表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/76

閑話4 谷やん目撃

潟見響

僕は谷やんの配信を見ようと思ってパソコンの前に座ったらインターホンが鳴った。

無視したら何度も鳴る。ほんとに迷惑なんだけど。


「何ですか?」

「原付あったから。タッパー取りに来た。」

川裾さんだ。僕は扉を開けずに言った。

「僕忙しいんで帰ってください。」

パソコンの電源を入れる。あと2分で始まる。

というのにまたインターホン。

「もう。うるさいですよ。」

ドアを開けると川裾さんは僕を押し除けて入ってきた。

「お邪魔しまーす。」

「信じられないんだけど。」

「だって君、お節介焼かなきゃずっと一人で居ようとするじゃん。」

「一人が好きな人も居るんです。あなたは本当に自分の尺度でしか考えられない人ですね。」


8時だ。

「あっ、もう静かにしといて下さいよ。配信中うるさくしたら明日から口ききませんから。タッパーはあの時のままなんでそのまま持って帰って家で洗って下さい。正直邪魔で仕方なかったです。」

谷やんはスーツで出てきた。

「やっぱり引退する気だったんだ……。」

「なんだ、谷やんのファンだから落ち込んでただけでちょっと安心した。」

「静かにして下さい。」

なんと、谷やんはフェイシャルエステアペリオの美春さんと婚約するというのだ。

「ええ?ユメカの為にそこまで自己犠牲?異常でしょ。この前の謝罪配信で十分だよ。」

「やっぱりあれ、嘘だったんだ。アペリオに言わされたのかな。」

アペリオが計画したのか。無理やり言わされて、だから村瀬さん泣いてたのかな。


「僕こんな人間で、克服したて今まで女性と付き合った事もあったけど、その度に泣かれて罵られてばっかりやったんです。僕は女性を不幸にする人間なんやと思ってここ数年は誰の告白もずっと断ってたんやけど、この人は、そんな、人に触れやん僕ごと全て認めてくれて、一切触れやんでも隣でずっと見て支えてくれるって言ってくれて……。嫌な事絶対に強要させへんて約束してくれたんです。ゆ、指輪の交換すらできへんし、ぼ、僕はこの人の子供を抱く事もできへんのに、それでも良いって……それは個性であって欠陥やないて……もう頑張らんでええて言うてくれて、うう。」


谷やんがいつもの様に号泣し始めた。

谷やんが号泣で喋れなくなり、今度は美春さんが代わりに話し始めた。

「前夫の子供が居ますが、谷やんに無理に父親になってもらいたいと思ってはいません。子供の育て方はそれぞれですし、不快に思う方もいらっしゃるでしょう。だけど私は、これ以上谷やんに擦り減って欲しくない。私の前ではありのまま生きて欲しい。自分をひた隠しにして生きてきた谷やんを丸ごと受け止め、支え、これからの人生を共に生きていきたいと決めたんです。」


僕はびっくりした。谷やん多分この美春さんのお節介に落ちたんだ。でも多分この人弱ってるとこに付け込んだだけだよ?

なんならアペリオが仕組んだかも知れない。アペリオだってスキャンダルを美談に変えられる。だというのに川裾さんはもらい泣きしている。

 

「ええ?これ多分、美談に変える為のやつだよ?見事なアペリオマジックだよ。」

「なんで潟見君はそんなに捻くれてるの?めっちゃ良い話じゃん。谷やん幸せになれて良かった。ふええ。」

川裾さんは物事の表面しか見ない。暑苦しくて短絡的なんだ。

「ていうか、川裾さん谷やんのファンなのにうちとか来てる場合じゃないでしょ。」

「配信はアーカイブで見られるし私別にファンじゃないし。」

「ファンじゃなくて泣ける意味わかんないよ?」

「明日潟見君は繊細さん(・・・・)じゃないって皆に言っておかないと。」

「だから何で僕の悪意ある噂広めるの?」

「悪意じゃないよ。皆潟見君の事心配してるの。」

女同士の結託はヤバい。しかもあの職場はお節介の集まりなのだ。


「引退じゃなくて嬉しいけど複雑だよ。これからもアペリオに利用されるんだ。何の弱みを握られてるんだろう。砂糖水飲んでるぐらいだから借金かな。」

「あれはネタでしょ?ユメカの飴ネタに繋げる為の。」

「やっぱりファンじゃないか。」

「見ないと話題に付いていけないじゃん。女の世界は色々あるんだよ。それよりお腹空いたから食べに行こうよ。奢るし。」

僕が他人の料理を食べたくないと言ったから外食に誘って来た。ちょうどいいから一緒に出て追い返そう。

「奢りは良いです。自分で払うんで。タッパー、忘れず持って下さい。」

僕が駐輪場に行こうとすると彼女は腕を引いた。

「乗ってきなよ。」

僕は面倒になって車に乗せてもらう事にした。この人は言葉が通じないのだ。

案内された席に座って、川裾さんが一方的に話すのを聞いていると、後ろの席から聞き覚えのある声が聞こえてきた。村瀬さんだ。


「Cさん、あーんしてあげましょうか。おニューのスプーンを使うから大丈夫ですよ。」

「は?アホやろ。別に潔癖症ちゃうわ。」

Cさん。聞き覚えのある名前。お茶目演技の村瀬さんの時によく独り言で言ってる溺愛弟キャラだ。すると村瀬さんはさっきまでの不貞腐れた態度から一変し、申し訳無さそうな顔で言った。

「今腹減りすぎて機嫌悪いだけよ。八つ当たりごめんやで。僕お前と喧嘩したない。」

「物真似やめてくれます?」

「物真似ちゃうわ。似てんのは当たり前やろが。」

物真似?


