お泊り2日目
「おはよう」
優斗が声を掛けてきた。彼の声で目覚められるなんてすごく幸せだ。どうしよう。昨日朝ごはん買ってない。一緒に出掛けるのもいいな。
「おはよう」
私も挨拶を返す。こんな日々が続けばいいのになぁ。そんなことないよね。いつかは別れが来るんだもの。わかっている。それでもこの幸せをかみしめていたい。
「昨日途中から記憶ない」
私が言うと彼から衝撃的なことを言われた。曰く、「最初は手を繋いでただけだったけど膝枕みたいな体勢になっていた」と。
「え?マジ?」
どうしよう。マジの素で言ってしまった。でもそれはそうなるよね。恥ずかしすぎて顔から火炎放射が打てそうだ。大文字ほどではない。
「まじ」
やはりマジらしい。せっかく膝枕されるなら目覚めていたかった。なんで寝てしまったんだよ、私のバカ。
「それはそうと、朝ごはんどうしようか?」
昨日買ってなかったからどうするつもりか気になって聞いた。
優斗は考えた様子をしながら「カフェでも行くか」と言った。私はわくわくして「もちろん。どこ行く?」と聞いた。彼の知っているお店は私が行ったことのない店が多いのだ。
「なら、ここ行こうか。この前、食べてうまかった記憶ある」
そういって富田駅近くのカフェのモーニングを食べに行く。やっぱり、片耳だけイヤフォンをしている優斗。
「ねぇ、この後どうしようか?」
そういってみる。少しだけ頭が痛いような気がする。どうしよう。せっかく楽しいのに。
「温泉行くか?それとも、家?」
温泉は凄くいきたい。でも、これは入れない日だと思う。血が出るから。知っている。母上と妹がいるから。残念だなぁ。でも、温泉行ってもそもそも優斗と同じ湯には入れない。
だいぶ黙っていたのだろうか?優斗が「調子悪い?」と聞いてきた。これは素直に言うしかなさそうだ。
「家にしようか。ちょっと頭痛い」
私がそう言うと優斗は焦ったように「モーニングは行けそうか?」と聞いてきた。きっとこれはモーニングにめちゃくちゃ行きたいからというよりも心配でただただ体調を聞いているだけだろう。
「うん。楽しみだから行こう」
本当に楽しみなのに少し声色が暗くなった。それが彼に誤解されたのか「無理しなくていいからな」と言われた。「大丈夫だよ」ととびきりの笑顔を作る。
モーニングの店に着いた。スマホで時間を見ると10時。モーニングメニューのたまごサンドとコーヒーを頼んだ。最近ブラックコーヒーのおいしさを知った。結構香りがいい。のどに抜ける苦みも大人になった気持ちを加速する。
たまごサンドを食べてみる。マヨネーズの味とパンの香りが凄く美味しい。ハムっという音がしそうなほど小さな口で食べている。きっと可愛いと思ってくれているだろうな。少しばかり頭が痛い。
コーヒーを飲む。段々と眠たくなってきた。私は元々カフェイン負けしやすい。眠そうにしている私を心配してなのか優斗が「大丈夫?家までもつ?」と聞いてきた。なんとか「大丈夫」と答える。
何とか優斗の家に着いた。帰り道で何話したか覚えていない。あ、授業でなきゃ。そう思い、携帯を出す。そして遠隔で授業を聞く。段々と眠たくなってきた。どうしよう。これ、夜動けないかもしれない。何とか、薬を取り出す。でも眠たい。
「頭痛いけど、凄く眠たい」と私が言うと優斗は「わかった」と言ってすぐ布団を敷いてくれた。すぐ眠ってしまった。
夢の中で私は、ふわふわとどこかに浮かんでいた。ふと、優斗が「これ、たべるか?」と熱いたこ焼きを差し出してくる。私が「食べたいけど、熱そう」というと優斗がふうふうしてくれた。なんかカップルみたいで嬉しいな。こんな日がくればいいな。
