表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

第7章 奪う者たちの論理

夜の連合との接触は、管理局にとって「交渉」ではなく「抑止」の対象だった。


 彼らは組織として存在していない。統一された指揮系統も、固定された拠点もない。ただ、夜に溶け込み、物資と情報を循環させながら生き延びている集団――それが、管理局の定義する夜の連合だ。


 アルトに与えられた任務は単純だった。

 影響度の測定。危険度の再評価。必要に応じた是正。


 通信は音声のみ。映像は意図的に遮断されている。相手の位置情報を悟らせないため、という名目だが、実際には「顔を見せない文化」への配慮でもあった。


 「こちら、夜盟。聞こえてる」


 低く、落ち着いた声だった。年齢も性別も判別しにくい。だが、その背後に複数の気配が重なっているのが分かる。


 「評価管制オペレーター、アルトだ」


 名乗った瞬間、自分の名が、この場では重荷になると感じた。


 「管理局の人間が、こんな時間に何の用だ」


 「確認だ。最近、物資流通に異常が出ている」


 「異常?」


 声が、わずかに笑いを含んだ。


 「それ、そっちの配分が止まっただけだろ」


 アルトは即答しなかった。事実だったからだ。管理局の最適化により、夜間流通は意図的に抑制されている。効率の悪い経路は切り捨てられた。


 「奪取行動は、管理の安定を損なう」


 定型文を口にしながら、アルトは自分の声が乾いているのを感じていた。


 「奪ってると思ってる?」


 夜盟の声は、静かだった。


 「俺たちは、拾ってるだけだ。落ちてる物をな」


 アルトは、評価ログを確認する。夜の連合による物資取得は、確かに被害として計上されている。だが、その大半は「未配分物資」「流通停止資源」だった。


 「配分されなかった物資は、管理局の所有だ」


 「配られなかった時点で、もう管理されてない」


 短い沈黙。


 「聞くが、アルト」


 相手は、初めて彼の名を呼んだ。


 「管理局は、奪う理由を持たない人間を、どうする」


 「評価に基づき、再配置か隔離を――」


 「じゃあ、奪う理由を持った人間は?」


 アルトは、言葉を探した。評価表には、そんな項目はない。


 「理由があるなら、理解できる。理解できるなら、交渉できる。交渉できるなら、管理できる」


 夜盟の声が、少しだけ低くなる。


 「俺たちは、管理されたくないわけじゃない。ただ、理由を消されるのが嫌なだけだ」


 理由。

 生きる理由。

 奪う理由。


 アルトの脳裏に、壁外居住区のグレイの言葉がよぎる。置いていけなかったから、外に出た。決して、反抗のためではなかった。


 「……君たちは、何を求めている」


 「選択肢だ」


 即答だった。


 「奪うか、死ぬか、じゃない選択肢。夜が終わった後に、朝を選べる余地」


 その言葉は、管理局の理念と真っ向から衝突していた。選択肢が多いほど、予測は困難になり、管理は不安定になる。


 だが同時に、アルトは気づいていた。

 管理局が安定を保ってきたのは、選択肢を削り続けた結果だ。


 「……交渉の余地はある」


 そう言った瞬間、管制システムが反応した。


 未承認発言。評価権限を超過しています。


 アルトは、警告を無視した。


 「奪取行動の抑制と引き換えに、非公式流通の一部を黙認する」


 それは、管理局のマニュアルには存在しない提案だった。


 通信の向こうで、微かなざわめきが走る。


 「面白いこと言うな、管理屋」


 夜盟の声が、少しだけ柔らいだ。


 「それ、君の判断か?」


 アルトは、一瞬だけ迷い、それから答えた。


 「……今は」


 その一言に、彼自身の立場が、確実に揺らいだのを感じた。


 管理する者と、管理される者。その境界線が、夜の闇の中で、静かに溶け始めていた。


通信が切れた直後、アルトの端末に警告が重なって表示された。


 非公式交渉ログ検出。

 評価権限逸脱。

 内部監査プロセスが起動します。


 予測はしていた。それでも、表示された文字列は想像以上に冷たかった。管理局において、警告は叱責ではない。単なる「状態通知」だ。感情も、余白もない。


 アルトは深く息を吸い、ログを保存した。改ざんはしない。ただ、削除もしない。消せば、即座に検出される。残せば、解釈の余地が生まれる。


 その“余地”に賭けた。


 翌日、彼は監査官ヴェルナーの呼び出しを受けた。区域監査官の執務室は、無駄がなく、音が吸い込まれるように静かだった。


 「夜の連合と接触したそうだな」


 事実確認ではない。評価の開始だ。


 「定義上の調査だ。接触は不可避だった」


 「不可避、という言葉は便利だ」


 ヴェルナーは視線を上げない。机上に投影されたログだけを見ている。


 「君は“選択肢”という語を使った。管理局の文書では、危険語彙に分類されている」


 アルトは否定しなかった。


 「削るべきものを、削り続けた結果だ」


 「結果は安定だ」


 「……安定は、目的じゃない」


 その言葉が口を離れた瞬間、アルト自身が一番驚いていた。これまで、彼は目的と手段を混同したことがなかった。安定は、常に最優先項目だった。


 「管理は、人を救うためにある」


 ヴェルナーの声は淡々としている。


 「だが、救えない者もいる。そこに感情を挟めば、全体が崩れる」


 「救えないと“評価した”者がいるだけだ」


 沈黙が落ちた。室内の空気が、わずかに重くなる。


 「君は、前作の件――評価不能領域の発生源を知っているな」


 アルトは、初めて明確にユウの存在を意識した。名前は出ない。ただ、管理局内部では“原因ログ”として共有されている。


 「彼は、管理の外側に出た」


 「外側ではなく、“外れた”」


 ヴェルナーは訂正する。


 「想定外は、再発する。だから監視する。だから抑制する」


 「……抑制できなかった」


 アルトは、夜の連合の声を思い出していた。奪う理由。消された理由。朝を選べる余地。


 「抑制できなかったから、次は切り捨てるのか」


 「それが最適解だ」


 アルトは、そこで初めて理解した。管理局が恐れているのは、反抗でも混乱でもない。“選択が連鎖すること”だ。一つの例外が、別の例外を正当化する。


 「君は優秀だ、アルト」


 ヴェルナーが言う。


 「だが優秀なオペレーターほど、自分を評価対象に含めてしまう」


 端末が振動した。倫理監査ユニット・Θ07からの自動通知だ。


 評価対象:アルト。暫定監視段階へ移行。


 アルトは、画面を閉じた。


 その夜、彼は再び通信を開いた。夜の連合の周波数に、短い信号を流す。


 返答は、すぐに来た。


 「まだ、夜は終わってない」


 相手の声は、以前より近く感じられた。


 「管理局に戻れなくなったか?」


 「戻れる。たぶん」


 「たぶん、か」


 アルトは、わずかに笑った。


 「評価不能になっただけだ」


 通信の向こうで、誰かが小さく息を呑む気配がした。


 「ようこそ、って言えばいいのか?」


 「まだだ」


 アルトは答える。


 「奪う理由と、守る理由。その両方を、もう一度測る」


 夜の連合は、すぐには返事をしなかった。だが、その沈黙は拒絶ではない。


 管理される側と、管理する側。その間に生まれた、細い橋。


 アルトはその上に立ち、初めて“選ぶ”という行為を、自分のものとして感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