【配信】雑談
儚く散り行く運命の桜。
ただ、咲き誇り、やがては舞い降り、果てる。
この運命に抗うことなどできようか。
特に何もない金曜日になった。熱も下がって体調も回復してきた。でも大学に行って健翔と会うと対処できる気がしなくて不安だから今日は家で過ごすことにした。今日はバイトにも行くつもりだ。ただ籠るだけというのも社会と繋がっていない気がして寂しいから配信を撮ることにした。せっかくだから、配信のウィスパーをする。こんな平日の朝に見れる人なんかいるのだろうか。
ついでに事務所に連絡し、画面キャプチャーをできるように機材の手配を頼む。桶場マネージャーによると、1週間ぐらいかかるらしい。だから、お願いはしておいて今日は久しぶりの雑談配信をしようと思う。あれ?結構最近もしたね。思い返せば、フィットネスリングの配信の前にやったわ。ここ、2,3週間だいぶ忙しい気がする。というよりも濃いかもしれない。
さて、とりあえず、まずは謝罪から入らないといけないわ。昨日余計なこと言ったから。さて、配信開始画面とマシュマロのウィスパーをしておきまして、配信を開始しよう。ミュートの間に少しだけ深呼吸をしておく。
ミュートを解除して元気よく「みんな~。こん夢幻桜。夢幻桜輝奈子です。あなたの人生にも彩を」と挨拶をする。いつも通り同時接続が多い。今日は5万人が見ているらしい。
『こん夢幻桜』
『こん夢幻。ファンアート配信まだですか?』
「申し訳ございません。私の準備不足でまだできません。画面キャプチャーないし、作者さんの許可も得ないといけないので。結構かかるかもしれない」
『ゆっくりでええんやで』
『焦らんで良き良き』
『輝奈子さん見えるだけでも幸せだから、ええんやで』
『輝奈子さんアンチです。可愛すぎるので、もっと配信してください』
『↑ファンやないか』
『珍しく彼氏さんいなくて草』
「コメントのみんなありがとう。昨日は調子悪かったから、さすがに誘えないよ」
『それはそう』
『常識はあるようで安心』
『で、何するの?』
「マシュマロ募集しようかな」
『いいね』
『また、面白いやつ来そうで草』
「さっそく読んでいくね。『ライブ最高でした。あのマイクの距離は演出ですか?』っとの事ですがアレは素です。普段カラオケ行く時もあの距離です。ちなみに、もう1個関連で『あのダンスは演出ですか?』とのことですがこれも素です」
『素であれは草なんよ』
『あの距離で声通るのは強すぎる』
『てか、持ち方おかしくね?』
「あー。確かに。小指がつるんだよね。あの持ち方」
『当たり前で草』
『あの持ち方できるなんて指柔らかいんだね』
『てか、振付師いないの?』
「入れてもいいんだけど、素のパッションとテンションを届けて、コングラチュレーションしたいのよ」
『唐突な英語で草』
『相変わらず最高の発音で草』
何でこんな話題を話しているんだろう。そういえば、健康診断しないといけないことを思い出した。予約いつにしていたっけ。なんか来週くらいだった気がする。それはそれとして、何を話そうか。考えている間が沈黙になってしまった。ああ、消えてしまいたい。こんなに苦しむくらいなら消えてしまえば楽なのに。
『久しぶりに一人だからネタに困ってるんやろな』
『お疲れ様』
『無理せんでええんやで』
優しい言葉に少し涙が零れて、命の息吹の源を作り出す。零れだした涙は大河となって「ねぇ、私って何のために生きてるんだろうね。こんな私に魅力なんてあるの?」というふと思ってしまった疑問を口にさせる。
言葉になって零れ落ちてしまったその雫はコメント欄に波紋を起こす。
『大丈夫なのか?』
『何があったの?』
『悩みがあるなら聞きたい』
[
『声が可愛い』
『見た目も可愛い』
『見てて面白い』
『小説も面白い』
『豚骨ラーメンキス』
「ありがとう。昨日体調崩しててやっぱり本調子じゃないのかも」
『あるよな』
『あるある』
『無理しなくてええんやで』
そんなやり取りをしていたら、TXTで優斗から「大丈夫?辛いなら話聞くぞ。それしかできんけど」と来ていた。急速に会いたくなって「会いたい。大学までは行くから、抱きしめて」と送る。優斗からは「そうか。了解。飯も一緒に食べるだろ?」と返ってきた。なんかそのやり取りに涙が溢れてきてしまった。
