中津浦優斗から見た輝奈子2
いつもと変わらない日常が帰ってきた。ただ、アニキからTXTが暫く来ない。いつもなら凄く沢山送ってくるのに。輝奈子さんは今、何をしているのだろう。アニキから輝奈子さんに変わるための手続きをたくさんしているのだろう。
なんで、輝奈子さんのことばかり頭に流れてくるのだろう。湧かないと思っていた性欲もなぜか戻ってきている。自分が男であることをドンドン意識してしまっている。輝奈子さんがめちゃくちゃかわいかった。
よく見ていたHachimitsuSakuhinの恋愛の展開をみて、そんなにきれいなものがあればいいなと思っていたが、今、しているこれは恋だと気づいてしまった。バイトに行き、寝る。
いつもと変わらない生活のはずなのに。輝奈子さんから送られてくる「お疲れ」というTXTが俺の活力になっている。アニキに対して恋をしているようで、罪悪感もある。それでも、やっぱり輝奈子さんを好きであるのは嘘じゃない気がする。彼女に振られたら死ねるかもしれない。彼女が好きなのは俺じゃないかもしれない。そのことを思うと胸が痛くてどうしたらいいかわからなくて、悩んだ末に共通の友人東畑にTXTを送る。「恋かもしれない。でも、好きな人の好きな人がわからなくて怖い」と。
彼から聞いてきたのは「好きな人は誰?」ということだった。言っていいよね。彼女にバレなければいいが。答えはわかりきっている。「輝奈子さん」である。保険として「輝奈子さんにはバラすなよ」と言っておく。
東畑は「どうしようかな」と悩んだように送ってくる。まあ、アイツはそんなこと言いながら実行するような人ではない。それに安心しながら、答えを待つ。アイツは聞いてみると言っていた。
答えが返ってきた。「ひ・み・つ」らしい。これはどういうことだろう。教えてもらえなかったということなのか、教えてもらえたけど言えないのかどちらだろう。気になって、教えてもらえたのかだけ聞くことにした。
東畑に送ったのは「教えてもらえたのか?」だけ。彼から帰ってきたのは、「おう」だった。つまり、教えられないらしい。アニキも俺が好きな可能性が出てきた。しかし、教えてもらえたのが「秘密」ということもあり得る。わからないから、いつも通り俺も輝奈子さんをアニキとして扱うことにした。
輝奈子さんからTXTが来た。「月曜日泊りに行っていい?」と。きっとアニキだからだな。アニキめ。やっぱり俺の心弄んでくるなぁ。理性が持ちますように。
即答で「いいよ。部屋きれいじゃなくていいなら」と送る。向こうも「もちろんいいよ。お酒も飲もうか」と送ってくる。俺はそこまで酒に強くない。アニキはめちゃくちゃ飲んだこともあるらしい。
なんか、二日間バイトをしたり、調べものをしたり、いろいろしていた気がするけど何があったか覚えていない。ごり押しされて大学に行くがめんどい。
「おはよう。今日はよろしくね」
「お、おう。思い人さんには説明したのか?」
まだ、俺は輝奈子さんの好きな人を知らない。俺の中では、アニキの体が女になったところで、アニキであるところに変わりはない。だって、意識したら俺は距離を取らないといけないと思って、距離を取ろうするから。
「わ、私。彼氏いないよ?」
なんか彼女がどもっている。ちなみに俺にも彼女はいない。だって、親友だもの。親友も安いかもしれない。運命共同友達?略して運共友?なんか運搬しそう。
「でも、好きな人いるんじゃないの?」
俺は思ってしまった。俺じゃないなら泊りに来るのやめろよ。理性保てる気がしないから。
「いるにはいるんだけど、本人には気づいてもらえていなくて。どうすれば気づいてくれるんだろうね」
輝奈子さんの切なそうな表情に「こんな思いさせている奴許せねぇ」と思った。だから聞いた。「誘ってみたりはしたのか?例えば食事とか」と。
彼女は少し悲しそうな顔で「いきなり2人でいこうっていう女の子って重くないかな?」と言った。異性の家に泊りに来ようとしている彼女が言うことではないことは思う。でも、彼女の表情が明るくなることを願う。だから、「重くはないんじゃないか?ただ、すぐばれるかもしれないぞ。駆け引きしたいなら何人かと行くのがいいと思うぞ」と言った。「そうだよね」とシュンとする輝奈子さん、かわいい。やっぱりいいな。やはり、彼女しかいない。
「なるほど。それもいいね。でも、その人がほかの人といるのあんまり見ないんだよね」
そんな奴いただろうか。俺以外にそんな奴知らねぇ。アニキかな?
