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僕と使徒の物語〜変人主婦の裕也サイド  作者: 白石とな
僕がユメカと出会うまで(63~130話)
9/53

8話 再発と幻聴と強烈な情動と

村瀬裕也

 僕は、課長と唯芽さんと川釣りに来ていた。

課長が釣りに夢中でふと気づくと唯芽さんが居ない。ここには一人で釣りに来る男も多く、魅力的な彼女が一人で歩くには危ない。

僕は急いで彼女を探した。


唯芽さんは少し離れた場所で眉間に皺を寄せて不機嫌そうに釣りをしていた。

僕はホッとして近くで見守りながら釣りをする事にした。

彼女は僕が苦手らしいし、あまり側に寄って課長に疑われたくはなかったのだ。

「あっ!かかったかも?こ、こうかな?」

思ったより大きな声で唯芽さんが独り言を言った。彼女は闇雲にリールを巻く。だがあれではダメだ。

「あっ、居ない!」

その声に男性が振り返り、笑顔で彼女に歩み寄ろうとした。

読み取ったのは不埒で不愉快な感情。ナンパだ。

僕は少し離れた場所から唯芽さんに声を掛けた。

「あー、惜しかったですねー。かかりが甘かったんですかね。」

僕は竿を置いて彼女のもとへ近づく。

「村瀬さん。」


 いい具合に彼女が僕の名前を呼んでくれた。男は僕の顔を見てすごすごと去る。なんたる爽快感。


これは何を隠そう勉強担当Aの超必殺技だ。大学時代Aが困ってる女性を顔パワーで助けたのだ。その爽快感に癖になって迷惑ナンパを探して歩き、見つける度に手あたり次第邪魔しまくった。


待った?遅くなってごめんね、そう言って登場すると、僕の顔を見ただけで居た堪れなくなってナンパ男は去っていくのだ。ノリのいい子だと「ううん。今来たとこ。」とお約束のセリフをくれる。白馬の王子様現象で助けた女に勘違いされ、恩を仇で返されるからやめろとCはよく憤慨していた。

今思えばよく相手の男に報復されなかったと思う。


「なんか分かったかも!もっかいチャレンジします!」

たった今不機嫌な顔をしていたのに、もう明るく笑って彼女は餌を付け始めた。


「ははは。唯芽さんは何事にも一生懸命で可愛らしい人ですね。課長が君にだけは絶対に紹介したくないなんて言う訳です。意外でした。努力した上で何でもこなせるのですね。動画でしている事は一体どれほどの研鑽を積んだのか。尊敬します。」


すると、彼女から突然嫌悪感をたたきつけられた。ぐはっ。

ひ、ひ、久しぶりに悪感情がさ、刺さる。痛い。これは強烈だ。


「村瀬さんはお世辞がお上手ですよね。むしろ村瀬さんが爽やかでかっこよくてモテそうだから会わせたく無かったんですよ。ご自分でも分かってらっしゃるでしょう?」

あからさまな拒絶。彼女は異性に距離を詰められるのが苦手なのだ。

僕が可愛いなんて言ったから、誤解された。


それはそうだ。僕だって、たった一度会っただけの女性にかっこいいなんて言われたらまたかと警戒する。こんなにも魅力的な彼女はきっと男性関係で今までも苦労をしてきたんだ。


