作者ネタ
「イッッツァ。ゥ―。おはよう」
寝起きでぽやぽやした声で優斗に声を掛ける。あれ?なんで目の前に足があるの?もしかして、回った?この前90度回ってて懲りたはずなのに回ったのかしら。寝相悪すぎ。あれ?でも優斗の足にしては小さい気がする。どんな角度で寝てたの?これ私の足だよね。
優斗は「おはよう。よく眠れた?それより、なんでこの布団にいるの?あと、その体勢痛くない?」と疑問を感じているようだ。起きてからあまり時間が経っていないのか、優斗の声も少しだけ掠れていた。
「えっと、ベッドで寝るのもよかったんだけどなんか寂しくなっちゃって手を繋いだことまでは覚えてる」
「そうか。で、夜、俺を蹴ったの覚えてる?」
優斗の言葉に全力で記憶を遡る。全く出てこなかった。
「ごめん。覚えてない。というか、あれ?私の頭の前に足があった気がするけど、どういうこと?」と聞くと「それは輝奈子の足だぞ。俺も想像でしかないが、海老反りで左足が目の前に来てたんじゃないか?」という残酷な答えが返ってきた。
私は頭を抱える。どうしよう。変な時間に起きてしまった。優斗のバイトが5時からだからそれまでに解散しなきゃいけないんだけどとても寂しい。今は8時。家族は出かけてて、もうすぐ母上が帰ってくる。朝ごはんあるかしら。
下の階に降りて、朝ごはんを食べる。今日の私の朝ごはんは茶漬けだ。優斗も白ご飯を食べていた。なんか、実家なのにどこか違う場所に思えてしまう。朝ごはんは食べ終わったんだけど、どうしよう。優斗と重なりたい気もする。優斗を感じたくなって優斗の胸に顔を埋める。
「どうした?」と戸惑う優斗に「優斗とくっ付いてたいから」と返しながら優斗の匂いを嗅ぐ。イケメンムーブを身に付けたのか「そうか」と淡白に返してきて、頭を撫でてくれた。髪型が崩れそうと思うのが女の子なのかもしれないが、元が男だった私は寝起きでご飯食べた時には、まだ髪を整えてなかったから、単純にうれしかった。
さて、身だしなみを整えよう。まずは、ヘアアイロンの電源を入れて、洗顔をして、乳液と保湿クリームを塗る。温まったヘアアイロンで髪を整える。今日はすぐにできるポニーテールを織り込んで、髷のようにした。
「俺も髪整えたり、髭剃りはするけど、メイクするってなると大変よな?」と優斗が聞いてくれたのでまくし立てるように「そうなのよ。いつもは優斗と会うの嬉しいから早起きしてめちゃくちゃ何もしていない。髪ぐらいかな。たまに気が向いた時にメイクするぐらいだよ」と返す。
「そうか。どうしてたまに気が向いた時だけなんだ?大変なのはわかるけど」
「これ、諸説あると思うけど。多くの女の子は彼氏に1番可愛い私を見せたいからメイクすると思うの。でも、私は、ありのままの私を知ってる優斗だから、ありのままであるためにできるだけメイクしてない。あと、寝落ちするし、付けたまま寝ると汚れるし。あと、メイクした姿に惚れられちゃうと、メイク取ったときマイナスになることあるじゃん?でも、メイクしてなかったらそこをゼロとしてメイクしたらプラスにできるじゃん。だからしてない」
「なるほど。でも、本質知ってる俺からすると面倒くさいからしないをかっこよく理屈捏ねてるだけに思える」
優斗に図星を突かれて「えっと、そういうのもあるよね。あと、メイクしてないと土俵に立てないから仕方なくメイクしている層もいると思う。見た目って大事だもんね。だから、メイクしてない状態をゼロと捉えられる男性が1番いいんだと思う。メイクしてないからマイナスになるのは理不尽だしね」と返す。
「というより、メイクすること自体が社会規範にある気がする。俺は輝奈子がメイクしてようがしてなかろうが好きだがな」
優斗の言葉に頬を赤く染めてしまった。チークを真っ白にしてやろうかしら。この赤さを覆うなら、咽るぐらいチーク塗らないと隠せないかも。
そういえば会うとき、何もしてなかったなぁ。でも、さっき説明したように、ありのまま、偽らない私を見せるためにメイクアップしてないのだ。メイクアップって動詞ででっち上げるという意味もあるし。両方ともゼロから作るから上方向に作るのかもしれない。ゼロから1にして2にしてと数を上方向に作るから。なんて、適当解釈。
