大序 寺田医師の証言 第二話
都会の近郊、いわゆるベッドタウンに立地する総合病院。そこの睡眠障害外来の勤務医、わたし、寺井玄のもとに、浅野長矩が患者として通いはじめ二か月近くになる。
「それで光りのなかに何が見えましたか。」
ぼくの問いに浅野は、診療室の床を見下ろしながら言った。さもそこに光りの柱がそびえ立ち、その底を覗き込むかのようにしながら、
「おんなが…美しい人がこちらを見上げて、何か話しかけているんです。」
「どんなことを話しています?」
「それが、声は聞こえるけど、何のことか…最初は助けを求めているだと感じました。でも同じ夢を繰り返し見るうち、わかってきたんです。あの人はぼくたちに何かを伝えようとしているんだと…」
「何かを、」
ぼくの頭のなかに一つの単語がグルグルと渦を巻いていたが、何とか押しとどめた。
「寺田先生、やはりストレスとかが原因ですかね。」
「それもあるかもしれませんが…浅野さん、ゆっくり向き合っていきましょう。」
浅野長矩は国立大学卒業後、同大学研究室勤務を経て、自動車メーカーの次世代エネルギー部門エンジニアとして働いた。三十代後半に差しかかり、祖父が創業した中堅規模の石油精製会社、浅野興産に呼び戻され、三代目社長に就任したのは二年前のことだった。浅野興産は従業員規模1000人以上、国内に精製施設を数か所もち、大手企業や海外との競争にさらされながら、地方経済との強いコネクションにより一定のシェアを保ってきたものの、脱炭素化の世界的な潮流を目前に企業として生き残りをかけ、三代目社長、長矩の経歴を視野に入れ、再生可能エネルギー開発に軸足移行を試みていた。
しかしながら経営方針の転換はスムースであるとは言えない。社内には二世代、三世代といった役員が活躍する、良い意味でも悪い意味でも家族的、伝統的な気風が残り、特に地方政治との癒着ともいえる関係は、長矩の清廉過ぎる資質にとって、煩わしいことこの上ない。
浅野はここ数日の出来事を語り始めた。