表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/11

第3章 未評価遺物

軌道残骸域は、いつも音が遅れて届く。

真空を抜け、薄い大気を擦り、ようやく耳に届く衝撃音は、すでに結果だけを告げていた。


「落下確認。座標、ズレなし」


無登録回収者・シヴは、空を見上げたまま呟いた。

崩れた人工衛星の破片が、大地に突き刺さり、鈍い振動を周囲に伝えている。


「評価、入ってる?」


背後で、フェルが応じる。

彼女の腕には、遺物共鳴体特有の淡い発光が走っていた。


「ない。完全に未評価だ」


シヴは、通信端末を切る。

管理局の警告は届いていない。つまり、この遺物は――自由だ。


「またか」


フェルは、苦笑に近い表情を浮かべた。


「最近、多いね。未評価領域」


「……誰かが、穴を広げてる」


その言葉を、シヴ自身がどういう意味で使ったのかは分からない。

ただ、確実に管理局の網は、以前ほど世界を覆っていなかった。


遺物の外殻を剥がすと、中から奇妙な制御核が現れる。

見たことのない構造。

見たことのない信号。


「使える?」


「使えるかどうかは、後だ」


シヴは言った。


「これは、“定義されてない”」


その瞬間、遠隔通信が割り込む。


《警告:未評価起動を検知》


フェルが舌打ちする。


「遅い」


だが、その警告は続かなかった。

すぐに、別の表示が重なったからだ。


《評価不能領域:拡張》


シヴは、目を細める。


「……誰か、内部で動いてるな」


同じ頃、管理局中枢。


アルトは、端末に映る警告ログを見つめていた。

《未評価起動》。

《未評価領域》。


それらは、本来、即時是正対象だ。

だが、同時に別のフラグが立っていた。


――内部監査中。


「……また、遅延?」


ミリアが眉をひそめる。


「監査が優先されています。是正判断が凍結中です」


凍結。

判断されないまま、世界が動いている。


アルトは、ログのタイムスタンプを追った。

壁外区域。軌道残骸域。夜間街区。

場所は違う。だが、共通点がある。


どれも、「評価が届いていない」。


「これは……偶然じゃない」


アルトは、無意識に呟いていた。


「評価不能領域は、自然発生しません」


エイリクが言う。


「必ず、原因があります。人為的か、構造的か」


「構造的、ですか」


アルトは、その言葉を噛みしめる。


「管理そのものの?」


エイリクは、少し間を置いてから答えた。


「……可能性は、あります」


その瞬間、アルトの端末に、新しいログが届く。


《記録外行動検知》


理由欄は空白。

関与者不明。

影響範囲、拡大中。


アルトは、胸の奥が冷えるのを感じた。

誰かが、管理を壊そうとしているわけではない。


ただ、管理が「届かない場所」が、増えている。


それは、ユウが残した痕跡に、よく似ていた。

直接の名はない。

だが、判断不能な揺らぎだけが、連鎖している。


「……これは、是正じゃ止まらない」


アルトは、そう理解し始めていた。


正しく管理するほど、

管理できないものが、浮かび上がってしまう。


その矛盾の中で、彼はまだ知らない。

この未評価遺物が、後にどれほど多くの選択を狂わせるのかを。


最初に異常が現れたのは、夜間街区の外縁だった。


数値は穏やかだった。

エネルギー消費、人口変動、衝突確率。どれも基準値の範囲内。

だが、ひとつだけ想定外のログが混じっていた。


《局地的構造崩壊:原因不明》


アルトは、表示を拡大する。


「……原因、不明?」


「該当区域に、未登録遺物反応があります」


エイリクの声は淡々としていた。


「起動ログは存在しません。評価前に使用された可能性が高い」


使用された。

誰かが、定義されていない力を使った。


「被害は?」


「死者三名。負傷者十七。インフラ一部損壊」


数値としては、小さい。

管理局が扱うには、あまりにも些細な事故だ。


「是正対象外ですね」


ミリアが確認する。


「はい。現時点では」


アルトは、端末から目を離さなかった。

その被害区域は、先ほど見た未評価領域の拡張線上にあった。


偶然ではない。


「……この事故」


アルトは、ゆっくり言葉を選ぶ。


「管理が介入していれば、防げましたか?」


一瞬、空気が止まる。


「仮定の質問です」


ヴェルナーが答える。


「管理は、起きた事象に対応する。起きなかった事象には、責任を持たない」


正論だった。

だが、その正しさが、妙に空虚に感じられた。


同時刻。

軌道残骸域。


フェルは、腕の発光を押さえながら地面に膝をついていた。


「……出力、上げすぎた」


「警告、出てなかったろ」


シヴは、遺物の制御核を見つめる。


「そもそも、警告自体が来ないんだ」


遠くで、夜間街区の灯りが揺れている。

さっきの起動が、どこまで影響したのかは分からない。


「……誰か、死んだかな」


フェルが、小さく言った。


シヴは、答えなかった。

答えられなかった。


彼らは、管理を壊そうとしているわけではない。

ただ、生きるために使っただけだ。


その結果が、誰かを傷つけたとしても。


「管理が、先に教えてくれれば」


フェルは、そう呟いた。


「これは危ない、使うなって」


「管理は、遅い」


シヴは言う。


「評価される前に、世界は落ちてくる」


管理局に戻ったアルトは、その言葉を知る由もない。

だが、彼の前には、似た意味の数値が並んでいた。


《未評価起動:3件》

《評価不能領域:拡張》

《是正遅延:内部監査優先》


「……止められない」


アルトは、初めてそう口にした。


「是正を?」


ミリアが尋ねる。


「いえ。流れを」


管理は、後追いになっている。

しかも、正しく。


正しく後追いすればするほど、

管理されない選択が、先に進んでしまう。


「アルト」


ヴェルナーが、静かに言う。


「君は、管理局の人間だ。救えないものに、責任を感じる必要はない」


「でも」


アルトは、言葉を止めた。

その“でも”を、まだ説明できない。


端末に、新たな通知が灯る。


《評価不能領域:追加》


その表示は、ユウの痕跡と同じだった。

直接の行動ではない。

誰かの判断を狂わせ、選択肢を増やし、結果だけを残す。


アルトは、はっきりと理解する。


――管理は、正しすぎる。


正しさは、遅れを生む。

遅れは、未評価を生む。

未評価は、人に選ばせてしまう。


そして選ばれた結果は、もう管理できない。


「……評価不能領域を、消すべきか」


アルトは、独り言のように呟いた。


「それとも」


端末の光が、彼の顔を照らす。


「……理解すべきなのか」


第3章の終わりに、アルトの中でひとつの前提が崩れた。

管理は、万能ではない。

だが、不要でもない。


ならば、どこに立てばいい?


その答えは、まだ数値にならない。

だが確かに、彼の内部で形を持ち始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