大序 寺田医師の証言 第三話
浅野長矩が三代目社長を務める浅野興産では、父親の代から役員を務める者が数名在籍しており、特に大野常務は長矩のすすめる再生可能エネルギー開発に否定的だ。数日前の役員会議でも、大野はここ数か月の営業成績を示し、声高にまくしたてた。
「リスクが大きすぎる。石油から再生可能エネルギーに移行する意義は認めますが、国からの補助をもってしても、このままでは会社の体力がもちません。」
浅野興産は石油精製会社として中堅ながら老舗の企業だ。急激な経営転換は命とりになりかねない。そんなことはわかっている、長矩はつとめて冷静に、
「今は我慢の時です。再生可能エネルギーが浸透すれば、人間も地球も息を吹き返す。」
長矩のこの発言が堂々巡りの議論の始まりとなった。
「地球を良くする前に、今抱えてる社員の生活を考えるべきでしょう。」
「うちが一社がんばったからといって、環境が劇的によくなるわけでもない。」
「そもそも石油は、日本の高度成長を支えてきたんだ。」
「今ごろになって悪者扱いしおって、」
「まあ精製技術もクリーンになってきてますしね、」
長矩はぼんやり窓の外に広がる社の精製施設を眺めていた。煙突から勢いよく煙が上がり、灰色の空をさらに曇らせている。次の瞬間、夢でみた光りの柱がそびえ立つのが見えた。長矩が小さく声をあげたそのとき、
「社長、浅野社長、」
大野が静かだが威圧的に声をかけ、光りは幻と消えた。
「地球がそれほど大事なら、国からの補助金をもっと引っ張ってこれませんかね。」
「そうだ、鷺坂先生にお願いして、」
鷺坂というのは、浅野興産が長年、選挙票集めに協力している代議士で、これまで工場立地に関する規制、石油関連税制など国政との橋渡しを買って出、再生可能エネルギー開発についても、政府の補助金を有利に導いた人物である。浅野興産にとって恩人ともいえるが、それに余る献金も重ねている、長矩はそこを快しとしていなかった。長矩は珍しく言葉を荒げた。
「国民は民間のエネルギー開発にまだ理解を示していない。こんなときに賄賂なんて、企業の体質が問われる事態を招きますよ!」
長矩の叱責に役員の声は小さくなったが、次第にその声が歪んでいくのを感じた。
「賄賂なんて言葉、不用意に使うとはね、」
「頭でっかちなのさ、」
「いや、頭が悪い、」
「三代目はまだまだ甘いな」
不気味な響きで噂する役員の顔は、長矩には全員宇宙人に見えた。