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12話 スポンサーの意向

村瀬裕也

久我課長に呼び出された僕は、会議室に来ていた。

「大事な話とは何でしょう。」

「実はね、ボーリングで唯芽と共演してやって欲しいんだよ。」


僕はまさかそんな言葉が課長から出るとは思わず驚いてしまった。


「いやでも、そんな事して唯芽さんまた具合が悪くなりませんか?あの、言いにくいですが、僕を見る目があからさまに嫌な顔というか、その。嫌われているというか。」


 僕は課長の言葉に思わず反論してしまった。あの人は過去に騙されたか何かで?極度のイケメン嫌いだと和樹君から聞いている。

その上僕の生い立ちに関して激しく嫌悪があるらしい。萎縮されておよそまともな配信ができるとは思えない。


「あの子はね、一生懸命やって上手くできた時花の咲く様な顔で笑うんだ。」

僕は必死に頑張って小さなヤマメを釣った時のあの笑顔を思い出して少しだけ顔が緩んだ。


「だけどね、あの子がやっと自信を取り戻し始めたのに、君の怒涛の大人気のせいで、また君に劣等感を持ち始めているんだ。このまま負けっぱなしじゃ、あの子はこれから先も笑えない。」


「つまり僕にわざと負けろと。」

まあ、ヤラセは好きでは無いけれどスポンサーの意向なら仕方ない。


「見くびってもらっては困るよ村瀬君。君は本気でやるんだ。それでないと、唯芽が本気を出せないだろう。唯芽は勝つよ。絶対にね。君は唯芽の踏み台になるんだ。」


なんて言い草だ。踏み台とは。

最近は僕に対して取り繕う事もなくなった。課長を裏切った僕を軽蔑しているかのようにあえて振る舞って、あの日の僕を遠回しに責めて来る。


 課長が教えているならきっと僕より数段上手いんだろう。でも彼女は多分、萎縮すると本来の力を発揮できなくなるタイプだ。そこにこそ勝機はある。もし僕が勝ったら課長はどれほど悔しがるんだろうか。


「そうですね。万が一彼女が僕に負けても、落ち込んだ唯芽さんを課長が慰めれば丸く収まるというものです。」


「はは。その意気で頼むよ村瀬君。君では勝てないだろうがね。」

だが課長は余裕ぶっていつものように笑った。



"母さんボーリングでも配信者でも勝つって燃えてたわ。村瀬さんせいぜい引き立て役頑張って。"


和樹にまで煽られてしまった。

この一家はどれだけ僕の事が嫌いなのだろうか。彼は僕に本音で話してくれるたった1人の友人だ。だがこの子も口が結構悪い。まあ、いつもの軽口だと受け取っておこう。


それに、今の僕には配信が生き甲斐ですらある。たとえボーリング勝負に負けたところで、あんなコミュ力の低い人に僕らが配信で負ける事なんてやはりあり得ない。聡明な和樹なら分かっているはずだ。


 僕らはコンディションによってスコアの振れ幅が大きいからみっちり練習しようと思った。見せ物として面白くなる様に良い勝負にしたい。僕は立ち上がろうとして眩暈におそわれふらついた。


