【03】疑問ばかり Side桜
何も無かった。
何も無かった、何も無かった、何も無かった。
さっきから繰り返し、繰り返し同じ単語を何度となく繰り返しているのはもう仕方が無いことだと思う。
理由は言わずもがなってやつだ。
だいたい、起きた瞬間からおかしい。
疑問①
いつあたしがベッドに入ったのか。
疑問②
何故あたしが真っ裸だったのか。
疑問③
何故あいつが隣で、しかも腕枕(これ重要)をして寝ていたのか。
疑問④
ヤッチマッタノカ。
あたし的に目下の最重要疑問は④なんだけど、他の①~③の疑問もかなり気にはなっている。
特に③の辺りが。
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ーーーーーー!!!!!!」
思い出せない事に悶絶して、こんな濁点ばっかりの溜め息も既に何回目だろう。
今は流石に店の中にはお客さんがいないからいいものの、もし誰かいたら確実に白い目で『この女、あぶねー』とかって思われるんだ。
こんちくしょう。
だふー…と店の机に突っ伏して、未だに思い出せない記憶を手探り状態で探る。
うーん…。
確か、あいつが夜に電話してきてスパンコールがどうのこうのだから、店開けろとかって言ってたような気がする。
うん、そこまではクリア。
んで、会社まで連れて行かれて(自社ビルではないにしろ、何フロア借りてるんだ。フェロモン帝王様)、んでもって服にスパンコールを付けてる所も覚えてる。
初めてあいつが仕事してるの見たけど、悔しいくらい格好良かったのは認める。前から知ってたけど、骨っぽい長い指に目を奪われたのはあたしが指フェチだからって事にしておこう。うん、好みなんだよ、あの指…。
………。
おっと、いかんいかん。なんかいけない方向に走りそうだった。危ない危ない。
でー、一杯奢るとか言われたから白ワインがいいって言ったのも覚えてる。
何故かあいつのマンションに連れていかれて(やっぱりいい部屋だった)、美味しいワイン飲んで、それからビールも空けた…んだろう。リビングに転がってた空き缶と空き瓶を見る限りでは、二人であれだけ飲んだんだろうな。
まあ、あいつはほとんどザルみたいなもんだし、あたしも自分で言うのもなんだけど結構お酒は強い。
でも!!!
記憶が無いんだよぉぉぉぉおおお!!!!!!
ワイン飲んでからの記憶が無い。
ぶっつり途切れてる…!
イブだって言うのに、本当についてない…。
クリスマスプレゼントが、あいつの裸の無料観賞券だったんだろうか…。
笑えない。
笑えないよ、サンタクロース!
そりゃあさ。
細マッチョ好きなあたしにとっては、かなり福眼でしたけどね?
腹筋見事なまでに割れてたし?肘から手首にかけての筋具合がもろ好みだとか、鎖骨がすっげーエロイとか引き締まった腰とか?
…そりゃあ朝だったから元気いっぱいな箇所は見て無いけど。ていうか、見れなかったけど!!存在は如実に感じてました!!ああ、もうごめんなさいよ!!
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛………」
「うっわ、暗いっすねぇ…どうしたんすか?」
「あー…おはよう、たくちゃん。そっか、もう配達の時間?」
「おはようございます。これハンコお願いしますね。」
「はいはい、えーっとこれとこれと…これね。はい、いつもありがとねー。」
「あざーっす!つか、桜さん、どうしたんすか。さっきから変な声出して。」
毎日の荷物の配達をしてくれる業者の前田拓弥が、すっごい怪訝そうな顔であたしを見てくるので、ははは…と力の無い笑みを返した。まあ、たくちゃんとは長い付き合いだ。こんな顔してたら追求してくるに決まってるんだけどさ。
「あ、忘れてた。たくちゃん、メリークリスマスー。」
「うっす!メリクリ!!桜さん昨日どうしたんすか?まさか一人飲み?」
「…あんま聞かないで…」
「うわぁ、可哀想に…」
「可哀想ってなによ!!なにさ、たくちゃんだってクリスマスだからって急いで合コンで彼女作ったくせに!」
「わ、悪いっすか!?」
「悪くないけどさぁ……ああ、あたしも彼氏ほしいなぁ…」
「…桜さん、なんか切実すぎて泣けてきますよ。今度合コンあったら誘いますから、元気出してください。」
「完全フリーのいい男揃えろ。」
「………うっす……」
「じゃあご苦労様でした」と言って帰って行くたくちゃんを見送って、あたしは一息付いた。
彼氏かぁ…。
確かにクリスマスを過ごすために彼氏を作る子はいる。あたしの友達だって、そんな子はザラにいるし、それを別にどうのこうの言う必要は無い。
ただ、それがあくまでの繋ぎとしての彼氏だったらあたしは必要ないだけで。
ふと、あいつの顔を思い出した。
一人の女に絶対縛られない男の顔を。
まあ、あいつの場合、繋ぎだろうが遊びだろうが大差ないんだろうし、本気になる女なんか現われる方が奇跡に近いんじゃないだろうか。
それを愛する義妹にまで指摘されてた辺り、最早救い様が無い。
それなのに、なんであたしはあんな男が好きなんだろうなぁ…。
またしても変な声が出そうになったもんだから、気を取り直して届いたばかりの荷物の整理を始めることにした。




