思との闘争へ結び付いている。すなわち意思をもって勝ち、心をもって殺す。世に武芸を名乗るものは多いが、これに勝る哲理など他に無く、異論があるなら良し、オレのこの指と話し合わせてやろう。

 一つ残念に思うことは、オレはついにその体系の名を知らずに終ったということのみ。


 さて師のことだが、それほどの伝授を可能な者がなぜ魔物闘技場などに。当然の疑問だ。実のところ、オレも正確に答えられるわけではない。思うに師は、様々なことに飽きていたのだろう。この闘技場を出、外を見ることにすら。

 師はもちろん人間ではない。人型ではあったが。闘技場の人間どもも分類できなかったらしく、その肌の色から、赤銅魔人と呼ばれていた。つまり名前すら知られていないのだ。経営者の一族ですら、師がなぜ、いつからここにいるのか知る者がいないのは不思議なことだ。

 師は老いていた。それもただ老いているというのではない。すさまじく老いていた。おそらくはこの世界と同じくらいに。七百年前にあったという「ほろびのとき」よりも以前の、億年をすごしたという世界と同じくらいに。そのような存在を、誰がその心を計り知ることができよう。すでに滅びたという師の同族か、あるいは師を創り出したという神というもののみか。しかし、あるいは、ただ寂しいというだけのことかもしれない。

 師の思い出話は奇妙で面白いものだった。かつて世界が混沌であったとき、神によって創り出されあたえられた世界創造の役割。生み出された世界は己の力で運動を始め、役割を終えた同族は次々消えていった。

 師のみは消えずに残っていたという。ただ一人、億年の時を。すなわち師は未だその役目を終えていないということだ。それはいったい何なのか、師は答えず、オレの想像がおよぶところではない。

 どれほど奇天烈な話であっても、オレはことごとく師の話を信じた。替わるものを持っているわけでもなく、また、師が授けるものはすべて真正のものばかりなのだからどうして疑えよう。

 つまりまあ、神というやつは、人間どもが信じているようなものじゃなく、赤銅色の肌をしているということさ。それだけで信じるに足るじゃないか。


 なぜ師がゴブリンに技を叩き込むつもりになったか、オレは知らん。知る必要もないことだし。オレに学ぶ理由があるだけのこと。ただ、師は相当に楽しそうだった。ゴブリンに可能なこと不可能なことを選別し、鍛えて身につくこととつかないことを判明させて、それに合せ技を変えていった。だからオレの技は師と同じものではないし、全伝でもない。

 必要なことだけで構成されて、まことに合理的であるとも言えるな。あるいは趣味の産物とも言えるか。違うものになったから、師はオレにその名を伝えずにいたのかもしれん。

 なんにしろ、すみやかに消え去る命だったオレが生き残ったのは、師の教えのおかげに他ならない。しかし、闘技場を出、世間での経験を積み、狡知をも身に付けたオレは、疑問を持つことにもなった。

 はたして、師の心には、善意だけであったのだろうかと。あるいは悪意が、諧謔のごとき悪意があったのではないのか。

 仲間に置き去りにされ、何事をも分かち合う者のない師が作り上げたのは、このオレ。もはやゴブリンを仲間と見做しえず、おそらく類似するものは存在しないこのオレを。

 闘技場を出たオレは、自分に居場所がないことを知った。ゴブリンの群れにはもちろん、人間どもの社会にも。ゴブリンにはゴブリンのあり方があり、そこからはみ出したものを世界は容赦しない。もっとも、それは人間だろうと他の魔物だろうと違わんだろうな。にもかかわらずオレは、いや、だからこそオレは野心を燃え上がらせた。自身が無二の存在であることへの矜持もあったのだろう。時々に起きた偶然の出来事を利用し陰謀を張り巡らせ人間社会に地位を築き高めた。己が知と力のことごとくを尽して。

 多くの者達が運命を曲げることとなったオレの野望は、ついに果されることなく途上で潰えた。だが、たとえ全てを満たし成し遂げたとしても、その成功を分かち合う誰かを、オレが見つけ出すことはなかっただろう。


 師の心に悪意が潜んでいなかったと、どうして言えるだろうか。


 闘技場を出て以後、当然ながらオレは師と再び会ったことはない。これからも無いだろうな。オレは今尚師に訊ねたいこと教わりたいことがあるが、それを言い出せばキリがない。そのうえ、とりたてて師の安否などは気にならん。オレの骨が塵になり、闘技場が廃墟となりこの大陸の形が変ろうと、師は相変わらず待ち続けてるだろうからな。その役割を終えるときを。

 しかし、今のこのオレを見て師が何を言うかは興味がないではない。運命の変転を経て、冒険者などに零落れた今のオレを。心の目に師の姿を浮べ、心の耳をすませば、聞こえるかもしれん。それはおそらく・・・・

「心の目で見る前に、先ずは肉体の目でしっかりと見よ。わかっているのか。オマエは今死にかけてるんだぞ。さっさと立ち上がって迫る脅威に備えよ」


「そうだ。オレは今、生死の境にいるのだ。急がなくてはならない」

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