その後姿勢正堂の簡単ファンデで軽くメイクして、ありのままではない私をでっちあげる。いや、英語で同じ単語の組み合わせだけども。メイクはmakeupだし、でっちあげる方はmake upなのでメイクする方は名詞で、でっちあげるのは動詞である。そんなマニアックな親父ギャグはおいておいて、いつもの口紅でリップする。今日はピンク系。というかそもそもよく使うのがピンクだから、そこらへんに出てた奴を使った。相変わらず適当である。
さて、出したものをput awayして、パジャマをput offして、可愛いピンクのロングT-シャツとピンク色のスカート、白のカーディガンをput onする。親父ギャグをするためだけに英語混ぜるな。文脈から推測するような長文読解的な要素があるラブストーリーってなんだろう。
意味は出したものを『片付けて』、パジャマを『脱いで』、服を『着る』である。我ながら今日はオヤジギャグに頭のよさを入れすぎている。
入試でよく出てくる書き換え問題で同じ意味の別の単語を求められる事がある。その時、make upと同じ意味になるのがinventである。有名な意味だと『発明する』だけど、『でっち上げる』という意味もある。どちらもゼロから作りあげるイメージで覚えられるから簡単かもしれない。
調査して、発明をして、それに投資をして、それって産業的というオヤジギャグのような変なものを思いついたけど。絶対解説無いと分からん。
investigationをして、inventしてそれにinvestしてそれってindustrialという綴りのよく似たノリである。我ながら頭の回転がおかしいかもしれない。今日は朝からギャグが絶好調だ。
そういえば、ずっと黙ったままだった。優斗が「さっきからめっちゃニヤけてるけどなんかいいことあった?多分ギャグだと思うけど」と話しかけてきた。
「いや、別に。ものをput awayしてパジャマをput offして服をput onしたなーって。あと、メイクとでっち上げることって英語だと同じ単語の組み合わせなんだよね。メイクの方は1単語でmakeupだし、でっち上げるのはmake upだからちょっと違うけど。動詞と名詞が違うだけって感じ」と返す。
「相変わらずギャグになると早口だよな。今日も絶好調だな」
「そうだね。どこに出かけようか。それとも家でゆっくりする?」
「ゆっくりしてもいいけど、俺5時からバイトだからな」
「そうだよね。歩こうか。優斗の家まで一緒に」
「いいのか。割と距離あるぞ」
「いいの。一緒に過ごせるのが幸せだから」
「そうか」
そんな話をしながら、母上に「行ってきます」と声を掛けて優斗の家に向かう。せっかくだからアニメ見せてもらおう。何をしているのだろう。親に全部してもらっているのにどこか納得できていない私がいる。これほど稼いでも何も満たされない。優斗と生きているのは楽しいけど、たまに急速に死にたくなる。でも、死ねない。
歩きながらそんなことを考えていると、優斗が「どうした?なんか悩みか?」と聞いてくれた。私は「偽りの自分をでっちあげることをメイクというなら、私はヤマンバメイクでもしているのかもしれない。なんか自分が自分じゃない様で。自分の二面性を受け止めきれてない。あと、優斗と離れる不安と、親にわかってもらえない孤独感かな」と黄昏る。
どうしよう。幸せなはずなのに、なぜか暗く悲しい気持ちになってしまう。センチメンタルなこの気持ちは一体何センチメートルだろうか。センチメンタルジャーニーとかいうほどセンチメンタルジャーネー。今日の頭は親父ギャグ仕様なのだろう。
「でゅふ」口から変な音が出た。それに反応して優斗が「なんかギャグでも浮かんだのか?」と聞いて来た。
「そう。センチメンタルジャーニーとか言うほどセンチメンタルジャーネー」
空気が凍った。何があった?あれ?面白いはずなんだけどなー。反応のない優斗に「笑ってよ」と要求すると「おう。面白いな」と物凄く引き攣った笑みを浮かべていた。
さて、優斗の家に着いた。