「ほんとにそいつでいいのか?もっといい奴いると思うぞ」
俺は、心からそう思った。しかし、胸がチクチクするのは何だろう。わかっている、恋だ。彼女といられるならなんだって投げ出せる気がする。だって無二の親友が困っているのだから。やっぱり心にさえ言い訳をしてしまう。アニキだから、と。
「確かにいい人はいると思う。でも、あなたみたいに私を理解して受け止めてくれる人はあまりいないから」
俺は「なんか、告白みたいだな」と思いながら、「勘違いするな、俺」と自制する。アニキはよくこんなことを言う。
「そうか」
俺は、イヤフォンを付けて音楽を聴き始める。いつものことだ。話したい気持ちもあるが落ち着くために音楽を聴く。どうして、こんなに意識しているのだろう。
そんなことを思いながら、授業を受ける。俺はいつも遠隔で受けるんだけど、今日はごり押されて、来た。なんか、憧れの学校待ち合わせで少し萌える。
授業が終わった。と同時に俺は荷物を詰め始める。輝奈子さんに対して「遅いよ。早く来いよ。おいていくぞ」と思っていた、そんな時アニキと仲の良かった咲さんが輝奈子さんに話しかけていた。
「もしかして、中津浦君の事好きなの?」
その答えを聞きたいなと凄く感じてしまった。「ちょっと待ってね」その言葉と共に輝奈子さんが俺に視線を移し、「ちょっと咲さんと話すことあるから適当に外で暇つぶしてて。ごめんね」と言った。
俺は後ろ髪をひかれる思いで教室を出る。できることがなくてイヤフォンで音楽を聴く。最近ずっと聞いていたHachimitsuSakuhinのラブソングが胸に刺さったので、Vtuberの歌を聴くことにした。「かじかむような季節なのに、君は少し嬉しそう」という歌詞を輝奈子さんと実現できたらなんて妄想にふけっていると、5分ぐらいで輝奈子さんが来た。
「ごめんね。優斗おまたせ。今日どうしようか?」
別に俺は怒る理由もないので音楽を聴いていたイヤフォンを片耳外し「え?とりあえずうちに荷物を置いてから考えよう」という。
「そうだね」
輝奈子さんの顔が少し嬉しそうだった。帰りなれた路を帰る。色褪せていく木枯らしとは対照的に俺の世界は色付いていく。多くの女の子は男の家に止まるなんて危ないと言われるだろう。実際そうであろう。でもアニキは俺のことをよく知っている。きっと、ソンナこと考えずに友達として遊びに来るのだろう。
そうして5分ぐらい歩いたら俺の家に着いた。
輝奈子さんはスマホと財布、家の鍵、エコバックを黒いショルダーバックに詰める。見てからマズいと思った。というのも胸の真ん中に紐が食い込んでいるのである。いわゆるパイスラッシュと呼ばれるものであろう。
「優斗に見せるのはいいんだけど、パイスラッシュって危ないかな?」
俺にはいいの?他はダメなのに?特別扱いされているようでうれしくて、「いいんじゃないか?何かあったらすぐ逃げろ」となんか「俺が守る」みたいな発言になってしまった。
「カラオケ行こうよ」という彼女の提案に「いいよ」と答える。もちろん歩きで向かう。徒歩30分くらい。でも彼女と歩いているとそんなのすぐ近くに感じられる。だって、彼女はかわいいから。はしゃいで、ぴょんぴょんしているように見える彼女がかわいかった。
「雨降って水ヴァッサーってなったらどうしよう。晴れているから心配いらない。私は元気。It’s fine. I’m fine.なんちゃって」
最速親父ギャグを連発しながら歩く。前言撤回、微妙かも。こんな女の子じゃ好きになってもらえないかもしれない。俺以外には。
「どういうこと?」
俺は困惑した。彼女のギャグって頭使うんだよね。どうやら口に出ていたらしい。彼女が説明してくれた。
「ねぇ、何歌うか決めてる?」
沈黙に耐えきれなかったのか輝奈子さんが言った。その言葉を聞いた俺は音楽を聴いているイヤフォンを外した。俺は「そ、そうだな。サカサカズの水平線でも歌おうかな」と言った。
アニキはよく俺に水平線をリクエストしてきた。なんか輝奈子さんの表情がニマニマしている。気になった俺は聞いて見る。「どうした?ニマニマして」と。