そのあと、なぜか魔女が出てきて魔物に「洗濯機トルネード」と叫んでいた。脈絡がなさすぎる。確かに必殺技でよく使ったけど。まだ、サイトに上げていない作品にもたびたび登場する。自分の書いた小説の登場人物もたくさん登場する。僧侶無双のスミレ=ヴァイオレットが六尺棒を振り回しながら魔物をなぎ倒し、呪いの装備をコンプする聖女がドラゴンに対して「夜ご飯」とさけんで倒し、最近出た必殺技の三位一体スプリングトルネードを打っている3人の映像も出てきた。
自分で書いた話なのに脈絡がなさすぎる。私、やっぱり異世界物好きなんだなぁと夢の中で
実感させられた。そして、カレーうどんが頭の中に流れてくる。お腹いっぱいだからサラダが食べたいと思ったところで目が覚めた。結局私が夢を見ている間にどれほど時間が経ったのだろうか?私は目覚めると優斗に聞いた「よく寝た。今何時?」と。すると優斗が答えてくれた。「8時。アニキが寝たのは11時」と。
私は驚きすぎて「うそでしょ?」と叫んだ。そんな私を見て「まじだよ」とあきれた様子で答える優斗。それってずっと私のそばにいたのかな?
少し期待して優斗に「ずっとそばにいてくれたの?」と聞いた。彼は愛しいものを見るように「おう。寝顔かわいかった」といった。よだれとか垂れてなきゃいいけど。あれ?私帰ってきてすぐ寝たの?聞きたい。聞こう。
私は「私帰ってきてすぐ寝たの?」と聞いた。優斗はゲームしながら「おう」と言った。私に興味ないのかな?嫌われているのかな?不安が募ってくる。
「ほんとに?」
「おう。コテっと寝てたよ」
そんな、すぐに寝てたんだ。でも返事が冷たい気がする。普段ならこんなこと心配にならないのに。
「私の事嫌いなの?もっとかまってよ」
ダルがらみしてしまったかもしれない。訴えかけるような顔で「かまってよ」なんて重たい女かもしれない。でも、不安だから。お願い。
その時、体をぬくもりが満たす。抱きしめられたのだと気づいた。「嫌いなわけない。嫌いになんてならないよ。アニキ」と優斗が言う。私の涙で優斗の服がだいぶ濡れていた。
優斗は私をさらに強く抱きしめて「大好きだ、アニキ」と告白してきた。嬉しい。心の中に熱が満ちていく。それでも、まだ少し不安で「中身が男だったのにいいん?」と聞く。
優斗は、思いのたけを私に伝えてくれた。曰く、「アニキが女に変わって、輝奈子さんに出会って、その輝奈子さんに一目ぼれした。もともとは親友であるアニキだからと遠慮して、嫌われないように好きな気持ちを隠してた。でも、大好きな人の中に大好きな人がいるんだ。迷う理由にはならねぇよ」と。
優斗は悪ガキみたいな顔して「で、輝奈子さんはどうなんだ?」と聞いてくる。私は涙で声が上ずりながら「ずっと大好きでした。ずっと大好きです。これからもずっと」という。伝わったかどうかなんてわからない。でも、届けたかった。だって大好きだから。
そうして、お互いに抱きしめ合った。お互いの体温が伝わっている気がする。今日は色々危ないからと思い、思いとどまる。彼も理解しているようだ。
どうしよう。こんな時間になっている。どうしよう。帰らなきゃってわかっているのに、体が動かない。立ち上がろうとしても涙のせいで力が入らない。母上が心配しているかもしれない。どうしよう。
悩んでいると、彼が声を掛けてきた。「明日は17時からバイトだけど、今日泊まる?」と。私は「母上に確認を取るからちょっと待って」と言った。そして、急いで母上に電話を掛ける。涙で声が上ずるけど。
