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僕と使徒の物語〜変人主婦の裕也サイド  作者: 白石とな
僕がユメカと出会うまで(63~130話)
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4話 釣りと女性不信の僕

村瀬裕也C


課長に誘われて湖都という飲み屋に来た。課長の奥様の義母さんが経営している店らしいのだが、物凄く女性客が多い。実は今度課長と釣りに行く事になってその話をするのに来たのだ。

「お待たせしました。」

アルバイトの女性が僕と課長に瓶ビールとノンアルビールを持って来てくれた。

「すまなかったね。君が飲めないとは知らなかったんだ。」

「いえいえ。僕は飲めなくても雰囲気で酔えるタイプなのです。」

僕は人付き合いでの失敗を避ける為に酒は絶対に飲まない。家にも酒は置かない。以前Bが酒と一緒に薬を大量に飲んで酷い目に遭ったのだ。病院は僕の担当だが、あんな思いはもう二度としたくない。


ここの料理はとんでもなく美味いが、こんな所に通う訳にいかない。女性が多すぎるのだ。僕を見る視線に強い感情、恐ろしい。だが女性同士で牽制しあっている様で話しかけてくる女は居ない。

と思ったら視界の端に、僕に向かってスマホを構える女性が見えた。

僕は顔を背けメニューでガードする。

シャッター音が鳴る。


「お義母さん。」

課長はさっきまでママと呼んでいたが、あえて厨房に向かってお義母さんと言う。

「はいはい。」

「あの席の女性が店の内装を写真に撮っていてね、村瀬君が写ってしまったかも知れないんだ。」

「あれあれ、すまないねえ。」

都芽ママさんはその席に行くとキッパリと言った。

「あんた、これで二度目だろう。隠し撮りはダメだよ。写真は今消しておくれ。お代は良いから出てってくれるかい?」

二度目という言葉を聞いて課長は冷ややかな目でその女を見た。女は会計を申し出るもママは受け取らずそのグループを追い出した。

えらく強気の対応である。


「君は隠し撮りに慣れているのかい?あまりの反応の速さに驚いたよ。」

「ええ、変な女によく遭遇するんですよ。お陰で女性不信です。勝手に写真を撮る様な倫理観の無い女、お近づきになりたくはないですね。」

「全くだ。ああいう害悪のせいで被害者側が我慢しなくてはいけないのは理不尽極まりない。故意だと分かっていれば通報したのに。」

課長が底冷えする様な目で言った。


「佐竹君の事はすまなかったね。彼女のプライバシーの為に言わなかったが、前の部署でちょっとあってね。仕事は優秀なのだが思い込みが激しい様で。」

「いえ、僕も誤解をされる様な態度を取って申し訳ありません。以後気をつけます。」

それから課長と釣りについて少し話した。どうやら釣りをしたいと言ったのは奥様の方なのだそうだ。

「なら奥様も連れて来てあげてくれても一緒に教える事は可能ですよ?」

「いや、君に会わせて妻がもしストーカーになったら困るだろう。」

課長は僕の申し出を冗談で流した。

「え、僕女性不信だから大丈夫ですよ?」

僕も冗談で返す。

「ははは。実は妻に良い恰好をしたくてね。僕が覚えてから教えたい。なるべく早く習得できる様にスパルタで頼むよ。」

どうやら課長は僕を警戒している様だ。

「お任せください。」

課長はプライドが高そうだ。そんな彼が僕に頼むと頭を下げるのだから無駄な接待はせずに最高効率で釣りを教えなくては。


村瀬裕也

釣りの日。コミュニケーションの担当はCなのだが、代わろうとするともやがかかった様に代われない。相手のメンタルが悪い時は無視されるだけなので、こんな事は初めてなのだ。


僕が課長を迎えにいくと言ったのに、課長は自分の車で行くと聞かない。課長は僕を警戒しているそうなので家を教えたくはないのかも知れない。僕が上司の奥さんに手を出す様な男だと思われているのかと思うと複雑な気持ちになる。


釣具屋で待ち合わせ、餌を買って出発。

僕が先導し、釣り場に着くと、軽く説明しながら竿をセット。


「はは。今日はいつになく饒舌だね。」

しまった。つい悪い癖が出た。統合されたAの癖である。僕は好きな事に夢中になると言葉が止まらなくなるのだ。

この癖は人間関係に支障をきたす。

「も、申し訳ありません。」

慌てて頭を下げる。

僕は対応を間違えた事にパニックを起こしそうになる。

だから僕は人間関係を全てCに任せてきたのだ。

過呼吸が出ない様にこっそり息を吐く。

震えを止めろ。決して僕が異常だと悟られてはいけない。


「僕に対しては気を遣わなくて良いよ。知識が得られるのは嬉しい事だからね。どんどん教えてくれ。とにかく早く上手くなりたいんだ。」


「あ、ありがとうございます。良かった。僕のこの癖は人に迷惑をかけるので。」


だけどダメだ。C曰くこの人はCの高性能バージョンなのだそうだ。巧みな誘導により部下を駒の様に操り、決して人に心を許さない、そういう空気があるのだそうだ。絶対に信じてはいけない、溺れてはいけないときつく言い聞かされてある。


