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17話 公園

村瀬裕也

翌朝、和樹からお礼のメールが届いた。長年の悩みが解決したのだからきっと泣いてしまって僕に念話できないのだろうね。

『君の力になれて良かった。僕でよかったらいつでも話を聞くからね。何でも相談して。』


和樹に返事をしてすぐ僕はステータスを確認する。和樹関連の新たな称号が出ているかどうかだ。

ところが、僕に付いたのはフォローの天才。

僕はショートメッセージを開き、ユメカにメッセージを打ち込む。

すると彼女は遠回しに僕を誘って来た。


『谷やんありがとね。気分良いんで、昼ごろ近所の公園でも歩きに行ってこようかな。』


僕は戸惑う。どうする。課長は明日帰ってくる。だが、二人きりで会うのは課長への裏切りになる。


会うのは今日が最後のチャンスだ。

これを逃せばもう二人でなんて会えない。

僕は焦燥感にかられる。


会いたい。どうしてももう一度会いたい。

今日だけだ。今日で最後だ。

僕は会社に欠勤の連絡をするといつもと違う顔に変装した。昨日何となくCが作っていた童顔だ。谷やん演技を発動するもうまく口調が連動しない。おそらくいつもと顔が違うからだ。

それでも会いたい気持ちに勝てず僕は車を走らせる。駐車場に停めてユメカの魔力に向かって走った。

「ユメカ、会いに来てもた。隣へ座ってもええ?」


僕が隣のベンチに座るとユメカは笑って横に寄ってくれたのでユメカの隣に座りなおした。

「会社サボったんだ。」

「今日ほんまは風邪ひいて休んだんよ。でもチャンスやて思たら会いたなって。ごめんな。迷惑なんわかってんのよ。なんか。ほんま。やっぱり僕帰ります。」

するとユメカは僕に治癒を送ってきた。

「2人の時素に戻るのは無しで。」

しっかりした口調でユメカは言った。

おどおどしていない、いつもと違う毅然としたユメカ。

今日の君は、なんか違う。

 

「なんて呼ぼう。」

「直哉で。」


風が吹いた。

「私、寒冷耐性あるの。」

「僕もある。釣りするから。」

しまった。風邪が嘘だとバレたのだ。


「今日、完璧じゃないね。ボロボロ。」

「ご、ごめん。」

「大丈夫。そのぐらいの方が怖くない。風邪治って良かったね。」

「きょ、今日しか無かったから。あ、あの、僕、じ、実は試したい事あって。」

僕に治癒がかけられた。途端に頭のもやが晴れる。

そうか。彼女は僕のステータスを見ながらデバフが付いたら治癒をかけている。

僕は何とか言葉を絞り出した。


「ゆ、指に、ちょこっと触れてもいい?」

「リハビリ?美春さんとかじゃだめ?」

拒絶されたと思ったら次の瞬間治癒が。

ユメカも治癒がスキル化しているのだろうか。

僕は何故君に触れたいのかの理由を話す事にした。


「あの、僕、人好きになったん初めてで、もしかしたらと思って。ユメカ、課長の事は触れるやん?」

「アウト、それはダメ。やり直し。」

彼女は僕が凹むタイミングが分かる様で今度はデバフが付く前に治癒をくれた。

少し考えてから、僕は言い直す。


「ぼ、僕ユメカのファンなんよ。手ェ触らして下さい。」

「変態か。」


拒絶、そして治癒。

いや、これは拒絶じゃない。ツッコミだ。

ユメカ的には今のがボケだと思ったのか。

僕すごい勇気出したんだけど。


「いいよ。多分私も大丈夫。最近友達は大丈夫になったんだ。根気よくリハビリしてこ。」

恐る恐る、震えながら指先をちょんと突いた。

「どう?大丈夫だったなら、次は私からいっていい?怖かったらしない。」


彼女は僕の左手に自分の右手を乗せた。

「怖かったらすぐやめる。」

「いい。嬉しい。治った。嬉しい。」


僕は久しぶりの人との触れ合いに心が温かくなった。

彼女の冷たい手に僕の体温が少しずつ奪われて、ユメカの手が少しずつ温まってくる。まるで僕の熱が彼女を満たしている様なそんな錯覚に陥る。スキルさえ使わなければ、僕は君と触れ合える。