「あなたの水平線聞けるのが楽しみだから。それと一緒にデュエットするのが楽しみだから」
「お、おう。ありがとう。アニキは何歌うんだ?」
「そうね。私はフレイバー&おわりのいい加減にして、あなたかな」
「アニキがよく歌っていた曲だな」
「そうだよ」
そうして2人で話しながら歩いていると、あっという間にカラオケに着いた。アニキとの思い出が頭の中をリフレインしていた。
いつも通り学生証を示す。そして、アプリの画面とクーポンを示す。今日も輝奈子さんが名前を書く。俺はその字を見て「アニキの字と似ているな」と言った。アニキの字はお世辞にもきれいとは言えない。輝奈子さんが少し膨れて「それってほめているの?」と言った。
慌てて言い訳を探して言った。「かわいい字だなと思って」と。
「そ、そうかな。ありがとう」
にっこりと凄くかわいい笑顔を咲かせてくる。少しドキッとして恋に落ちそうだった。俺の照れた表情が新鮮だったのか彼女から笑顔がこぼれる。いつもなら炭酸を飲むところだけど珍しく輝奈子さんは今日、ウーロン茶を飲んでいる。さっそく輝奈子さんが曲を入れる。女の子らしい可愛い声だなあと思う。
「アニキ、また声高くなったね」
俺はそういってみる。変わってしまった事なんて知っている。ただ意識しないようにそう茶化す。それを茶化しと受け取ったのかは知らないが輝奈子さんが「忘れているかもしれないけど、性別変わっているのよ」と言ってきた。その笑顔が眩しくて、太陽を直視したような気持ちになった。
意識してしまった。でもこの距離も守りたいという気持ちもある。だから俺は聞く「アニキはどっちで扱ってほしいんだ?」と。悩んだ様子の輝奈子さんが言う。「どうなのかな。女の子として扱ってほしいけど、今の距離もいいなって」と。
「めんどくさいやつだな」
あきれたような、諦めたような表情で俺が言った。だって茶化さないとやってられないよ、べた甘ラブストーリーなんて。輝奈子さんが「ごめんね。私、欲張りなの。何も諦めないから覚悟してよね」と腕に力を込めて言っているのを見て可愛いと思った。彼女の腕は俺のと違って、ぷにぷにしてそうだなと感じた。
俺は「罰ゲームだぞ、この野郎」みたいな顔で「そうか。今日ホラーでも見る?」と言った。だって悔しいじゃないか。負けたままなんて。すると輝奈子さんは、仕返しのつもりなのかとびっきりのブリっ子スマイルで「いいよ。寝れなくなったら責任取ってよね」と返してくる。
俺は心のこぶしをよっしゃーっと天に突き上げる。どこか残念美少女な感じがしてしまうアニキらしい告白だ。告白じゃないかもしれない。判断できないからまだ告白はしない。アニキとして接した方が距離近いから。距離、詰めたいな。
「次デュエットしようよ。下の音でないかもしれないし」そう言ってフレイバー&おわりの「いい加減にして、あなた」を入れる彼女はとてもかわいい。守りたい、この笑顔。
輝奈子さんは現状をどう思っているのだろう。俺はアニキの声が変わったことで輝奈子さんを急に一人の女の子として意識している。同一人物だけど。歌詞が刺さって涙が溢れそうになっている彼女がいじらしくてかわいかった。途中で変な声になった気がする。
「声震えてるけどどうした?」
茶化したくなって俺が聞く。
「歌詞が刺さっちゃって。涙が溢れそうになったの」
そういう輝奈子さんに「そうか」と返しながら、俺は「絶対違うだろ。なんか親父ギャグでも浮かんだんだろ?」という顔をしている。きっと浮かんだんだろうな。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、夜の7時になった。ちょうど夜ご飯の時間だなと思った時、俺は「夜どうする?」と口を開いた。別にソンナ意味ではなく晩御飯の話である。
輝奈子さんは考えるそぶりをした後、「そうだなぁ。どうする?スーパーで買う?」と言った。アニキはリードすることがとても苦手である。だから俺が決めることが多い気がする。
「そうするか」
俺の一声でスーパーに向かうことになった。お菓子も買うだろうし、ちょうどよかった。俺はうちに飯があるので軽く買う。酒も。アルコール度数の低いブドウのサワーとレモンサワーを買う。彼女もサワーを2缶買っていた。梅と柚子である。