「課長は本当に部下を喜ばせるのが上手いですね。」

僕はいつものスマイルで壁を作る。僕も、そして統合されたAにも、優秀すぎる課長は地雷だ。


「僕に壁は作らなくて良いよ。」

見透かされて衝撃を受ける前に、竿がブルブルと震えるのを感じる。

「え、あの。あっ。課長、こっちかかりました。こう、竿に振動が来るんですけど、すぐに上げないで少し待つと数が伸びるんですよ。竿に触れて確かめて下さい。」

そう言って説明しながら課長に釣りあげてもらおうとすると課長は言う。


「君の獲物なのに僕が釣り上げて失敗してはいけないだろう。」

「一度でも経験してもらった方が効率的だと思いまして。アジのサビキなら、課長一人でも奥様に教えられそうですし。」


課長に引き上げてもらう。僕は手早く竿をセットして置くと、今度は課長の竿に当たりが来た。次は小さい魚をリリースし、竿のセットまでを課長一人でやってもらう。

次は僕が見ていなくてもできそうだ。

「こんなに簡単にたくさん釣れて驚いたよ。」

「楽しんで頂けて良かったです。」


課長は初めての釣りなので、ある程度の大きさのものは小鯖も含めて全てクーラーボックスへ。選ぶのはある程度の数が確保されてからだ。だが、奥様がどう思うかだな。


「捌くのは僕ができますから、うちへ寄って頂くか、一旦預かってお届けに上がりましょうか?」

「いや、ウチでするから大丈夫だよ。」

「そ、そうですか。僕は捌くのも好きですが、大量に捌くのを嫌がる方も多いと聞いたので。」

「ははは。問題無いよ。たくさん釣りたいんだ。」

課長は嬉しそうに言う。


部下の扱いは上手いのに女性に対してそうでは無いか、仕事人間で家庭を顧みないタイプなのか…いや、ママさんに頼むのかも知れないな。


「そうですね。釣れすぎたらママさんにも手伝って貰えば良いんですからね。」

課長ははははと笑った。

Cが課長には接待はするなと言われたので、今日の釣りはとても楽だ。わざわざペースを落として作業するのは苦手なのだ。


「君は本当に手早いね。仕事も営業からデスクワークまで何でもこなす。本当に多彩で、君みたいな部下を持てて嬉しいよ。」


課長は本当に嬉しそうに笑った。僕らにいつも何となく伝わってくる感情が、今日は本心の様に思えるのだ。課長は恐らく優秀な人間が好きなのだ。


若干緊張する。僕はこの人の前ではミスをしてはいけない。だが、あまりにハードルを上げすぎるとCが苦しい思いをする。釣りはCが上手いが、仕事では僕と同じ事ができないからだ。


「いえ、今日はたまたま調子が良いんです。なんというか、僕は日によってムラがありまして。時々今みたいに話しすぎてしまう時や夢中になってしまう時があって、よく営業では相手との距離感を間違えて要求が激しくなったりしまして。」


「だから会社とプライベートで違うんだね。君は僕の知り合いによく似ている。どうも他人事には思えなくてね。だが、人間ムラがあるのは当たり前だよ。人によってその程度に差があるだけだ。」


「そうですね。僕はその振れ幅が大きい人間の様です。」

「だからと言って力をセーブする必要は無いよ。僕も恐らく君と同じカテゴリに入る人間だからね。一番できた日を基準にできなかった日をやる気が無いなどと言うつもりは無い。僕の部下でいる間はやりたい様にやりなさい。君はあれこれ指示するより、自分で突き詰めた方が成果を出せそうなタイプだからね。」


