37話 親友
村瀬裕也C
異世界で、僕ではなくBがライブをした。
インターネット上ではBの声を使ったコーラスのファルセットが僕の持つミックスボイスより評価され、それが谷やんの声だと話題になったのだ。
歌は僕が組み立てた。
僕が歌い方を決める時、練習で歌ったBの感情がこもる時の声も歌唱テクニックとして入れ込んだ。特に大切な部分にはBの声を使ってしまっていたのだ。結局は組み立てただけで、僕の歌はただの模倣に過ぎなかった。僕の声は決められた記号通りただ完璧に歌うだけのつまらない歌唱で、評価されたポイントはBの声を使った独特で魅力的な部分。
結果谷やんの歌は、Bの歌だという事になった。
そして、Bがライブで歌った。ただ感情のままに、高揚のままに。
僕はBを模倣したが、あいつは僕を模倣しなかった。
自分を歌で表現したのだ。
僕は歌で負けた。
そして異世界エルガセナウで、親友宣言をした。
神の祝福が降った。
僕らはもう、親友として進むしか道が無くなった。
僕はまるで夢から覚めた様にユメカへの気持ちが冷めていく。
神の強制力が、終わったのだ。
こんなにも長い期間、僕は夢に浮かされていた。
その結果、僕は谷やんとして音楽をする権利を失った。
そうだ。僕は、演技担当。
絶対に人に溺れてはいけないと厳しく言いつけられてきたのに。
そもそも僕には最初から権利などなかった。
僕は僕であってはいけないのだ。
僕は谷やんBの演技を発動する。
「ユメカありがとうな。僕は今までユメカだけを救おうと躍起になってた。そやけど今日のライブで一緒に乗り越える覚悟ができたで。一緒に頑張ろな。全部知っても僕は絶対にユメカを否定せんからな。」
すると、ユメカは僕に言った。
「うん。ありがとう。私も村瀬裕也の全部を肯定するよ。だからもう、谷やんのフリしなくてもいいんだよ。返せない気持ちもあるけど、ずっと友達でいたいけど、でももう見て見ぬふりはしない。できない。私に本音を言うのは裏切りじゃないよ。私も友達として向き合ってちゃんと本音を言わないといけなかったんだ。決めつけて裏切ったのは私だよ。」
ユメカ、遅いよ。その言葉は、千葉であいつに言ってやって欲しかった。
僕に浄化がかけられ、変装が解かれた事で演技スキルが切れた。
僕は即座に、村瀬裕也の今の顔に、谷やんBの演技スキルを紐づけた村瀬裕也谷やんBという演技パターンを即席で作った
「今から、ちゃんと話そ。二人でどうしたら良いか考えよ。私、裕也さんの心を壊したくない。」
僕はBのしぐさを、声を、表情を完璧に真似る。
強制力なんてない方が、完璧に演じられる。
「ありがとう。けど課長と幸せになって欲しんは、僕のほんまの、心からの気持ちなんよ。僕は見た目と違ごて、僕自身の能力だけをちゃんと認めてくれた課長に恩を返したいと、この期に及んでまだ思てる。僕はどれも諦めきれやん。何も捨てれやん。人に縋ってばかりの弱い人間や。それが僕の本質や。課長も、唯芽さんも、和樹も、唯芽さんの中のユメカも、皆全員幸せになって欲しんよ。それが僕なんやで。自己犠牲とちゃう。僕は欲張りなんよ。」
僕はユメカの涙を自分の指でぬぐう。
僕に穢れはない。
僕は課長にも神にも操られていない状態でユメカに触れた。
胸が、苦しい。
「うん。ずっと無理させて、捨てられるかもって怖い思いさせて、気持ちを無視して傷つけ続けてごめんね。愛されない事がこんなに怖い事だって私知らなかったんだ。本当に傷付けてごめんね。」
僕は範囲治癒をした。本当は僕に好きだともう一度言って欲しいんだよね。君は自分の落ち度になるのが嫌で誰かのせいにしたい。Bも君と同じなんだよ。選んだり捨てたりするのに神のお墨付きが欲しい奴なんだ。
