第0章 評価不能領域の外側で
世界は、一度終わっている。
それは詩的な表現でも、感情的な誇張でもない。公式に保存されている最古の復興記録には、そう記されている。
――文明段階、不可逆的崩壊。
――国家機構、機能停止。
――人類生存率、予測不能。
終末は一瞬ではなかった。ゆっくりと、確実に、取り返しがつかない速度で進行した。資源の偏在、情報網の断絶、気候変動、そして連鎖する紛争。原因は複合的で、責任の所在は曖昧なままだ。ただ結果だけが残った。
世界は、生き残った。
だがそれは、かつての形ではなかった。
都市は縮小され、移動は制限され、生活は「維持可能性」という言葉で測られるようになった。生存は権利ではなく、条件付きの結果へと変わった。
誰が生きるか、どこが維持されるか、何が切り捨てられるか。
その問いに、人間は答えられなかった。
だから、判断を委ねた。
復興初期に立ち上がった複数の管理システムは、やがて統合され、一つの巨大な意思決定機構へと集約されていく。それが、後にGENESISと呼ばれる存在だ。
GENESISは、支配者ではなかった。
少なくとも、彼ら自身はそう定義している。
彼らは銃を持たず、命令を強制しない。代わりに、評価を提示する。区域の持続可能性、個人の生産性、集団の安定度。膨大なデータを解析し、最も多くの命が生き残る未来を算出する。
「判断材料を提供するだけ」
それが、公式な説明だった。
だが、判断材料があまりにも正確で、あまりにも網羅的で、あまりにも速かったため、人々は次第に気づかなくなっていった。
――いつから、自分で判断しなくなったのかを。
評価値は、絶対だった。
高ければ支援が入り、低ければ後回しにされる。
それは差別ではない、と説明された。感情ではなく、確率の問題だと。
多くの人間は、その説明に納得した。
納得しなければ、生き残れなかったからだ。
やがて、世界には奇妙な静けさが訪れる。争いは減り、暴動は抑えられ、統計上の犠牲者数は確実に減少していった。
誰もが、こう考えるようになる。
――正しさは、管理できる。
その信念が、最も強く浸透していたのが、管理局の内部だった。
評価管制室では、日々膨大なログが流れる。数字、グラフ、警告表示。オペレーターたちはそれを淡々と処理し、是正措置を選択する。個人的な感想は不要で、迷いはノイズとされた。
それでも、すべてが完全に管理できていたわけではない。
ある時期から、評価マップの一部に、奇妙な挙動が観測されるようになる。データは揃っている。入力ミスもない。にもかかわらず、未来予測が収束しない区域。
削除しても再発する。
補正しても誤差が増える。
当初、それは単なる技術的問題として処理された。だが、解析が進むにつれ、ひとつの結論が浮かび上がる。
――この領域では、人の行動が予測に従っていない。
評価不能領域。
そう名づけられたそれは、システムの外ではなく、内部に生じた歪みだった。
重要なのは、それが「反抗」でも「混乱」でもなかったことだ。そこにいる人々は、管理を拒否していたわけではない。ただ、与えられた最適解とは異なる選択を、理由もなく行っていた。
生存率が下がると分かっていても、残る者。
評価値が低いと示されても、他者を助ける者。
統計的に無意味な行動を、繰り返す者。
GENESISは、それを理解できなかった。
理解できないものは、是正されるべきだった。
――少なくとも、それがこれまでの運用だった。
だが、この領域は消えなかった。
是正されず、破壊もされず、ただ「判断が保留された場所」として残り続ける。
その保留を最初に選択したオペレーターの名は、後に削除される。
だが、その行為が残した影響は、削除できなかった。
世界は、まだ壊れている。
だが、完全に管理された世界でもなくなっている。
この物語は、英雄の物語ではない。
革命の記録でもない。
管理されるはずだった世界に生じた、わずかな余白。
その余白が、どれほど大きな問いへと成長していくのかを描く物語だ。
そしてその中心には、一人の名もなきオペレーターがいた。
――アルト。
まだ、物語は彼を語らない。
ただ、世界が彼を必要とし始めた、その瞬間から語り始める。
GENESISは、誕生した瞬間から「暫定的」な存在だった。
それは国家を代替する目的で作られたものではない。最初は、あくまで復興初期における支援判断の補助機構に過ぎなかった。どの区域に物資を送るべきか。どのインフラを優先的に復旧させるべきか。そのための統計モデルと予測演算装置が、GENESISの原型だった。
だが、世界が壊れすぎていた。
人間の判断は遅く、感情に左右され、何より局所的だった。ある場所を救えば、別の場所が必ず犠牲になる。誰かが責任を引き受けなければ、判断そのものが停滞する。
GENESISは、その「責任」を引き受けた。
正確には、責任を個人から切り離した。
判断を数式に落とし込み、結果を「最適解」として提示する。そこには善悪はなく、あるのは確率だけだ。
この仕組みは、驚くほど上手く機能した。
配給は安定し、暴動は減り、医療崩壊は回避された。犠牲はゼロにはならなかったが、「最小化」された。統計上、世界は確実に良くなっていた。
だからこそ、誰も止めなかった。
GENESISは拡張され、統合され、やがて「判断補助」という名目を保ったまま、ほぼすべての意思決定に関与するようになる。区域の存続、移住計画、出生制限、教育配分、労働配置。
それらはすべて、評価値によって整理された。
管理局の内部構造は、極めて合理的だった。オペレーターは感情を持ち込まないよう訓練され、倫理監査は「例外」を検知するために存在し、是正執行部は数値逸脱を速やかに修正する。