『黙ったままじゃね?』
『何があった?』
『なんか、泣いてね?』
コメント欄も涙で滲んで見にくくなってしまった。でも、コメント欄がざわついていて心がキュっとなった。だから「ごめんね。たった1日会えなかっただけなんだけど、優斗の存在が当たり前になりすぎて、寂しくなっちゃって。あと、最近、『闇桜』、何も浮かばないんだよね。スランプ、トランプ、海のシュリンプって感じなんだよね」と話す。だいぶ涙声になってしまった気がする。
『涙声で語感の良い謎発言で草』
『やっぱり輝奈子さんの涙は心を締め付けてくるから、泣かないで欲しい』
『輝奈子アンチです。お前が泣くとマジで不快だから、笑って生きられる環境整えろよ』
『↑出た。アンチの語感でファンの言動』
『最近、輝奈子心配勢湧きすぎじゃね?』
『可愛すぎる輝奈子さんが悪い』
「みんな、ありがとう。ちょっと精神安定させてくるから、今日はここで配信終わるね。おつ夢幻桜。あなたの人生に幸多からんことを祈る」
『大丈夫かな?』
『おつ夢幻』
『ラーメンさん頑張って欲しい』
配信を切り、大学に向かう。健翔は私のトラウマだけど、そこが一番集まりやすいから大学に行くのだ。念のため、月に翻弄された時用のものを持っておき、鉄分を摂れるものも持っておく。多分今日は来ないと思うけど、もしかしたら急に血が出るかもしれないから、マスクの予備も持っておく。鼻血もよく出るから。
今日もとびっきりオシャレにして行こうと準備をするんだけど、あまり体調が思わしくない。だいぶ依存してしまったのかもしれない。そんなに弱い女になったつもりはなかった。でも、大好きで離れたくなくて、なんかここ数日心の調子が良くない。どうしてだろう。本格的に心が女の子になってきたのだろうか。
今日はヘアアイロンもうまくいってないし、髪もうまく結べない。大丈夫かな。こんなのいつか体調いい日を探すみたいなことになってしまいそうなぐらい心が弱っている。理由は明白で愛別離苦と親の無理解と、上手く愛を感じ取れない私の問題だ。
うまく結べなくて、めんどくさくなって、もういいやと放り投げた。自転車に跨り、地を駆ける。どこまでも抜ける忌々しい青空に、私の曇天をぶつけながら。
大学に着いた。私は優斗を見つけると駆け出して、「優斗、会いたかった。抱き締めて」と縋り付く。優斗は「しょうがないな。体調大丈夫なのか?」と心配してくれた。私は「大丈夫。愛の力だよ」と微笑んで力こぶを作る。優斗は「そうか」と急に冷めていた。
ちなみに会っていない時間は多分1日も経ってない。でも、果てのない砂漠に独りぼっちで置いて行かれたような不安を感じていた。なのにこうして互いに抱き締めあうだけで、優斗の体温と自分の体温が溶け合っていく気がして物凄く安心する。まるで、優斗の存在が私にとってのオアシスということを証明しているようだ。
ご飯どうしようなんて考えてるけど、動ける気がしない。ここ最近疲れてるかもしれない。どうしようかな。そんな、黙った私を見かねたのか「飯行くんだろ?どこ行く?」と優斗が聞いてきた。私は「今はゆっくり優斗の腕の中で寝たい。お腹は多少空いてるけど、おにぎりでいいかも」と返す。
「食欲ないのか?無理してない?」と優斗は心配してくれたけど私は「大丈夫。多分お腹空いてないだけ」と返す。コンビニに向かって歩く時も、もちろん手を繋ぐ。やっぱり優斗の手は陽だまりのように暖かい。じんわりと心を満たしていくような温もりだ。いつか優斗の温かい体の中で果てたい。
それは桜の舞い散る闇夜に、月明かりに照らされて、老いないこの体で、ありとあらゆる幸せを手にしてからの話だけど。
「大丈夫?いつもならもっと喋るだろ?」
「何でだろ。今日、話題が全然思い付かないの。実は朝も配信してたんだけど、全然話せなくて、小説も全然思い付かないの。私の身体、何か起きてるのかな?」
漠然とした不安が私の身体を蝕んでいる。蝕む虫歯、なんて思いついたけど、何も面白くはない。ムラムラもするし、優斗にくっついていたい。
ご飯は結局、おかかのおにぎりとジャスミン茶と赤飯握りにした。あ、そういえば、初めてを優斗にあげた時、赤飯食べてなかったなぁ。いや、別にいらんけど。昔ながらの慣習を監修する観衆もいるかなっと思っただけだ。あ、でも、異なる慣習を咎めることって『いかん臭』するよね。いかん臭ってなんやねん。
