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42話 嵌められた裕也

村瀬裕也A

「ふふっ。きーめた。これにしよ。」

僕が闇魔法暗示と映像記憶と念話を紐づけてとっておきのフラバをおすそ分けしようとした次の瞬間、僕の結界の魔力と、聖域の空間魔力の位置が交換された。

「はっ?!」

僕の体に慈愛がなだれ込む。満たされていた殺意が消されていく。


「彼女のトラウマを解放するのに私とあなたのスキルが必要になります。あなたが私と婚約してくれるならば、抜け駆けはしないと約束しましょう。だけど婚約しないと言うなら、神託に従って唯芽さんにアプローチします。神から与えられた使命ですからね。」


彼女は聖域魔力を吸い込み僕に繰り返し慈愛を送ってきた。


「それにあなた達のせいで私の家が大変な事になってるの。責任取ってもらわないと。」

「家……が?」

「そう。報道陣が押しかけて大変よ?川田会計事務所には、ひっきりなしに電話が鳴り響いている。お隣さんである久我家にも、和君の大学にも。」

そう言って川田美春はため息をつく。

「あなたがやらかした尻拭い、久我さんが必死でしているわ。和君を巻き込んだ事、相当お怒りの様子。下手したら唯芽さんの素性がバレる。私と結婚すれば、川田の力で久我さんからあなたを守ってあげようと思うんだけど、どうする?」

射貫く様な目。

「そ、そんな。そんな……。僕らのせいで和樹君が。」

「優秀なあなたがあんな短絡的な方法で復讐をしようとしたのは多分強制力でしょう。」


暗示のせいだけでは無い。僕までもが思考能力が落ちる訳が無いのだ。


「エルガセナウの神は、あなたと唯芽さん二人を、地球で住みづらくしたいのだと私は考えているのですよ。久我さんと離婚して、もし生き甲斐の配信を失えば彼女はどうなるでしょうか。彼女が地球の肉体を失えば、地球の神の影響を受けなくなる。」


 そうか。今まで使徒は地球に未練の無い者が選ばれていた。だが今回に限り何故だ。唯芽さんは神の娯楽だと言ったらしいが。地球とエルガセナウが何らかの協力関係にあり、今回から新しいシステムになったということか?例えば今まで無断であったものが今回から渡す魂を地球側が選別するなどだ。

なる程、それらでアルバスが課長や和樹と敵対するなと言ったのか。恐らくエルガセナウの力を持った子供を地球が得る為の対価…

とそこまで考え、僕は最悪の可能性にゾッとする。


「まさか、あの事件は和樹君を授かる為の強制力か?それによっては僕は考え方を今すぐ変えなくちゃいけない。」

あんな非道が起こるならば、改竄で全ての救いを捨ててでも神の力から逃れないといけない!

「久我さんはあの事件がなくても唯芽さんにプロポーズする予定で物件を探しておりました。あの事件は偶然です。」


「エルガセナウでは僕らに起こった程度の事はそこらに転がっているとアルバスは言ったんだ。倫理観が地球とは全く違う。本当に強制力じゃないと言い切れるか?」

再び破壊の衝動が出そうになったが美春さんは更に数度慈愛を送ってくる。


「分かりませんが、私がここに帰ってきたのと、久我さんが勝ち組人生を降りてここに来たのは直感に干渉されたのかも知れません。だけど事件は何も起こってないですよ?」

やはり美春さんは課長と結託している。知りすぎているのだ。


「ここで私と婚約しなければ、エルガセナウの強制力に、あなたと唯芽さんは永遠に翻弄される事になる。」


 僕は唯芽さんを安全に守れる方法があるなら美春さんの力を借りてもいいと思うけれど、でもその為に僕の様な人間と結婚して美春さんの人生が台無しになるのは違う。それは、エルガセナウの神がやっている事と同じではないか?!


きっと彼女は僕の事を理解していないのだ。


「だけど僕は、君を愛せない。君に触れるのは嫌だから指輪の交換だってできないし、何より君の子供をどうしても抱くことができない。伴侶としても親としても、責任を果たせないんだ。だから僕は君と一緒にはなれない。いくら使命や唯芽さんの為でも、無関係の君や君の子供を不幸にするのはおかしい。君は強制力で判断力を失っている。」


「私は不幸になる気は無い。それにあなたに一般的な親や伴侶の役割を望んでないわ。あの子には私が居るし、私はあなたに愛されようとも思ってない。私はただ、唯芽さんに一番近いあなたの隣で、あなたと唯芽さんの決して叶わぬ悲恋を見ていたいの。あなたが傷つきもがく様を間近で観察したい。そして、決して私へ向けられない愛情に焦がれて苦しみ、それこそが愛だと実感したい。それが、私の愛し方なの。あなたと、私は同類。その思いをどうか共有してください。」


「い、意味が分からないんだけど……というか、かなり怖いから変な事言うのやめてくれる?」

それが本心ならばこの女は僕とBを足して2乗した様なド変態だ!!


