向こう側
彼が目を覚ますと、そこは浜辺だった。
途切れた記憶の破片から、自分が助かったのだとわかった。
彼の船は嵐に遭い、板切れとなった船につかまって彼は幾日か海に漂っていた。
周りを見回したが彼の仲間は浜辺にはいなかった。
おそらく助かったのは彼だけではないだろうか。
船の中で一番若かった彼の体力ですら、今は底をつきかけていた。
彼は気力を振りしぼり、立ち上がって人を探した。
助けを呼ばなければ。そして家族に自分の無事を知らせねば。
お腹もすいている。仲間たちも探さなければ。
彼は太陽に照らされ、乾き始めたボロボロの衣服をまとったまま歩き出した。
そこは見慣れぬ格好の人間ばかりだった。
話しかけようとするとすごい形相で逃げていった。
助けて欲しいと話しかけるのだが、会う人間すべてが彼を見て逃げ出した。
クタクタになって、大きな木の陰で彼は座り込んだ。
思った以上に彼の体力は消耗されていた。
なぜだ?なぜ俺を見て皆逃げ出すのだ?
なぜ助けてくれないのだろう?
…ふと、彼の視界が赤く染まった。
一瞬、何が起こったのか。彼自身全く分からなかった。
首に激痛が走った。
倒れこみ、後ろに人が数人立っていることにようやく気がついた。
口々に何かを言い、彼に再度棒で殴りかかろうとしていた。
彼は、必死で逃げた。
人々が彼に殺意を持っていたことは明らかで、彼は逃げることしか出来なかった。
浜辺まで逃げてもなお、人々は彼を執拗に追った。
彼は、海へ入った。
逃げ場はもはや、そこにしかなかった。
彼には、すでに自分の力で進んでいけるだけの力が無かった。
ただ、板切れに力いっぱいしがみつくだけで波に任せ、浜辺へと流れ着いた。
そこが、先ほどの浜辺と同じ場所なのかどうか、彼には判断できなかった。
ただただ、疲労し、彼は眠りについた。
帰りたかった。ひたすらに自分の国へ帰りたかった…。
暖かな暖炉と温かなスープと、そして、家族の居る海の向こうへ…。
翌朝浜辺に、鬼が死んでいると噂が立った。
赤毛のとても大きな体をした異国の民。
鬼と呼ばれた、彼のあまりにも不幸なお話…。
よくあるお話ですが、自分なりに書いてみたかったのです。