どうやら心の声が漏れてたようで、「今日もギャグ絶好調だな」と優斗に茶化された。私は「校長じゃないけどね。校長先生絶好調」と返す。これは『一欠片』のオープニングにある、熱に浮かされ舵を取るなのかもしれない。まぁ、オヤジギャグを作るなんて朝飯前だしな。
「It's a piece of cake for me to make "親父ギャグ". 一欠片だけに」なんて頭に浮かんで「ふふ」となっていたところに「どういうこと?」という優斗の冷静なツッコミが入った。
「一欠片って英語にすると有名なアニメでしょ?で、朝飯前は英語で一欠片のケーキつまり a piece of cakeなの。わかったでしょ」
「なるほどな。いや、めっちゃ頭使う親父ギャグだな」
優斗のツッコミに物凄く安心してしまうのはきっとそれだけ優斗のことが好きなのだと思う。もう、好きなんて言葉では表せないし、大好きでも足りない気がする。一番しっくり来る表現は「当たり前」だろうか。もはや、私の手足と同じくらい優斗が大事な存在になっていた。今までは気付いていても、ここまで著しい変化はなかった。なのに、たった1日離れただけなのに、寂しくて、杖を失った老人のような、柱のなくなった家のような、大事な何かが欠けてしまった気分になっていた。
それにしてもどうしてだろう。大人になるって大事なものを失うことを言うのだろうか。親、祖父母、兄弟、恋人。愛しているものが離れて行ってしまう苦しみ。消えてしまうこの世への無常観。まだサクラは咲いていない。
「桜咲くらむ」という頃に私という桜は表舞台から消えるのだろう。仕事をし始めるから。今までだって仕事はしていた。だが、一般の企業に入って仕事はしていなかった。これからは介護のことを物凄くしっかりと勉強して資格を取らなきゃならない。親がそう決めているから。
私は説明したけど、どうせわかっちゃいない。親に理解を求めることが間違っていたんだ。人と違う感性の天才は常に孤独なものなのだろう。孤独こそが天才を育み、歪んだ感性こそが天才の礎なのだろう。天才は普通の人には理解してもらえない。親の理解が得られたらかなり楽なものだろう。ウチは、理解しようとはしているのだろが、わかったつもりになった自分自身が気持ちいから理解しようとしてるだけだろう。
親というのは子供を利用するために育てているのだろう。まるで出荷するために育てられた家畜のようだ。どうしたらわかってもらえるのだろう。私の感性で選んだ言葉は親の感性には届かない。どの国の言葉でも私の感性のすべてを完璧にとらえるにはかなりの数の単語を必要とするだろう。
人の運命も散り行く桜。
生きていたい、でも生きて痛い。それでも、死ぬのも同様に痛い。ならばせめて死す時に何かを残せるように精一杯咲き誇りたい。親の愛を信じられなくなった私でも、だれかを支えられるなら、精一杯その人を支えて生きていきたい。きっと支えたいその人というのは、今となりにいる優斗だろう。
「大丈夫か?だいぶ思いつめたような表情してるけど。体調悪いなら無理すんな」
気付かぬうちに優斗に心配されていた。どうしよう。グラグラする。もう疲れてしまった。これから、バイトがあるから、行かなくちゃ。
「おい、大丈夫か?おーい……」
優斗の声が少し遠くに聞こえた。どうしてこんなに体調崩すのだろう。眠たい。どうしよう。頑張らないと。意識保たないと。
「大丈夫……」
そう言った記憶はあるけど、力が緩んだ。
これは、夢だろうか。優斗に抱き締められて「大好きだ」と言われてほっぺにキスされたのは。なんか、豚骨ラーメン飛んでない?あれ?おかしいな。
醤油ラーメンのはずなのに。明日は明日の塩ラーメンという掛け軸が見えた。なにこれ?スーパーのレジのバイトも「今日は横回転でお願いします」と言われた。おかしいな。いつもは下回転なのに。
今日頭がおかしい。何これ?今日は何をしてるんだ?本当にわからないけど、優斗ってかっこいいなぁ。
横回転でラーメンを回し、スープが漏れないようにするゲームをしていた。ファイアー下回転トルネードハリケーンタイフーン。