彼女はお茶と芋けんぴを買っていた。細長いほうの芋けんぴを。あと、お酒とカツオのたたき。高知大好きかよ。しかもお酒は3%のゆずのサワー。彼女が飲むと「さわー」になりそうだ。それくらい彼女はふわふわしている。
買い物を終え、店の外に出る。
「今日も寒いね」と輝奈子さんが話しかけてきた。「それな」としか返せなかった。会話終わっちゃったよ。いきなり輝奈子さんは俺の手を握り、口を開く。「これで少しあったかいね」と。
俺は「熱いよ、ばかやろう」と言いたくなった。その表情が照れたように見えたのだろうか。輝奈子さんがすこし微笑みながら歩く。何があったか知らないがガッツポーズをしている輝奈子さん。かわいい。
「今日お酒飲めるの楽しみ」
凄くワクワクした顔をしている。なんて言おうかな。俺は世界に入って落ち着くためにイヤフォンをしていた。でも彼女の声を聴きたくて、片耳だけイヤフォンを外していた。
俺は少し悪戯したくなって「そうか。俺もアニキにホラー見せるの楽しみ」と意地悪そうな顔で言う。きっと輝奈子さんには見透かされているのだろうと思いながら。凍えるような寒さで口から白い煙が出る。
もうすぐ着くなぁ。楽しい。昔アニキは言っていた。「ちょっとホラーは怖い。感情移入しちゃったり、入り込みすぎたりしてしまうから」と。
俺の家に着いた。これからホラーを見るのだ。今日見るのは周りの人がゾンビになってしまうというホラーだ。かなり有名な映画でシリーズ化もされている。俺はポップコーンを準備する。その途中、輝奈子さんが「お風呂入ってからがいいな。途中で寝ちゃったときにくさいとか言われたくないし」と言った。そんなこと気にしなくても好きでいられる気がする。でも、きっとお風呂に入らないと気持ち悪いのだろうと思い、俺はポップコーンの火を止めて「それなら、風呂貯めるわ。ちょっと待ちな」と言った。輝奈子さんは、申し訳なくなったのか「シャワーでいいよ」と言った。それでも、俺は「それでは寒かろう」と言って風呂をために行った。俺も湯に入りたかったから。輝奈子さんの後悔したような表情も愛しく思えた。
俺が部屋に戻ると彼女は携帯でゲームをしていた。俺が「30分くらいかかるからなんかアニメでも見るか?」と言った。それを聞いて、輝奈子さんは、最近流行っている薬屋が王宮で活躍するアニメを提案した。アニキの言うように主人公である薬師のネコさんが可愛い。あの冷めた対応も可愛いと思う。
「アニキってこういうアニメ好きだよな」と俺が話しかける。輝奈子さんは「そうだね。大好き」と答えてくる。頭の中で「俺の事好きなの?」と問いかけ、「そうだね。大好き」と答える彼女を妄想してしまった。
お風呂どうしようか。どっちから入るか聞いた方がいいかもしれない。少し間をおいて輝奈子さんから「お風呂どっちから入る?」と聞いてきた。俺はレディーファーストの精神で「先、入りな」と言った。
輝奈子さんは「ならそうさせてもらうわ」という。俺は指さしながら「これがシャンプーで、こっちがボディーソープ」と説明する。脱衣所はわかったようだ。ちょうどアニメが終わったので、下着とタオルを持って、風呂に入ろうとしている輝奈子さん。「パジャマ忘れているぞバカ野郎」と思った。
急に風呂場から叫び声が聞こえた。
「きゃー」
「どうした?」
何かあったのかと思ってすぐに飛んでいった。そこには下着を握って涙目の輝奈子さんがいた。
「血がついてた。きっとそういうことだと思う」
「よくわからんけど、女性用のなんかあるんだろ?風呂入る前に取ってきたら?」
「そうする」
輝奈子さんは、なんかそんな感じのもの用のいろいろを詰めて脱衣所におく。そして、爆速で言い訳をしてきた。
「わかってたつもりだったよ。でも今日来ると思わなくてびっくりしただけだから」
「そうか」
「短いよ、返答」
「こんなもんだろ?俺にはわからんから何も言えん。困ったら言えよ。何もできんかもしれんけど」
「ありがと」
しばらくして、俺は声を掛ける。結構長風呂している気がする。女の子ってこんなものなのかな?
