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【証拠はいらない】帰りを待つ犬

作者: Wataru
掲載日:2026/02/08

相談者は、四十代の女性だった。


足元に、小さな犬を連れている。


椅子に座ってからも、犬はずっとドアの方を見ていた。


「……この子が、待ってるんです」


それが最初の言葉だった。


「誰を」


「主人を」


少し間が空く。


「去年、亡くなって」


犬の頭を撫でる。


「それから、毎日」

「玄関で待つんです」


静かな声だった。


「散歩に行っても」

「帰り道になると、必ず立ち止まって」


喉が詰まる。


「帰ってくると思ってるみたいで」


犬は、ただ静かに座っている。


「もう帰ってこないのに」


沈黙。


「分かってほしいんです」

「もういないって」


俺は、犬を見る。


耳が動いた。


「分かってるよ」


彼女が顔を上げる。


「え……?」


「いないことくらい」


少し間を置く。


「でも、待ちたいだけだ」


沈黙。


「人間はな」

「理由をつけて、納得しようとする」


犬は、静かにドアを見ている。


「でもこいつは」

「好きな相手が帰るのを、待ってるだけだ」


彼女は、何も言えなかった。


「……かわいそうで」


「そうか?」


少しだけ笑う。


「好きな相手を、好きなままでいるだけだ」


沈黙。


帰ってこない人を、

それでも待っている。


理屈じゃなく、

気持ちのままで。


それでも、生きていけるなら。


犬は、何も知らない顔で尻尾を振った。


俺は、しゃがんで頭を軽く撫でる。


「……な?」


犬は、もう一度、小さく尻尾を振った。


だから――

もう、証拠はいらない。


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