彼女が僕と同じ悩みを抱えていると思うと急に、悩みを共有したくなった。


「それは、意図している訳ではなくて…。これを言うと自慢だと怒られるのですが、割と苦労も多いのですよ。」

「分かります。息子も苦労しているので。」

ふと、甘やかな空気が漂う様な錯覚。


僕は何故だか君から目が離せなくなる。

君も、竿を置いて、じっと僕の目を見つめていた。

何だろう。まるで熱にうかされた様な。

僕はふわふわと雲の上を歩く様に君に向かって歩を進める。


「今日はちゃんと僕の目を見て話してくれるんですね。あなたの目を見ているとドキドキしてしまう。こんなことは初めてなんだ。」


どうしようもなく僕の感情が乱される。

唯芽さんはハッとしてわざとらしい笑顔で僕に言った。

「お、夫をよろしくお願いします。これからも支えてあげてください。」

そして頭を下げ、赤くなった顔を隠した。


僕は我に返って感情を押し込め、いつもの笑顔を張り付けた。

「お任せください。課長に一生ついて行く所存です。」

うつむき胸を押さえてつらそうに深呼吸をする唯芽さん。

心配になって覗き込むと、君は僕を見つめたまま何もいわずに胸に置いていた手を下ろした。


時が止まったかの様に感じた。

周りに何もないような、君と僕しかこの世界に居ないような、そんな錯覚。

僕らは黙ってそのまま見つめ合う。

君の瞳から、漠然と伝わる感情。


彼女も確かに僕に惹かれているのだと、理解してしまった。


何か言いかけた彼女を遮って僕はわざと苦笑して言った。

「釣り、続けませんか?竿を少し貸してください。」

彼女は、上司の妻だ。間違う訳にはいかない。

僕が簡単なコツを教えると、彼女は釣りを再開する。



「やったー!初めて釣ったー!」

唯芽さんがやっと一匹のヤマメを釣り上げ飛び上がって花の咲く様な顔で笑う。


不思議な人だ。パーティーの時はあんなにも不安そうだったのに、さっきは眉間に皺を寄せて不機嫌だったのに、笑ったと思ったら僕を拒絶したり、僕に悩みを打ち明けて、近づいたと思ったらまた突き放し、自分で突き放しておいて酷く辛そうにする。

そして今はこんなにも素敵な笑顔で、嬉しそうに、楽しそうに笑う。

くるくる変わる君の表情に、僕はまた吸い込まれそうになった。


「唯芽さんはどうしてそんなに自己評価が低いんですか?何でもできて、そんなにも魅力的で、課長にとても大切にされてるのに不思議です。」


戸惑いと、迷いが君の表情から伝わってきた。

(…もしかしたら、村瀬さんなら私の気持ちを分かってくれたりするのだろうか。期待しても、話しても良いのだろうか。)

「…え?」

頭の中に、彼女の心の声が聞こえた気がしたんだ。

今まで漠然と、相手の感情が刺さる様に感じていたのが、今はとても強く、ハッキリと。これは、幻聴?僕はついに頭がおかしくなってしまったのか?


「私は何も世間を知らない若い頃に結婚したんで、本当にダメな妻なんです。今だって気の利いた事ひとつ言えない。」


君の頬を涙がつたう。

その美しい涙に僕は触れかけ、寸前で手を下ろした。反対の手で自分の手をギリギリと握り込み自制する。

決して触れてはいけない。

この醜い僕の手で触れてこんなにも美しい君を穢す訳にはいかない。


「私1人では何もできず、皆に守られているだけで誰にも何も返せてない。私では夫の力になれない。私はバカだから、ただ明るい妻のフリをしている事しかできない。でないと、本当の自分じゃ、また人が離れていってしまうから。夫にだけは本当の自分を知られちゃいけない。」


触れたい。君に。


僕は掴んだままの自分の右の拳に、左手でギリギリと力いっぱい爪を立てた。

僕に時々起こる、強烈に人を求める情動。


また、病気が再発したんだ。


今の職場に来る前、次々と女を依存させ、この穢れた手で触れ、何人もの女性の人格を歪ませ変えてしまった。あの日々を思い出し自分を殺したい衝動にかられる。絶対にこの人には変わって欲しくない。


「きっと唯芽さんは真面目すぎるんだ。他の誰が離れていったとしても課長は決してあなたの側に居続けます。あなたは素晴らしい才能を持った人なのに、そんな風に自分を殺して生きてはいけない。僕が、僕があなたと課長の力になります。僕は、絶対に課長を裏切らない。」


君を知りたい。僕を知って欲しい。

触れたい。

必死で、必死で僕は情動に抗う。


「僕は、あなたを守りたい。救いたい。その為なら自分の望みなど捨てられる。それがあなたの望みならば、僕はあなたと課長を支え続ける。」


もう絶対に人に依存しては、人を依存させてはいけないというのに。

ついに、僕は言ってはいけない言葉を吐いた。


「僕ならば、僕ならばあなたを丸ごと分かってあげられる。あなたは自分のままで生きなくてはいけないんだ!あなたには、僕が必要だ!」


君を、奪いたい。


我に返った僕の目に映ったのは、困惑する君。

「すみません。おかしな事を言いました。どうか忘れてください。」

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