 こうして僕らは婚約する事になった。

話を聞くに、彼女は誰からも愛されない運命にあるという。信じた者に悉く裏切られるのだ。


僕は不覚にも共感してしまった。


 非接触慈愛スキルは凄まじいもので、僕は洗いざらい過去の事も今の事も話してしまった。Cが慈愛スキルと似た様な事をしていたな。魔力に乗せて展開したスキル愛戯と治癒を、唯芽さんに深呼吸させ吸い込ませる事で、一切いやらしい事にならずに唯芽さんを癒す事ができるのだ。


僕は彼女にスキルを返す事は出来なかった。穢すのが怖かったのだ。彼女は、泣きながら、僕の過去を受け止めてくれた。

「スキルは僕ではなく、Cから受け取って欲しい。僕がこれを使う訳にはいかない。Cなら君に触れられるし、子供も多分抱ける。君へ恩を返す様に暗示をかけておこう。」

「私はそれを望まないと言ったわ。あなたのスキルは唯芽さんのものだから。」



 それから僕らは色々と話し合って今後の方針を決めた。

「じゃあこれからは私達は戦友で親友という事でよろしくお願いします。」

「もしかしてBが羨ましかったの?」

「いいえ!口に出して肩書を言えば、身を守る術になるから!」


僕に、川田美春の戦友という称号が付いた。


「話ならいくらでも聞くけど、私は絶対にあなたとは寝ません。使命の為に得た固有スキルは、使命を果たすと無くなるらしいから。この力はあなたではなく唯芽さんの為に使いたい。」

「それは、誰情報?」

「内緒です。そういう事だから、とりあえず偽装婚約という事にして、結婚は1年後にしましょう。妻の肩書が付くとまずいので!その時にもう一度どうするか考えましょう。」

「ふうん。」

「なので、浮気オッケーだとCさんには伝えて下さい。」

「ええ……それはダメでしょ。ありえない。」


僕はこの人が何を考えてるのか全く分からない。

けれど、この人の慈愛で僕やBの衝動が一時的にでもなくなるなら、それはそれで楽になるのかなとちょっとだけ楽観的になった。


 のちに、この人の慈愛スキルに、[説教 発言に説得力を持たせ正しいと思わせる][懺悔 真実を話したいと思わせる]というものが派生している事を知る。


僕は、嵌められたのだ。


 だが、自分には何の暗示もかかってはおらず、後で考え直しても、まあ悪くはないかと思えた。

プロポーズになりふり構わずスキルを使ってくる様なクズで、Bにそっくりの変態ならば、きっと僕らにお似合いだし、僕に、何も無理強いしないと約束してくれたのだ。彼女の、僕が婚約者としての一年を捧げる代わりに課長から守る、一年後にもう一度決めてくれれば良いという条件は、とても魅力的に思えた。


それはつまり、この期間に僕が唯芽さんから遠ざけられた場合、彼女は僕を見限るという意思表示なのだ。


しかし気を付けなくては称号は変化する。

Bは一度決めた事を容易く覆してくるぞ。

あいつの依存は病気なのだ。

課長に依存し、和樹君に依存し、唯芽さんに依存し、佐竹ミカや彩葉さんにまで依存している。課長への依存をまだ断ち切れないあたり、相手の気持ちは一切関係が無いのだ。


あいつは誰にでも依存し、無神経に誰にでも愛情を与える。

親友でも偽装でも、形さえ変えれば好きなだけ何でも与えても良いと思っているのだ。

現に唯芽さんにあいつは躊躇なくスキルを使いまくる。

このまま熟練度が上がり続ければあいつも僕同様、誰にも触れられなくなる。


だがその中でも彩葉さんと佐竹ミカへは絶対に手を出さないと決めている。

それは、過去の女がスキルに触れ例外なく馬鹿になったからだ。

あいつは何よりも知識や能力が大切で、それが失われる事を酷く恐れる。


美春さん程度の知能レベルの人間ならば、過去の女と同程度に扱い、やれる機会があればいつでもやるぞ。


さっきの魔法物理学の理解度を見るに、今の君は守るに値しない。

美春さんの育成は急務だ。

物理でなくとも、圧倒的な何か才能を見つけて磨かせないとまずい。

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