神の意思で親友の称号を得た時から、僕らはこうなる事が決まってた。
「僕自身が永遠に変わらん関係を自分で選んだんやで。今回は神様とたまたま意見が合っただけで、ずっといつも選び続けて来たんは僕なんよ。唯芽さん。僕が親友でありたいっていう気持ちとちゃん向き合って認めてよ。な。僕ら二人で乗り越えよ。体なんかいらん。遠回りでも、時間かけて全部の記憶共有しよ。いつまでかかっても、親友のままでやり遂げよ。僕らの友情は永遠や。」
君とBは似た者同士だよね。だから惹かれ合う。けれど、最後の一歩が踏み出せない。君とBは、永遠に結ばれない。
「うん。裕也さんの中の谷やんも、谷やんの選択も、親友でありたい気持ちも、私は全部肯定するよ。最後まで私のストーリーに付き合ってね。二人で一緒にクリアしよう。」
ほら。思った通り。
「当たり前やで。ユメカの心の事は、全部僕に任しとき。僕はフォローの天才や。」
僕は村瀬スマイルでテンプレのBの優しい作り笑顔を浮かべた。
それから最後に彼女を見つめて、あの日の様に髪を梳いた。
君は夢見心地に目を細めた。
「なんかあったら念話で連絡して。これからは全部念話にしてアドレスはもう消そ。許可取らんでも直で念話してええよ。いつでも待ってる。昨日の配信中の念話はほんまに嬉しかったんやで。」
僕は、そう言って君が喜びそうな直哉の照れ笑いを浮かべた。
僕たちのプラトニックラブは、終わったんだ。
さよなら。ユメカ。
配信部屋に転移して、感情遮断を封印した。
そして、僕はBの真似をして初めて号泣してみた。泣くのは発散になるのかと思ったが全く気分が浮上しない。疲れただけだ。
そして感情遮断を発動すると、やっぱり笑う方がストレス発散になると証明された訳だが。
「はははは。何これwwうけるwwwめっちゃ笑えるんだけどwwww」
何故こうなってるか意味不明すぎてステータスを開くと、自信喪失デバフがかかっていた。
「治癒で解けない自信喪失ってなんなのww何この称号ww使徒の守護者とかwwユメカめっちゃ強いのに彼女の何を守れっていうのww」
僕は自分が死にかけた時の事を思い出し大笑いしながら、サラリーマンの完璧村瀬裕也演技に代償感情遮断不可を付けた。念の為感情遮断を封印した。とりあえず課長に許可を取りに行こう。良い考えが思い浮かんだのだ。
湖都の記事の抑えに谷やんのトラウマの記事を使おうと言ったらめちゃくちゃ威圧された。有休を取っておいてやるから唯芽さんの入院の見舞いにでも行ってこい、しばらく職場に来るなみたいな事を言われたのだ。僕はBの演技で絶望感あらわに涙を流して帰ってきた。決して威圧にビビった訳ではない。ないったらない。
びっくりする程心が軽くなった事に気付く。
課長の治癒で自信喪失が無くなったのだ。
てか病んでる僕よりも、冷酷無慈悲な課長の治癒の方が性能が良いの意味不明なんだけどwww
自信喪失は治ったけど僕はもう地球に未練は無い。
もう僕には何もないんだ。釣りの役割も歌の役割も、ユメカの役割もBになったのだから。演技だってBもできる。僕などこの世に必要ないのだ。
「うけるww何あの歌wwオーラめっちゃ出てるしwwライブ進行とか僕より断然上手いしwwアルバスの耐性切れたまんま歌いきって歓声克服してるしww絶対音感とか必要なかったしwww僕完璧になんか歌う必要なかったしww」
僕の存在などもう必要無いのだ。
「だったら、あの日僕のまま歌えば良かったなあ。いや、違うか。それは僕の役割じゃないからね。」
最後に親に復讐してやろうと思ったけど課長に怒られたからやめた。あの家になんかもう近付きたくはない。あとはBの好きにすれば良い。僕はもう疲れた。