「そろそろか?」
「もうちょっと待って。すぐ服着るから」
まだ気づかないのかな?パジャマ忘れてるんだけど。「下着で出ることになるぞ」と思った。やっと気づいたのか、「ごめん。パジャマそっちにある。取って」と輝奈子さんが声を掛けてくる。知ってるよ。下着とタオルしか持って行ってなかったし。
「ごめん、どこ?」と俺が言う。たぶんこのリュックの中だとは思う。でも、女の子のカバンの中をいじる勇気が出なくてもたついてしまった。その様子に焦れたのだろうか。輝奈子さんは下着のまま風呂を出てパジャマを探す。アニキは、かなり雑なところがある。俺は初めて見る下着姿の女性に照れていた。選んでいる下着のセンスもいいなと思った。輝奈子さんも少し恥ずかしがっている。その表情も可愛くて色んな彼女を見てみたいと思った。
きっとわざとではなかったのだろう。ホラーが苦手すぎて、それを見るということだけで頭がいっぱいだったのかな。決してアニキがばかなわけではないと思う。ポンではある気がするが。
「えっと、パジャマあったか?ないなら、とりあえず俺の服でも着るか?」という俺の言葉を聞きながらカバンを探す輝奈子さん。早く服着ろよ。エアコンついてるけど寒いだろうよ。輝奈子さんは「あるとは思うんだよね」と俺に言ってきた。本当に持ってきているのだろうか。
心配になって「冷えるだろ。とりあえずこれ着ろよ」そう言って俺は輝奈子さんにスウェットの上下を渡す。男性用だから少しばかりぶかぶかだった。その様子があまりにもかわいらしかった。
冗談めかせて俺は「ぶかぶかだな。輪ゴムでも入れる?」と言った。幸い、パジャマに紐がついていたのでズボンの紐をキュっと締める輝奈子さん。なんか、彼シャツしてるみたいでかわいい。サイズが合ってないから腕のところがだぼだぼだし、下半身も足の裏まですっぽりしてる 。なんかペンギンを思い出した。
それから、5分やっとパジャマを見つけられたみたいだ。ピンク色のふわふわしたフリースの上下。昔のアニキなら絶対に着ない色である。せっかく見つけられたからそれに着替えようとする。あまりにも可愛すぎてみてられないと思った俺は「トイレで着替えてきたら?」と提案する。
「でも、優斗の服を汚したくないし」と輝奈子さんが言っていたので、「扉あるだろ。そっち側なら見えないから」と言った。さっきばっちり見えていたんだけどね。可愛い、サイズのあったパジャマに着替えた輝奈子さんも可愛い。でも、欲を言うならまたあの服を着てほしい。
輝奈子さんは俺にパジャマ姿を見せてくる。まるで「かわいいでしょ?」と訴えかけるような目で。
だから、俺は期待通りの答えを返そうとする。「さっきのも可愛かったけど、そっちも似合ってる」と言う。「さっきの」とは下着姿と上下オーバーサイズのスウェットの姿両方である。下着を「可愛い」と言ったら「変態」と言われるかもしれない。でも、両方だから許してほしい。
そんなことを考えていると「ドライヤー借りていい?」と聞く輝奈子さん。写真撮りたい。彼女の髪は割と乾いていたけど乾ききってはいなかったから。艶やかな濡れた髪がほっぺにくっついているのが可愛かった。「いいよ。洗面台にある」と言う。かわいらしい。
「ありがとう。ごめん。あの服濡れているかも」と輝奈子さんが言う。それに対して「そんなこと気にしなくていいのに」とは照れくさくて言えなくて、「洗濯かごにぶち込んどいて」と言った。
いつもしていたのと同じようにポップコーンを準備して風呂に入る。せっかくだから湯船に浸かって「ここに輝奈子さんが入っていたのか」と浸って10分で出た。早く彼女の顔を見たかったから。また、携帯を見ているよ。一人になるとすぐ暇を持て余すんだなと思った。
彼女を少しだけ怖がらせたくて少し部屋も暗くした。