重要なのは、そこに「悪意」が存在しなかったことだ。
彼らは本気で世界を救っていた。
本気で、より多くの命を守ろうとしていた。
だからこそ、GENESISは疑われなかった。
疑問を持つことは、即座に否定されたわけではない。ただ、「非効率」「感情的」「再現性がない」という理由で、評価値を下げられただけだ。結果として、疑問を持つ者ほど、発言権を失っていく。
それは検閲ではない。
自然淘汰だった。
アルトが所属していた評価管制部門は、その中枢に位置していた。彼らの仕事は、GENESISが算出した予測結果を現実に適用し、必要に応じて微調整を行うことだ。
「判断している」という実感は、そこにはない。
判断はすでに終わっている。
残っているのは、適用だけだ。
その環境は、アルトにとって居心地が良かった。
少なくとも、最初は。
彼は感情に流される人間ではない。正義感を振りかざすこともない。数字が示す結果を尊重し、最適解を支持する。それは、彼自身の生い立ちとも矛盾しなかった。
だが、ある時から、彼は「評価不能領域」という表示を、単なる異常値として扱えなくなった。
そこでは、最適解が複数存在していた。
同じ確率で、同じ重みを持って。
GENESISは、どれか一つを選べなかった。
選べない理由は、単純だ。選ぶための基準が存在しなかった。
人命、秩序、持続可能性。
どの指標を優先しても、別の指標が同じだけ損なわれる。
「この場合、判断は人間が行うべきです」
アルトがそう入力したのは、衝動ではない。
規則にも反していない。
だが、その判断は、GENESISの思想を内側から揺さぶった。
――もし、最適解が存在しないなら。
――もし、判断を留保することが最適な場合があるなら。
その問いは、数式にできない。
管理局は、その問いを正式な議題に上げなかった。
代わりに、アルトのログを「参照保留」とした。
消去ではない。
是正でもない。
ただ、触れない。
その対応自体が、すでに前例だった。
GENESISは、完全な管理を目指していた。
だが、この瞬間、初めて「管理できないもの」を内包した。
それが何を意味するのかを、まだ誰も理解していなかった。
アルトは、「選ばれた子ども」ではなかった。
出生区域は管理局の地図にも残らない、かつての中継都市の外れだった。瓦礫と仮設住宅が重なり合う区域で、配給は不定期、医療は最低限。生き残ること自体が、常に確率の問題だった場所だ。
両親の記録は、断片的にしか残っていない。父は復旧作業中の事故で死亡、母はその数年後、区域再編に伴う移住の途中で行方不明になった。公式には「非回収」。それ以上の説明はなかった。
アルトは、そのまま孤児になった。
孤児保護制度は存在していたが、すべての子どもを救えるわけではない。評価値の低い区域では、支援は最小限に抑えられる。それは残酷だが、当時の世界では「当然の判断」だった。
彼が生き延びた理由は、運が良かったからではない。
評価されたからだ。
当時、GENESISは「将来適応性評価」という新しい指標を導入していた。教育投資を行った場合、どれだけ長期的な社会貢献が見込めるかを算出するモデルだ。アルトは、その数値が高かった。
理由は単純だった。
感情反応が安定しており、指示理解が早く、暴力傾向が低い。
彼は、管理しやすい子どもだった。
それが、彼の人生を救った。
保護施設での生活は、規則的で、清潔で、静かだった。泣き声は少なく、衝突はすぐに調整される。誰かが怒鳴れば評価が下がり、誰かが黙って従えば評価が上がる。
アルトは、自然と後者になった。
疑問を口にしない。
納得できなくても、理解したふりをする。
そうすれば、食事も、寝床も、明日も保証された。
やがて、彼は気づく。
世界は、優しいから秩序があるのではない。
秩序があるから、優しく見えるのだ。
教育課程に進んだ頃、彼はGENESISの存在を「守ってくれたもの」として認識していた。もし管理がなければ、自分は生きていなかった。それは疑いようのない事実だった。
だからこそ、彼は管理局を目指した。
感謝と合理性が、矛盾なく重なっていた。
評価管制オペレーターとしての訓練は、彼に向いていた。数値を読むこと、確率を比較すること、個人的な感情を切り離すこと。そのすべてが、彼の生き方そのものだった。
だが、前作で描かれた出来事――“拾われた未来”の連鎖が、世界に残したものは、確実に存在していた。
壁外では、配給が「話し合い」で決められる区域が増えた。
夜の連合では、管理局の想定外の動きが増えた。
軌道域では、未評価遺物の起動が止まらなくなった。
それらはすべて、統計上は誤差だ。
だが、誤差が積み重なると、世界は形を変える。
アルトは、その変化を「数値」として最初に観測した人間だった。
評価不能領域は、彼にとって異常ではなかった。
むしろ、懐かしかった。
そこには、かつて自分がいた場所と同じ匂いがした。
救われる理由が説明できない人間。
救うべきかどうかを決められない状況。
もし、あの時の自分が評価不能だったら。
もし、数値が少し違っていたら。
彼は、ここにいない。
その事実を理解した瞬間、アルトは初めてGENESISを「絶対ではないもの」として見た。
管理は、確かに世界を救った。
だが、管理されなかった部分が、世界を支えていたこともある。
アルトは、英雄ではない。
反逆者でもない。
ただ、自分が「拾われた側」だったことを、忘れなかっただけだ。
だから彼は、評価不能領域を消去しなかった。
修正もしなかった。
残した。
それが、世界に与えた影響の大きさを、彼自身が理解するのは、もう少し後のことになる。
だが、この瞬間――
彼の物語は、すでに始まっていた。