目の前を見ると、急に黙った川裾さんがスマホを操作してる。

「川裾さん。拡散しないで。声も顔も違うでしょ。」

「谷やんはメイクも声も変えられるよ。あれ絶対谷やんと美春さんだ。あんなナイスバディ他に居ない。」

「拡散しないで。職場の連中がここに乱入とか最悪でしょ。二人の方がまだ楽だよ。」

僕は村瀬さんには恩があるから川裾さんを止める事にした。

「えっ!これデートなの?」

なんでそうなる!

「谷やんの秘密僕らだけが知ってるとか、優越感めっちゃあると思わない?」

「そ、そうかも。」

川裾さんはちょっとにやけた。そしてスマホをテーブルに置く。録音する事にしたみたいだ。抜け目ない。

「録音してもそれネットに上げないで。人に聞かせるのもダメ。それが流れたら谷やん多分引退する。谷やんが引退したら僕アペリオにあなたの名前と素性を暴露して訴えてもらうから。」

「何で引退するの?」

「知り合いが聞けば素性が知れて普通に生活できなくなる。そんな事も分からないの?」


そこへ村瀬さんの声が聞こえてくる。

「容姿に自信ある女は距離感近て嫌なんよ。僕に触ろうとしてくる女とか。別に声かけるだけでええやろ。何で肩叩こうとすんの?書類渡す時手ぇ触ろとしてくんの?愛想笑いを勘違いして付け回して来る女とかよ、ほんまに困るんよ。」

川裾さんはちょっと俯いた。彼女も僕を触ってくる。

 

「分かります。それは私も嫌ですから。下心あるのは気持ち悪いです。」

「おお。気ぃ合うな。それで僕が喜ぶ様な低俗な人間やと思われてんのがまた許せやん。」

川裾さんはハッと顔を上げて僕を見た。面倒臭いな。

「川裾さんが僕を誘ってるんじゃないのは分かってるよ。あなたはお節介で無神経なだけだ。」

「ひど……。でもありがと。」

「彼は人に触れられないから接触を悪意に受け取る。メンヘラとか陰キャは思考構造が陽キャとは違うって理解した方が良い。川裾さんの行動は僕らを傷付ける。」

「さ、参考になる。」

僕らは聞き耳を立てながら静かに食事する。


「ピザ食う?お前が先半分取り分けて。」

「なるほど。理解しました。Bさんの距離感を教える為ですか?」

「ちゃうで。今さっきお前がそう決めたんやろ。ええよ。僕も徹底するさけ。お前も無理して気ぃ遣うな。」

「気は遣ってないです。特別扱いはまずいと思ったんです。それがあなたを傷つける事だとは思いませんでした。」


Bさん、問題を起こして村瀬さんが節約するきっかけになった人だ。Cさんは潔癖症で、Bさんの距離感を美春さんに教えようとしてる。物真似という言葉、特別扱いは傷付けるという言葉。Bさんがまともに食べないからCさんはお腹がすくって過去に言ってた。そうか。なんで気付かなかった。

僕は勘違いをしていたのだ。


あの号泣と爆笑。僕を元気付けた人は今ここにいるCさんで、ユメカを自己犠牲で救ったのはBさん。美春さんが好きなのはBさんで、僕がお礼を言ったのもBさんだ。呼び名がBとC なら、長男だからと砂糖水を飲んで節約してるのはAさんだ。彼はきっと多重人格なんだ。


「あからさまな拒絶は軋轢を生む。僕のその態度見た人からも嫌われるやん。」

村瀬さんの言葉を聞いて川裾さんはドヤ顔をした。いや、僕は川裾さん以外にはそんな態度取らない。

「会社の人付き合いは一対一とちゃうんがあいつには分からんのよ。」

「その人は他の人から嫌われてないんですか?」

「そやな。どっちかとゆうと好かれてるわ。優秀で気配りできる奴なんよ。僕以外にはな。」


僕は川裾さんを見て言った。

「川裾さんも僕以外の人には気遣いできるのにね。僕だってわざと悪意向けるのは疲れるんだ。」

「分かった。職場では気をつける。」

「職場ではって。態度改める気無いよね?」

「ていうか、私が拡散しなくても人が増えてんじゃん。」

 

村瀬さんは店員に連れられて厨房の方へ行った。僕らは食事を終えてアパートに帰る。来客用駐車場に停めて川裾さんは言った。

「音声あげるから部屋入れてくれる?」

了承を取ればグイグイ来ても良いと思っている様だ。

「僕も撮ってあるから大丈夫。それに合気道で転がされたら僕勝てないから。僕襲われたくないよ。ストーカーとか常識で考えて普通に怖い。」

僕は身の危険を感じていると示唆した。

 

「自分の気持ち主張する前に人にどう思われてるか考えた方が良いよ。」

愕然とする川裾さんを置いて部屋に上がり玄関の鍵を閉める。川裾さんが村瀬さん狙いでないとしたら、多分僕の事が好きで職場の人にそれを相談したのだ。


「まずいな。外堀を埋められる。」

僕は川裾さんにショートメッセージを送る。

『今日ファミレス行った事職場で言わないで。僕女に揶揄われるとか好きじゃない。噂もあだ名も好きじゃないんだ。』

『分かった。特別扱いありがとう。抜け駆けの優越感やばい。おやすみ。』

「いや、意味が分からない。」

困惑してると続けてメッセージが来た。

『またデートしよ。』

『デートじゃない。同僚と飯食っただけ。』

『分かった。職場では内緒ね。』

川裾さんは言葉が通じない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