最初に、未知のウイルスによって人がゾンビになるといったニュースから始まった。その未知のウイルスというのがアニキと俺たちの頃に蔓延したウイルスの話と重なる。
かっこいいダンディーな俳優が言った。「It is nothing to do with us. Don’t worry(俺らには関係ないさ。心配するな」と。そんなわけないだろと輝奈子さんはツッコミを入れる。
俺は「それな。特に俺らの時、遠隔授業になったもんな。そのウイルスのせいで」と同調する。俺達の世代からすると、「いつこうなってもおかしくない」という危機感がより恐怖を煽る。
30分ぐらい経つと、いきなり主人公の夫たちのすぐそばにまで危機が迫っていた。銃が有るからまだましではあるもののどんどん追い詰められていく。こんな速度でゾンビになってしまうんだと思うとどんどん怖くなる。知らないうちに輝奈子さんが俺の服の袖を握りしめていた。
俺は、少し心配になって「アニキどうした?袖掴んで。見るのやめとく?」と言った。輝奈子さんは「大丈夫」とは言っているものの声が震えている。明らかにダメそうなんだけど。
「明らかに声震えているけど」と輝奈子さんに声を掛けた後、映像を止める口実と額面道理の意味で「ごめん。トイレ行ってくるわ」と声を掛けてトイレに向かう。
俺の家の構造上トイレにいると音が凄く聞こえてしまう。それは恥ずかしいが仕方ない。少しでも輝奈子さんの怖さを和らげるように映像も止めている。
部屋に戻り、さっそく映像を流す。そしてまた、映画の世界に入り込む。輝奈子さんは入り込みすぎているのか、全然お酒が進んでいない。心配になって「飲まないの?」と聞く。
「しょうがないなぁ。飲むよ。でも、トイレいけなくなったらついて来てくれるよね?」
明らかに輝奈子さんの声が震えている。卑怯だな。俺も「なんでだよ。さすがにそれは」と
引いている。だって音が聞こえてしまうから。
輝奈子さんは、一口だけ梅のサワーを飲む。美味しそうに飲むなぁ。輝奈子さんがそわそわしているように見えた。覚悟だけは決めようと思っていた。そんなことを考えている間にクライマックスが来た。輝奈子さんはマックスで泣きそうになっていた。一瞬笑っているように見えたけど。きっとギャグでも思いついたのだろう。アニキはしょうもないギャグを思いつくとすぐ表情に出る。
主人公の夫がゾンビになり、意識を失う寸前のシーンになった。大写しになる主人公の夫。主人公の夫は言った。「後で必ず追いつく。息子を頼んだ。家族そろって生き残ろう」と。
主人公のメアリーは「でも」と口を開く。それを遮り主人公の夫デイヴィスは言った。「これを俺だと思って持っていけ」と。デイヴィスが手渡したのは有名なメーカーの腕時計。彼は、妻にもらったネックレスをしている。
彼の顔色がだんだんと悪くなる。「噛まれると感染してしまうとわかっているだろう。息子を連れて逃げてくれ」デイヴィスはそう言って反対側に走っていく。その背中は悲しさを物語っている。デイヴィスに少しだけ感情移入した。もし、俺が噛まれても輝奈子さんを逃がそうと。
「ママ、パパはなんで走っていったの?」
これまで口を開かなかったデイヴィスの幼い息子が涙をボロボロと流しながら言った。泣きそうになっている輝奈子さんが可愛い。少しだけのいたずら心で「アニキって泣けたんだな」と言った。輝奈子さんが「余計な事言うな、バカ野郎」と涙で震えた声でいう。
単純にホラーの怖さで泣くのもありそうだが、息子が感じているであろう母親のぬくもりや母と息子の底知ぬ覚悟が見て取れてさらに泣きそうになったのだろうか。アニキは元々感受性が豊かだから。