課長は僕を自分と同じカテゴリと言った。

恐らく、ある程度の地位に来るまで苦労してきたのだろう。


釣りを再開してしばらくして、僕は考えた。

だけど、僕が課長と似ているとは思えない。課長は僕とC、どちらを本当の僕だと認識しているのだろうか。

「課長は僕を知り合いに似ているとおっしゃいましたが…僕に似ている人とは会った事はありません。そんな人がもし存在するなら是非会ってみたいですよ。」

僕の人生は特殊だ。僕に似た人間など、居るわけが無いのだ。


「ちゃんと実在するよ。君にだけは紹介したくはないがね。」

すると課長はそれは妻だと示唆した。

「ふふ。僕がまだ信頼されていないというのは理解しました。」

そう言って僕は竿を上げた。

「はは。僕は佐竹君の事は信頼していたのだがね。君を任せたのはミスだったよ。」

課長は、佐竹さんの事に関しては僕のミスだと思っているらしい。なるほど。

「佐竹さんは僕の女性不信をたった数日で見ぬいたので信頼しても良いと思ったのですが、距離感を誤りました…。」

「なんと、女性不信は本当だったのかい。」

「え。嘘だと思ってたんですか?」


僕が次々と釣っていると課長は本当に嬉しそうにする。僕が釣りを楽しむ姿を見て課長自身も楽しいと感じている。

課長にこんな一面があったのは意外だった。

こうして課長との釣り交流が始まった。



村瀬裕也

僕はCに釣りの役割を返すべく太刀魚釣りを計画していると課長が後ろに立った。

「また釣りに行くのかい?」

「ええ。太刀魚釣りに。課長もどうですか?」

よし!この機会に課長係もCに返上しよう。

すると、向かいに座っている佐竹さんが言った。

「釣りですか?良いですね!私も行きたいです。」

僕は顔が引きつるのを感じた。

この人は何故僕と上司との釣りに当然の様に一緒に来る気なのだろうか。仕事で干渉できなくなったからとプライベートに口出して来るとは最悪な女だ。

だが課長の前だ。僕はデフォルトのアルカイックスマイルを浮かべる。

「佐竹さん…男二人の釣りに女性を連れてはいけないです。」

「気を遣っていただかなくても私は大丈夫です。それに太刀魚なら堤防ですよね?道具も全部家にあります。」


佐竹さんが釣りガールであるとは意外である。遠回しに断られているのが分からない人ではないのだが彼女はあえて鈍感を装う。だが才女が鈍感のフリをするのは全く可愛くはないのでやめて欲しい。正直かなりのスペックダウンにガッカリが止まらない。

何故女は恋をするとこんなにも判断力が落ちるのだ。


お前、せっかく課長に気にかけてもらっているというのに、このままじゃ課長に捨てられるぞ?この課でお前が大きな顔をできるのは課長の右腕だからだ。だが課長は性格に問題のあるお前を切り捨てるべく、僕を後釜に据えようとしている。


「佐竹君、そういう意味ではないよ。鈍感なフリはやめなさい。優秀な君の魅力が半減だ。」

「えっ。そうなんですか?村瀬さん。」

何故言いにくい事を僕に聞く。

課長が僕の方を向いた。言ってやれみたいな圧を感じる。課長も佐竹さんとは一緒に行きたくはないようだ。

「正直な事言っていいですか?」

「はい。是非。」

僕わざと苦笑した。

「思慮深いと思っていたのに思ったより察しが悪い人だなと今がっかりしていたところです。」

佐竹さんは絶望の顔をした。いやだがこれでいいと思う。課長がうんうん頷いているのだ。佐竹さんポンコツ化は早々に何とかしなくてはいけない。僕はいずれ開発部に移る身なのだ。


村瀬裕也C

課長と太刀魚釣りへ。今日はあまり釣れない。

僕は指四本の太刀魚を釣り上げたが課長はクロダイ一匹のみ。


僕はコーヒーを飲みながらぼんやりしている課長に声をかけた。

「課長、この動画すごくないですか?」

僕は間を持たせる為に音を絞って動画を見せた。

「この庭……!ウチだよ。妻が作ったウッドデッキだ。」

なんと、課長の奥様はユメカだというのだ。

奥様はなんと38歳なのにものすごく若く見える人らしい。


「でも今まで家に閉じ込め何もさせて来なかったんだ。仕事以外は常に家に居た事にも気付いていながら僕は自分が安心したい為に何も言わずにきた。釣りも一緒に始めたいと言ったのにこうして自分だけ楽しんでる。彼女は今まで家族に尽くして来て、最近やっと自由に過ごし始めたんだ。もし問いただしたりしたら、真面目すぎる性格だから全てをやめてしまうかも知れない。だから妻から打ち明けてくれるまで待とうと思うよ。」


奥様はどうも生真面目な人らしく、趣味に没頭して家事をおろそかにするのが嫌で今まで20年も趣味を諦めてきたらしい。

それが最近はDIYや庭いじりをやる様になり、昔の様に生き生きしているのだとか。

だけど僕が気になったのはその事ではない。ウッドデッキを女性一人で作れる訳が無いし、このカメラワーク、撮影者が居る。


「この動画を撮ったのは息子さんでしょうか。奥様に声をかける前に一度息子さんと話してみては。」

「いや、慎重な和樹が自分の家をインターネットに公開するとは思えない。普段からネットリテラシーには厳しい子だったはずだ。」


僕は課長に、きちんと対話すべきだと進言した。課長の言っている事が本当の事だとすれば、彼女は絶対に自分から本心を言わない。


課長は完璧主義で実力主義だ。そんな課長の為に、本来活発でありながら従順な主婦を演じ、その裏でこっそり息抜きをしているのだ。動画など上げるという事は承認欲求も高そうだ。だとすればユメカは男から見たらいいカモだ。


女性の浮気を見抜くのは難しい。せめて撮影者が男性か女性かだけでも絶対確かめておかないと、心が離れてからでは遅い。適切な時期に適切なケアをしないとこういうタイミングは非常に重要なのだ。

「ふ。そうだね。帰ったら聞いてみるよ。」

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