「かあさん、今日中津浦んちに泊まる」と私が切り出すと、母上は「了解。そもそも泊まるもんだと思ってた」と。絶対そんなわけはない。心配してくれているのは知っているから「ありがとう」と返す。電話を切った。あ、告白成功したこと言えばよかった。
「よかったな。無理して帰らなくていいし、何か食べるか?」と優斗が声を掛けてきた。どうしよう。食欲がわかない。でも、彼の手料理食べたい。
「なんかお野菜食べたい。栄養が足りてない気がする」と私が言うと、優斗は「これ、晩飯用に作っていたから」とサラダを持って来た。サラダの上の白いものは何だろう。色が色だから意識してしまう。ためらっていると彼は言った。「これ、マヨネーズだから。自分で作った」と。一口だけ食べてみる。思わず「自然な味だね」と言ってしまった。
その感想に優斗は「それマズいときに言う奴じゃん」とツッコミを入れてくる。確かに多くの場合そうかもしれない。でも私が伝えたかったのは「自然な味で美味しい」ということだった。だから、「おいしいよ」とほほ笑んで返す。
「そういえば昨日のお酒残ってたなぁ。どうしよう」と私が言うと優斗は「どっちでも」と返してきた。どうしよう。お酒飲んでもいいけど、薬と干渉しそう。まだ、少し頭が痛いから。
「どうしようかな。お酒飲むと薬効かなくなりそう」と私が言うと優斗が「やめとくか?飲めないなら飲んどくけど」と言う。どうしよう。私、昨日口付けて飲んじゃった。間接キスじゃん。
彼も潔癖傾向あるはずなんだけどな。どうなんだろう。明日きっと友達に誘われる気がする。あと、これ血が出るから、その準備もしておこう。
「飲んどいて。ごめんね。月末だから覚悟はしてたんだけど。思ったより重い」と優斗に言うと優斗は「そうか。無理すんな」と言って、飲んでくれた。間接キッスを意識してくれてたらいいなと思いながら、私は優斗に微笑んで「ありがとう」と返す。
少し顔が熱い。風邪でもひいちゃったかな。きっと違う。私が意識しちゃっているからだろうな。ああ、優斗は今日もかっこいい。結局私は薬を飲んでおいた。
優斗がいきなり話題を変えてきた。「今更だけど、寝言で言ってた、洗濯機トルネードって何?あと三位一体スプリングトルネードとか」
私は優斗の言葉を聞いて寝言を聞かれてた恥ずかしさと小説家すぎる寝言に「えぁー」っと変な笑い声が出た。ひとしきり笑った後説明する。自分の書いた小説の登場人物が使う必殺技だと。なんでその寝言なのだろう。もっと可愛い夢見てたのに。
「もしかして、ほかに何か言ってた?」
「カレーうどんじゃなくてサラダ食べたい。とか熱いからふうふうしてくれないと嫌なのとか」
恥ずかしすぎて、また「えぁー」という笑い声が出た。
私はサラダを食べ終えると、「お風呂ぉ」と明らかにろれつが回っていない上にふらふらしながらお風呂に向かう。流石に月に一回こんなになるんだったら日常が送れない。きっとバイトを頑張りすぎたかなぁ。過労もあるかもしれない。
優斗は危険を感じてか、私に「ちょっと待ってろ。すぐ準備すっから」と言ってシャワーを出してくれた。入ったときには温まっていた。
優斗は「服は脱げるよな」と私に問いかける。私は力なく、「うん」と答えた。なんか頭がぼーっとする。
こんな体調でもくさいと思われたくないから風呂に入る。クレンジングと洗顔、髪を洗ってリンスをしていた時に急に力が抜けた。私も何が起きたかわからなかった。
シャワーが落ちる音がした。
夢の中で優斗が体を拭いてくれて、奇跡だとほめてくれた気がした。恥ずかしいけど少しうれしいな。夢の中で、かわいらしい子供が私と優斗に手を繋がれて歩いていた。愛情が湧きすぎて「かわいい。反則だよ」と口に出てしまった気がした。