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マニュキュアの途中で

作者: WAIai
掲載日:2026/11/02

花の香りが残っているような春の夜。

伊藤まなは足の爪に、マニュキュアを塗っていた。

色はオレンジ、春の明るさを表したかのようだった。

「ーよし、塗れた」

両足を眺め、満足そうに言うと、後ろから抱きつかれる。

持っていたマニュキュアの瓶を落とし、まなは慌てる。

ー早く拾わなくちゃ!! でも…。

がっしりと捕らえられていて、身動きができない。

まなは何とか首だけ横に向けると、後ろの男性に言う。

「涼太、ちょっと待って。マニュキュアの瓶が…」

「関係ない。俺、待った。すごく待った」

はっきり言われ、髪を口に含まれる。

少し噛まれるような形で、身体が気持ちいいと伝えてくる。

ー全く、涼太ったら。

熱い息を吐きながら、まなは緊張していた。

2人ともまだ20代で、身体は若々しかった。

まるで桜の花びらを思い出させるように、2人の身体が染まっていく。

涼太ー西野涼太とは、付き合って1年、同棲生活を始めたのは、ここ2か月が経った頃だった。

人によっては、早いとか遅いとか、言われるけれど、気にしなかった。

ー人の言うことは、当たりハズレがあるから。

笑いながら流す。

それが1番だった。

「ーまな」

「うん?」

身体の力が緩んだので、顔を向けると、突然、キスされる。

それも深くて長いの。

息が続かず、涼太の腕を叩くと、ようやく解放される。

「まなの唇、蜂蜜が塗られたように、甘い」

「え…。そうなの?」

濡れた唇を気にしながら、まなは身体を回転させられ、慌てる。

「ま、マニュキュア、片付けさせて。その、邪魔になるから」

「駄目。少しも放したくない」

涼太はマニュキュアを拾い上げると、遠くへ捨てる。

「あ」

まなは声を出したが、マニュキュアの瓶と一緒に、冷たく転がるのだった。

ーもう強引なんだから。…でも、そこが良かったりするのよね。

力強く抱きしめられ、まなも恐る恐る、涼太の背中に腕を回す。

涼太は喜んで、頬にキスしてくる。

まるで大事な宝石を前に、口づけするような、そんな優しいキスだった。

「ー一緒に風呂に入る?」

「え…。ち、ちょっと待って」

まなが慌てて、身体を放そうとしたが、涼太に邪魔される。

「今は駄目!! やっとマニュキュアを綺麗に塗ったんだから」

「ちっ。せっかく誘ったのに」

涼太に身体を解放され、まなはほっとしたのも一瞬、淋しさから腕を伸ばす。

「待った!! その…キスくらいならいいんだけど」

「本当に? 嫌じゃないの?」

「嫌なわけ…その、あるわけがないじゃない!!」

一生懸命、想いを伝えると、涼太はにこりと笑い、また抱きしめてくる。

足のマニュキュアは多分、シールのように剥がれているだろうが、この際、もういいやと思うことにする。

オシャレをするよりも、涼太とスキンシップするほうが優先だった。

彼以外、触って欲しくないし、じろじろと見られたくなかった。

涼太の身体に鼻をこすりつけると、男性特有のフェロモンの香りがする。

それは強くて、優しくて、嘘がつけないものだった。

ー嘘は嫌い。すぐにバレるから。

まなは密かに眉根を寄せ、固まる。

この世の中、嘘だらけで、誰を信じていいのか、自分次第だった。

もちろん、涼太も嘘をつくことがあるのだが、元々、素直で明るい性格なので、すぐにバレるのだった。

ー可愛い。

くすりと笑うと、涼太は20代の男性というより、子どものように思えた。

「何? どうして笑ったの?」

「うん? ちょっとね」

「駄目。教えて」

背中に爪を立てられるが、痛みはなく、まなは正直に伝える。

「涼太、可愛いなと思って。大型犬みたい」

「は? 大型犬? 俺が?」

「そう。その通り」

涼太はまなの顔を覗き込んでくると、じっと見つめてくる。

嘘は言っていないので、堂々と視線を返すと、瞼にキスされる。

「まなは正しいことしか言わないからな。俺、馬鹿だけど、それくらいは分かる」

「こら。自分で馬鹿って言わないの!! 自分を傷つけても、自分が痛いだけでしょう!!」

本気で怒ると、涼太がびっくりしたような顔をし、それから満面の笑顔を浮かべてくる。

「まな、大好き」

「ありがとう。全く、もう2度と言わないでね。そうじゃないと、涼太を選んだあたしまで、馬鹿になっちゃう」

「あ、そうか。ごめん」

しゅんとした姿は、まるで大型犬そのもので、まなは優しく涼太の頬に触れる。

「いい? あたしの涼太は強いところもあるけれど、包み込む優しさがあって、嘘をつけない人なの。素直なところが気に入っているんだから、こうしてやる」

涼太の頬を軽くつねると、彼は意味が分かったようで、嬉しそうにうなずいてくる。

単純なところも、涼太のいい点だった。

ーこの人には、あたししかいない。導けるのは、あたしだけだ。

そう決めつけると、興奮を促すように、まなからキスをする。

涼太の唇は熱く、愛が溢れているようだった。

ー一生に一度の恋しか許されないのだとしたら、涼太がいい。

自分でもすごいことを思っているなと気づいたが、涼太への癒やしをやめようとしない。

またキスしようとすると、逆に襲いかかられ、深いキスとなる。

まなが床に倒れても気にせず、ずっと追いかけてくる。

「ちょ…!! 涼太!!」

「うるさい。まながいけない」

涼太は狩人みたいな目つきをすると、そのまままなの身体に触れてくる。

春の夜は穏やかで、2人の息づかいが大きく聞こえる。

「まな、いい?」

「…いい。涼太の好きにして。あたしも、その、頑張るから」

何をとは言わず、2人の身体が重なる。

まなは涼太にされるままじゃなく、髪に触れたり、頬に触れたりする。

「ん…!! その、あの!!」

キスの合間に声を上げると、涼太がしっと人差し指を立ててくる。

「今は俺のまななの。俺しか時間を使っちゃ駄目なの」

「…うん、分かった」

強く抱きしめられ、まなはほうと息を吐き出す。

床の傷みなど、関係なく、涼太の大きな手に操られていく。

ー涼太はあたしのもの。あたしも涼太のもの。これ以上の幸せはないわ。

ちらりとマニュキュアが目に入ったが、床に転んだ姿に何故か、ほっとする。

まなは安心して、涼太の愛情を一心に受けるのだった。

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