「何する?」と優斗に聞くと「アニメでも見る?」という話になった。私はわざとらしく「何見る?『のろコン』でもみる?」と聞く。
「『のろコン』って何?」
「昨年秋にアニメが放映された『呪いの装備コンプ少女~聖女ですが興味本位で呪いの装備コンプします~』っていうアニメ」
「もしかして、アニキが作った小説またアニメ化した?」
「うん。あと、オープニングテーマもエンディングも私が作った。もちろん全部裏声で」
私の言葉に優斗は「またかよ」と頭を抱えていた。何で頭を抱えているのだろう。彼女が稼いでいるのは嬉しいことではないのだろうか。でも、安定した収入を持っている私もやっぱりお金より自分が見たいアニメを書いているって感じだしなぁ。これ多分「俺が頑張って養ってあげよう。と考えていたのに彼女が自分より高みで手の届かないところに行ってしまったなぁ」とか考えているのだろう。
だから、私は優斗の考えを見透かした上で、「私の収入も才能も凄いかもしれないけど、優斗といられることに意味があるし、優斗じゃなきゃダメなの。自信がないのはわかるけどね」と微笑み、「見よ」っと上目遣いする。これって抱き着いていいかな。どうしよう。めちゃくちゃ優斗が愛おしい。
私の上目遣いに負けたのか優斗は「おう、見るか。相変わらずアニキは凄いよな。俺にはそんな才能も能力もないし、いつも思うけど、俺のどこがいいんだ?」と動画のページを開きながら、不思議そうにしていた。
私は「不器用な優しさかな。器用にエスコートできるイケメンならどこにでも探せば湧いてくると思う。芸能関係なら多分虫ぐらいに湧いてくると思う。でも、そういう人って浮気したり、お金に穢かったり、借金があったりするから。優斗は、そんなことしないでしょ。迫られたら断れなさそうなところはあるけど、私がいるからって断ってくれそうだし」と抱きつく。
優斗は「お、おう。サポートできるとしても一緒に悩んだり、ごはん作ったりとかしかできないけどいいのか?」とまだ不思議そうだった。私は問答無用で抱き着く力を強くする。優斗のいい匂いがした。
優斗はそんな私を眺めながら、画面を切り替え、『のろコン』を流し始める。さっき全部作ったと説明したが、その全てが鬼バズりしている。アニメ自体は社会現象になる程ではなかったが、王道から外れた脇道アニメの王道という僧侶系作家としてstrengthと第2作目のヒット作となった上に、オープニングの『コンプリケイテッド』は複雑なユリの心境をポップでノリのいいリズムで表現するという荒業をしている。さらには、エンディングの『清純の闇』は暗い歌詞をそのままドス黒いまでに重く歌うという、strengthの地声が聞ける珍しい楽曲として、マニアの間では『strengthが男だったことを思い出せる歌』として最近話題になっている。特に、元からstrengthを知っていた層が夢幻桜輝奈子からstrengthを知った層に広めているようである。
オープニングが終わりいよいよ第1話の始まりである。第1話で早速聖女が魔法を辞めた。痛快にゴブリンを蹴り飛ばす美少女が映っていた。そのシーンを見た優斗は、「これ、絶対アニキの作品だわ。俺は言われてから観たけど、僧侶無双観てるやつなら初見で原案Strengthってバレるだろ」とツッコんでいた。
「そうだね。絶対バレるね。これが2作目の長編の異世界物だから。魔王の名前フル尺では思い出せないけど。たしか、ルビー。書いたの3年前だからなぁ。もうすぐ4年かな」
私が微笑むと優斗は、「面白いけど、これ、何が目的?」と聞いてきた。私は、「何も考えてなかった。魔王倒させたいし、面白くなればいいなで作ったから、対して覚えてない」と返す。まじで、覚えてないから仕方ない。
なんか見てて居た堪れなくなって「ねぇ、プリクラ取りにいかない?」と提案すると優斗は「俺、写真苦手なんだよな」とどこか面倒そうな顔をしている。それでも負けずに「私だって写真得意じゃないけど、優斗との思い出が記録に残らないのは寂しいんだもん。一緒に行こうよ」と手を引いて駄々をこねる。
優斗は「しょうがないな」と言いながら一緒に来てくれることになった。ああ、楽しみだ。私の今日はまだ終わらない。