23話 恐怖
1月30日木曜日 村瀬裕也
ユメカとメッセージのやり取りをしていると佐竹さんが僕に言った。
「ああ。村瀬さん。課長がミーティングルームに来る様にって。」
「ん。分かりました。佐竹さん。ありがとう。」
「なんか、課長いつもと違ってましたよ。怒ってはないんですけど。」
それ怒ってるやつだ。
「ええ?よく見分けがつきますね。」
今の佐竹さんの称号は僕のストーカーじゃないし僕に不躾に触れようとしたりしない。ユメカの狂信者で、谷やんの信者、そして村瀬裕也の同志。佐竹さんの脳内は仕事中もユメカのことで頭がいっぱいだ。これだけユメカの事を考えていても仕事の手は抜かない。多分並列思考と並列処理の適正が高く、スキル化の兆しがある。彼女は能力が高い。性格に問題のある彼女を課長が気にかける訳だ。
「ええ?村瀬さんも日によって違いますよね。女性はそういうの分かるんです。男性とは目線が違うから。」
「へえ。そうなんですか。」
まさか彼女見分けが付くのか?
僕はミーティングルームに来た。
「君に頼みがあるんだ。」
そう言った課長は千葉行きのチケットを2枚、デスクの上に放り投げた。
「君の有給を申請しておくから、明日から三日間唯芽と二人で千葉に行ってくれないか。唯芽が君に不信感を持たない様ホテルはシングルを二つ取ってあるが君達は自由に行き来すると良い。意味は分かるね?」
僕は絶句した。意味は分かるが意味が分らない。
「はは。君が取り乱すとは貴重なものが見れた。昼休みに唯芽の誕生日プレゼントを買ってくると良いよ。明後日は誕生日なんだ。右手の薬指は空いているから一時的に君に貸してあげよう。サイズは9号だよ。」
「な、何を考えているのですか。そんな事許されるはずが。」
課長を読心するが断片的にしか聞こえない。隠蔽されているのだ。
Cならば、いやしかし、あいつは課長と渡り合えはしない。
「これは君たち2人のトラウマの解放に必要なのだよ。唯芽にキスをしなかったのは君らしいミスだったね。川釣りの時も君は間違えた。何故あの時唯芽の涙を拭わなかった?君は二度も恋人になるルートを逃したんだ。この時点で僕の勝ちなのだよ。僕への愛を確信した時点でたとえ不倫しようが唯芽が君を愛する未来は無い。ああ、僕の指示だと言えば彼女は来ない。僕の能力も、彼女は聞きたがらないだろう。君自身が唯芽を誘って連れ出すんだ。」
まるで、見て来た様に課長が言った。唯芽さんや和樹は探偵だと言ったが違う。
探偵ならば川釣りの後僕を呼び出してあんな優しい声を僕にかける訳が無いのだ。
「まさか完全鑑定ですか?だとしてもどうかしている。こんな事馬鹿げている。」
「そんな中途半端なものでは無いよ。僕は全てを見通せる。」
そうか。完全鑑定ならば細かい描写までは書かれない。
課長はなんらかのスキルで過去の映像を見られる。
ポケットから携帯を出し、課長は電話をかけた。
「ああ。唯芽かい。今朝はすまなかったね。実は急な出張が入ってね。ああ、今日は帰るから、この前と同じ様に用意をお願いできないか。三日間だ。帰ったら話すよ。誕生日はすまないね。埋め合わせはする。じゃあ切るよ。はは。愛してるよ。」
受話器から、縋る様な彼女の声が聞こえた。
「僕に拒絶されたと思った彼女から、谷口直哉に必ずメッセージが来る。相談事があるとか口実をつけてね。良かったじゃないか。今までいつもコンタクトは君からだったのだろう?」
「課長、その……もしかして……未来が……」
何だ。何のスキルだ。
直感と何かの紐づけか。課長の持っているスキルで未来の映像が見られそうなのは、千里眼と、予測と、直感の紐づけか?
直感を持つのは和樹と美春さん、だけど二人は予測のスキルを持たない。直感と紐づけで過去の映像が見られるか試したい。だが二人は神聖属性だ。映像記憶を持たない。
「唯芽や君による封印対策の為スキルの名前は言えない。君は唯芽を救う為の最善手に地獄の苦しみが伴う場合、それを選択するかね。」
まさか、課長は読心まで持っている。未来の事象を知れる課長に僕が勝てる訳が無い。もともとのスペック自体が違うのだ。それにこれは、唯芽さんの、為……。
僕に、地獄の苦しみを味わえと……そう言っているのだ……。
「選択します。」
課長は満足そうに頷くと言った。
「期待通りだ。さすが僕の腹心だった男だ。これから、唯芽だけを救う為もう一度僕の腹心のふりをしてくれないか。称号があると分岐が増えたりして都合が悪いからね、フリだけでいい。」
「承知しました。誠心誠意つとめます。」
僕は課長が言っている意味を想像しただけで吐き気とともに自分が切り刻まれあらゆる方法で殺される映像が流れ込む。だが、スキルを使わなければ彼女は穢れないかも知れない。きっとあのスキルが悪いのだ。
「ああ、そうだ。君は、直感スキルがどんなものか知っているかね。」
「唯芽さんを最善の未来へ導く為のスキル……。」
「やはり君は有能だ。あの忌まわしい二つのスキルさえなければずっと僕の腹心だったのだがね。惜しい事をしたよ。そうだ、自分で封印した方のスキルは先に解いておくといい。その方が事がスムースに進むよ。」
僕は絶望した。
「そのスキルが唯一彼女を救えるんだ。同時に君も救われるよ。どうした?唯芽の為に地獄の苦しみに耐えてみせるんだろう?はははは。」
彼女を救うのに、あの穢れたスキルが必要なのだ。
スマホでジュエリーショップを調べ、指輪を眺めていると後ろに佐竹さんが立った。
「彼女にプレゼントですか?」
「僕に彼女は居ませんよ。友達の誕生日なんだ。」
「彼女じゃないなら、指輪は重いと思います。脈ありな相手でどうしても贈りたいなら、チェーンを付けてリングネックレスにしては。」
「ふふ。忠告ありがとう。」
僕だって指輪はNGだと思うけど、直感持ちの課長が言うんだ。
「受け取ってくれるならワンチャンありそうですけどね。頑張って下さい。今日の村瀬さんなら大丈夫だと思います。」
「え?」
「では私お昼行ってきます。」
僕は彼女の後ろ姿を鑑定した。
直感は無いが、観察眼(微)……。
お守りも無いのに、佐竹さんに新しいスキルが生えた……。彼女は、神のお気に入りかも知れない。




