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第4章 夜は数を持つ

夜盟街区は、管理局の地図上では「低優先区域」に分類されている。

治安は不安定。経済指標は低迷。だが、急激な悪化はない。

だから是正は後回しにされ、監視精度も最低限に留められていた。


そのはずだった。


《夜盟街区:物流変動率 上昇》

《資源流入経路:不明》

《評価不能領域:部分重複》


アルトは、表示を何度も切り替える。


「……おかしい」


「武装蜂起ですか?」


ミリアが尋ねる。


「いえ。むしろ逆です」


アルトは、解析結果を共有画面に投影した。


「統制が取れている。物資の流れも、人の移動も」


エイリクが、低く唸る。


「自発的な秩序形成……」


それは、管理局が最も警戒する兆候だった。

管理が介在しない秩序。

数値に基づかない統率。


「指導者、いる?」


ミリアが言う。


「確認できません。ただ……」


アルトは、ひとつの通信ログを開く。


「同一形式の短距離暗号通信が、街区全体で使われています」


「……夜盟か」


ヴェルナーが、即座に判断した。


夜盟――NIGHT UNION。

管理局の定義では、組織ですらない。

固定拠点を持たず、階層も曖昧。

だが、必要な時だけ、数が揃う。


「未評価領域を、踏み台にしてる」


アルトは、理解した。


評価が届かない場所で、管理の目が薄い時間帯にだけ動く。

完全な違反ではない。

だが、完全な合法でもない。


「是正対象にしますか?」


ミリアの問いに、ヴェルナーは即答しなかった。


「……現時点では、難しい」


「理由は?」


「被害が出ていない」


それが、管理局の限界だった。


同時刻。

夜盟街区の地下。


「物流、予定どおり」


夜盟指揮官・ヴァルクは、短く言った。


「管理局の反応は?」


「鈍い」


影結び・レンが応じる。


「評価不能領域が、いい目隠しになってる」


「なら、続ける」


ヴァルクは、地図を指でなぞる。


「管理は、遅い。だが、正しい」


彼は笑う。


「だから、俺たちは間違わない」


彼らは、管理を壊す気はなかった。

ただ、管理の“空白”を使うだけだ。


それが、誰かを救うか、誰かを傷つけるかは問題ではない。

夜盟は、数を持つ。

数は、力だ。


管理局に戻る。


アルトは、夜盟街区のデータを見続けていた。

違反ではない。

だが、放置すれば拡大する。


「……是正すれば、反発が出ます」


ミリアが言う。


「しなければ?」


「彼らは、成功例になります」


成功例。

管理されない秩序の。


アルトは、息を吸う。


「……評価不能領域を理由に、即時是正はできません」


ヴェルナーが言う。


「だが、君はどう思う?」


その問いは、前とは違っていた。

結論ではなく、判断を求めている。


アルトは、初めてはっきりと答えを口にする。


「是正すべきです」


ミリアが、驚いたように彼を見る。


「理由は?」


「……この秩序は、管理の代替になり始めています」


管理の外で成立する秩序は、

やがて管理そのものを不要にする。


「それは、救いにもなります」


アルトは続ける。


「でも、制御できない」


彼の中で、ひとつの線が引かれた。

理解するべき未評価と、

止めるべき未評価。


夜盟は、後者だ。


その判断が、正しいかどうかは分からない。

だが、アルトは初めて「是正しない」という選択以外を、自分で選んだ。


そして、まだ気づいていない。

この判断が、次に誰を動かすのかを。


是正命令は、静かに通達された。

理由は簡潔だった。

《未評価領域の拡大に伴う秩序不安定化の兆候》。


管理局にとって、それ以上の説明は不要だ。


「執行は?」


ミリアの問いに、ヴェルナーは短く答える。


「限定的だ。夜盟街区の要点のみ」


「執行官は?」


「ラザル」


アルトの胸が、わずかに沈んだ。

是正執行官・ラザル。

躊躇を持たない、という点で最も適切な人材。


「被害は最小化されます」


ヴェルナーは言う。


「数値上は、な」


アルトは、その言葉を飲み込んだ。


同時刻。

夜盟街区。


「来るぞ」


影結び・レンの声は、低く短い。


「管理局の動きだ。局地的」


ヴァルクは、地図を一瞥しただけで理解した。


「……来たか」


「早いね」


ミカが苦笑する。


「評価不能領域、もう効かなくなった?」


「いや」


ヴァルクは首を振る。


「効いたから、来た」


管理が動いたという事実が、彼らの読みを裏付けていた。


「散れ」


ヴァルクは命じる。


「数は、残せ。形は、捨てろ」


夜盟は、固定拠点を持たない。

それが、最大の強みだった。


是正執行は、予定どおり開始された。


ラザルの部隊は、抵抗を最小限に抑え、通信ノードと物資集積点のみを破壊した。

死者は出ない。

負傷者も、軽微。


報告は、完璧だった。


《是正完了》

《秩序指数:回復》

《評価不能領域:縮小》


「……成功です」


ミリアが言う。


「はい」


アルトも、そう答えた。


だが、その直後だった。


《物流断絶:外縁部》

《食料不足警告》

《夜間暴動:発生》


「……?」


アルトは、表示を切り替える。


破壊されたのは、武装拠点ではない。

物流の“結節点”だった。


夜盟が使っていたのは、管理局が見逃していた流通路。

それは同時に、街区住民の生活線でもあった。


「……数値、再計算」


エイリクが操作する。


「短期的には改善しています。ですが、中期予測では……」


彼は、言葉を止めた。


「悪化します」


管理は、正しく是正した。

だが、正しさが、別の歪みを生んだ。


「これは……想定外です」


ミリアの声が、揺れる。


「想定内だ」


ヴェルナーが静かに言った。


「ただし、見ないことにしていた」


アルトは、端末を見つめたまま、動けなかった。

彼が選んだ是正。

彼が承認した判断。


数値は、彼を裏切っていない。

だが、人は、確実に困窮している。


そのとき、アルトの端末に、私信が届いた。

非公式回線。

発信元、不明。


《管理は、遅い。でも、君は見ている》


短い一文。


夜盟か。

それとも、別の誰かか。


アルトは、通信を閉じた。


「……是正は、失敗ですか?」


ミリアが、恐る恐る尋ねる。


アルトは、首を振った。


「いいえ」


成功でも、失敗でもない。


「正しい是正でした」


そう言い切ったあと、続ける。


「でも……」


言葉が、少し詰まる。


「救いではなかった」


その瞬間、アルトは理解した。

管理は、結果を整える。

だが、意味までは整えられない。


夜盟は、消えていない。

形を変え、数を残し、さらに見えなくなっただけだ。


評価不能領域は、また広がるだろう。

だがそれは、混乱ではなく、選択の結果だ。


「……次は」


アルトは、静かに呟いた。


「次は、違う関わり方を考えないといけない」


それは、管理局の役割を逸脱する思考だった。

だが、もう戻れない。


第4章の終わりで、アルトは初めて理解する。

管理は、刃だ。

使えば整う。

だが、振るえば、必ず何かを切り落とす。


そして、その切り落とされた側の重さを、

彼は、はじめて自分のものとして感じていた。

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