「こうしてるんがほんまに嬉しい。不思議やな。ほんまに好きな人と普通に手繋ぐってこんなんなんや。知らんかった。なあユメカ……僕に対しては一方的でも何でもええて前にゆうたやろ?配信者友達のルールかてもし破ってもても、僕は会社かってやめてもええんや。賠償金も払う覚悟できてる。どんなユメカも大好きや。ユメカとやったら地獄に落ちれる。」


僕はユメカと初めて手を繋ぐ事ができた喜びに言葉が溢れつい口走ってしまう。すると突然憤慨したユメカが僕を子供扱いしてきたのだ。


「アウト。たとえ肩書きが変わっても私はこれ以上は絶対無理。友達のままなら壊れないのに、男って皆何ですぐそっちに結びつけたがるの?特にイケメンは皆そう。村瀬さんも同じとかガッカリなんですけど。てか私はそもそも男が無理なの。村瀬さんが歳下だから子供と思えばギリ平気なだけ。」


僕は正面きっての拒絶にパニックになりそうで、必死で息を止め目を伏せた。まだ見捨てられてはいない。これは拒絶ではない。君は僕と友達のまま居たいのだ。


今日が二人きりで君に会う最後の機会。絶対Cに代わるのは嫌だ。大きく息を吸って一度止めゆっくりと吐く。

僕は谷やんC演技を複製し直哉Cと名付け、直哉の変装と紐付けて発動する。僕は今直哉Cだ。心の中まで直哉Cに成り切れ。


「子供て。」

33歳の男に対していくらなんでもそれは言い過ぎだ。けどそうか。和樹の事も過剰に子ども扱いした。そうしないと関わる事ができなかったのだ。僕を見くびった君には今後の為に僕が大人の男だときちんと分からせてあげないと。


僕を甘く見たら痛い目に遭うってきちんとわからせてあげないと。


僕は君を責める。

「ていうか何なん?そっちが誘たんやん。あれ誘てたやろ?何が聞きたいんよ?闇魔法?課長の出張先?ズルいんよ。気もない癖に人妻がチェリーボーイの心弄んで。」

こんな所で二人きりで会うなんて完全にアウトだよ。先に友達のルールを破ったのは君だ。僕は分かってるんだぞと指摘する。

そうすればきっと君は僕を拒めない。

しばらく手を繋ぎ合って課長の出張について情報交換していると君は言った。


「律樹さん、毎日毎日眠らせてくれって言ってきて、必死で睡眠耐性得ようとしてた。」

驚愕のあまり演技が解けてしまう。


「なあもう、それバレてるやん。」


彼女は課長が何も言わないのを良い事に知らんふりを決め込んでいるのだ。

課長だって彼女に捨てられるのが怖いのだというのにその気持ちを弄んでいる。課長は踏み込むと突き放すユメカの為にきっと自分の気持ちを抑え込みながら、20年も都合のいい男に徹してきたのだ。

課長と自分の気持ちを重ねると堪らなくなってユメカに詰め寄る。


だがユメカに思わぬ事を聞かれた。

「ねえ、愛って何か私分からなくて。直哉君は分かる?」

気付くと間近にあった君の顔。

僕は慌てて君から離れた。


愛が分からなかったのは僕やCと同じ。

僕に統合されたどこまでも惚れっぽいAの事を思い出す。

今は愛という気持ちが僕には分かる。

僕の中には全ての人に常に愛し愛されたかったAと、感情を押し殺して生きてきた元の自分であるBが入り混じっているのだ。


Aが過去関わった女性に持ったのよりもっとずっと強い気持ち。今君に抱いているこの気持ちが愛情なんだ。


 僕の君への気持ち。

それはとても一般的とは言えない愛の気持ち。

彼女の課長への気持ちも多分一般的ではない。

彼女の愛はきっと知るのが怖い、全て見せて離れていくのが怖い愛の気持ち。

君は臆病なのだ。そして思い込みが激しい。

どうしても傷付くのが怖くて殻に閉じこもっている。だから近付くと突き放す。頑なに自分を見せようとしない。嫌われたくないから必死に嘘の自分を演じる。


取り乱さない様に弱さを隠して必死で取り繕うのはAと……

今の僕と同じ。

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