「ダメだな。最近頭が回らない。やはりエネルギー不足だろうか。Cに魔法を使わせるのを加減させた方が良いか……。仕方ない、少し仮眠してから行こう。」

僕は仮眠スキルで30分寝てからボーリング場へ向かう事にした。


仮眠から起きて、押し入れからマイボールを引っ張り出した。

「神様、今日ボーリングスキルが欲しいです。お願いします。」

しっかりお祈りをしてからボーリング場に。


「ふふっ。ボーリングってなかなか楽しいもんだね。なるほど。こう投げれば……ほら、ストライク。簡単じゃないか。」


僕が練習さえしておけばきっと投げ方は手が覚えているはず。

僕はなるべく常に同じ投げ方をする様に心がけて体にフォームを覚え込ませた。

当日は貸し切りだというし川釣りの時のようなイレギュラーがあっても多分大丈夫だ。


「会いたい。唯芽さん。だけどそれは僕の役割じゃないんだ。ふふっ。会えなくてもCを通してずっと見ているから。」

僕は感情を改竄で消去して無心に投げた。



ボーリング企画当日。村瀬裕也C

 無事この日を迎えられた事に嬉しさがこみ上げる。結局ボーリングというスキルは得られなかったけれど、僕はユメカと会える事にかなり気分が高揚していた。

「良かった。僕が君と会う役割になったんだ。」


僕は演技パターンコラボ用谷やんCを発動した。

Bはおうち配信用だからユメカと会う事はできない。

「ほんまに嬉しいんやけど。」

会社の役割を取られたけど、僕は君に会える。


久しぶりに会ったユメカは湖都での使徒ぶったあの演技臭い話し方も、初めて電話をかけてきてくれた時のおどおどした様子もなく、随分とスッキリした顔をしていた。


良かった。今日君に会う事ができて最高の気分だ。正確な投球は得意ではないがロフトボールは得意だし、15ポンドを使ったパワーボーリングなら僕にだってできる。


彼女はステータスがとてつもなく高い。

だからこそ彼女は手を抜かなくてはいけない。スキルがあっても手加減を使うのだからきっとかなり腕前は落ちるはず。

僕が全力で投げれば、地球の女性程度の力に抑えたユメカには勝てるのではないかと踏んでいる。

それに……ふふ。君はプレッシャーに弱そうだ。


 僕が禁止されている事を承知でロフトボール用の軽いボールを取り出したらユメカはムキになって止めてきた。

ユメカは真面目だから絶対に突っ込んでくれると思ったよ。このシーンは視聴者も絶対喜ぶはず。


止められなければ使って普通にこれでプレイする気だったけどね。


それはそれで、あの眉間に寄ったシワを配信で流してネタにできる。和樹はヤバいとか酷いとか言うけれど、僕の様にあの顔を好きなファンも確かに存在するんだ。


真面目すぎる不器用なユメカはやはり本当に可愛くて、配信者同士という課長が入り込めないこの関係が嬉しくもあった。

今度は僕が、あの笑顔を引き出すんだ。日本中にあの笑顔を配信してやるんだ。


勝負が始まる前までは確かにそう思っていたのだ。


甘かったという他無かった。

確かに僕は浮かれすぎて冷静では無かったしコンディションも悪かったが、それにしても彼女はやる事が容赦無かった。


彼女は僕を嘲笑うかのようにスペアの後の一投目をあえて外し、わざわざ特徴的なスプリットの形にピンを残すのだ。

そして次の投球でこれみよがしに取ってくる。戻ってくる時のあのドヤ顔。

しかも時々ストライクを取って常に僅かに僕の得点を微妙に上回りながらだ。


彼女の理解不能な極端なプレイに魅せられる。

どうしようもない程の謎の吸引力に僕のプレイはガタガタだ。


既にフラれているとはいえ、僕が生まれて初めて好きだと思った女性にこれほどあからさまにコケにされた事で裏切られた気持ちになった。


ここには僕の味方はいない。

この企画だって最初からこうなる事が決められていたのだ。


なら僕がやろうとしている事はここにいる全員に取って不本意だろう。

だからこそやってやる。

僕が全部美味しいところを掻っ攫ってやる!


なり切れ。

練習でひたすら同じ場所に投げ続けたあのフォームを思い出せ。

僕は映像記憶でストライクを取った時のフォームを引っ張り出す。

観察眼でどこから歩いてどこに置くかまできっちりと確認だ。


現在発動しているコラボ用谷やんC演技を谷やんB演技に変更。

更にボーリングフォームB模倣スキルを紐づけ。

よし、並列枠は足りてる。

僕は今、ボーリングが得意な僕になり切る。


絶対に勝つ。


僕は根性でストライクを出し続けた。

あと2投。僕がこれを全部取ればユメカはいよいよフィフスを取らざるを得なくなる。だがユメカは常に自分に自信がない。


やらせで視聴者の信頼を裏切るか、負けて課長の信頼を裏切るか。どちらが正解か恐らくまだ迷っているはずだ。その迷いがミスを生む!まだ僕の勝ちは残っている。


スタッフに若干の緊張感。


「谷やん頑張れー!ユメカなんかぶっとばせー!」

突然の美春さんの声。集中がかき乱され、スキルが切れてしまう。僕は女性の歓声は苦手だ。それを美春さんは知っているはずなのに。即治癒、素早くスキルをかけ直しだ。


「ユメカ負けるなー!ぽっと出の谷やんに配信者の根性見せてやれー!」

なっ!店長まで!卑怯な!そこまでして彼女を勝たせたいのか!


ここで絶対僕が取らなくてはユメカの次のストライクで僕の負けが確定してしまう。そうして天然であるユメカが今更残りを外しにきたらどうなる?彼女ならやりかねないぞ。

そんな事したら企画自体の仕上がりが中途半端になってしまう。


僕のこの一投に企画の成功がかかっている!


だがボールを持つ手に力が入りすぎて、指を抜くのが一瞬遅れてしまう。

しまった!谷やん演技のみでストライク模倣の紐づけをしていなかった!!


「あっ!あかーん!!」

本編とかぶる話でありますが、加筆されております。

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