ほぼ俺に抱き着くように映画みている輝奈子さんをみて可愛く思った。ふと輝奈子さんが俺の方を向き、目が合った。「ごめん。抱き着いてたんだね」と彼女が言う。気付くだろうよ。そう思って俺は「今更かよ。30分ぐらい抱き着いてたよ」という。
怖がっている輝奈子さんを見て胸ぐらい貸してやるという気持ちになった。彼女を守りたい思いがどんどん強くなる。この気持ちは間違いなく恋だと思った。
映画に向き直ると、主人公のメアリーはどんどんと遠くへと走っているはずだった。しかし、一向に先は見えない。赤黒く垂れこめた空が広がっている。きっと彼女は今、「外に出たらこの世界もこうなっているのではないか」と思ってしまうのだろう。
ついに最終局面かもしれない。あるゾンビがメアリーと子供に近づいて来る。そこには見慣れたネックレスをしたゾンビの姿があった。
「あなた、来てくれたのね」
主人公であるメアリーが言葉をかける。しかし、そのゾンビは意に介した様子もない。もう記憶を失ってしまっているのだとメアリーは悟った。
覚悟を決めたようにメアリーは小銃の照準を夫の額に向ける。たくさんの思い出がメアリーの中を駆け巡り、照準が定まらない。一緒に食べたご飯。結婚しようとプロポーズされたあのフレンチの店、幼いころ一緒に駆け回ったあの原っぱ。全てがよみがえってくる。
しかし、覚悟を決めなければならない。私たちが生きていくのは「過去」ではない。「未来」なのだ。息子の為を思い、走りながら一瞬で照準を合わせる。
「さようなら、あなた。最高に楽しい思い出をありがとう。また、あの晴れ渡る大空の下で会いましょう」
一発の銃弾が主人公の夫デイヴィスの頭を貫く。その散り際の表情は少しだけ微笑んだように見えた。映画の中で時は流れ、20年後の世界でデイヴィスの息子は父親が死んだのと同じ年になっていた。
「ほら行くぞ、バカ親父。お前の嫁さん今日も笑ってるよ」
そういって、息子は父親がつけていたのとまったく同じ腕時計を付けて晴れた大空の下を駆け抜けていく。
その画面を見てまた輝奈子さんはもらい泣きする。「大きくなったなぁ。父ちゃん嬉しいぞ」輝奈子さんの言葉に俺は驚いて「えっ?アニキ父親側で見てたの?」と言った。
「なんか、重なっちゃって。もし優斗がゾンビになっても同じようにしてくれそうだなって」
なんか恥ずかしいこと言っている輝奈子さん。そんな彼女を愛しく思いつつ「どうだろうな。わからんけど」と返す。
「そっか」
涙声で輝奈子さんが言った。
なんか立とうと頑張っている輝奈子さんが「トイレ行きたいんだけど、立てない」と言った。腰が抜けたのだろう。可愛いなぁ。「ほら、つかまりな」と俺は手を出す。でも「掴まれない。どこにも力が入らない」と輝奈子さんは言う。少しだけ「どれほど感情移入してんだよ」とあきれながら「仕方ねぇな。ほれ、おんぶ」と輝奈子さんを背負ってトイレまで連れて行く。漏らされなくてよかった。それだけを感じていた。
数分後、輝奈子さんが出てきた。歩き方がぎこちなかったけど。
「ふわああぁ。眠たいけど怖くて寝れない。手、繋いでてよ」
輝奈子さんがめちゃくちゃ厚かましいこと言っている気がする。でも、俺も一緒にいたいし、寝れないなら仕方ないよね。可愛い女の子に上目遣いで「怖くて眠れない」と言われて断れる奴がいるだろうか。いねぇよな。
「しょうがねぇな、ほれ」
俺の手が輝奈子さんの手を握りしめている。かわいらしい細い指に小さな手のひら。儚く弱い握力を感じる。彼女は俺にもたれかかって寝た。なに、このかわいらしい生き物。これじゃお腹冷えるだろうからと彼女を静かにおろし、毛布を取ってくる。余ったお酒は冷蔵庫に入れておく。
いや、飲む間がないかもしれない。起きなかったら、明日の夜飲むか。間接キッスになるけど。彼女の小さな口でちょこちょこ飲んでいる光景を思い出してたまらなくなって彼女を膝枕した。やっぱりかわいい。