【配信】フィットネスリングASMR
寒空。刺さる寒気に命の息吹。私たちは蒸気機関車。お酒で火照った体から吐き出す白煙。なんて考えながら歩く。
ふと思い立って「ねぇ、優斗。私どうしたらいいかな?」と寒空に投げかけると、「それは任せる」と相変わらずだ。吐息の白く染まる寒空に繋いだ手の温もりが私を満たす。ほんとは、一緒に暮らしたい。それでも、優斗を信じてるから、離れてても大丈夫って心もある。
でも、この温もりが感じられなくなるのが寂しくて。結局どうするか決まらないまま、考える事を辞めた。どうしようかな。やっぱり一緒にいたい気持ちが強いから親とちゃんと話さないといけないのだろう。一度は納得したようなものだけど母親は私に社会奉仕系の仕事についてほしいようだから、しばらく優斗とは離れることになるのだろう。年末調整どうしよう。あと親は気付いてないけど、実は親の扶養は外れている。
家に着き、父上は「先風呂行くか?」と聞いて来たけど、私は「先行っといて。8時から9時ぐらいまで配信するから」と返す。父上が「中津浦君も一緒に入るか?男同士話したいこともあるしな」と誘っていた。どうなったかは知らない。
そういえば、奏音に説明しておかないと。私は奏音を見つけると「すまん。今日8時から配信予定入っててスウィッチ使う」と声を掛ける。奏音は「了解」といつも通り返事が短い。普通に話したけど、最近親と話すのが辛い。
さて、待機所を作り、ウィスパーに投稿して、ほぼ準備万端だ。あのゲームもダウンロードしておいたし。これで完璧。あとは母上に説明しておいてっと。
私が「8時から配信するから、この部屋入らんといて。あと、風呂9時ぐらいに入るわ」と言うと「了解」と返事は短かったものの、繊細で機微がわかってしまう私は母親が「配信者なんて稼げるわけないじゃない。一生それで生きていくなんて無理じゃない?」という心を感じた。
これで説明も終わり。後は、お茶のんで画面設定もできたから、配信開始まで暇を潰す。あ、起動してないと話始まらんから、起動してっと。
ちなみに優斗も一緒に映るように今日にした事を思い出した。優斗が風呂から上がってきた。私は動きやすい服で配信を開始する。Web会議みたいな画角で配信を開始する。
「みんなー。こん夢幻桜。あなたの運動に彩りを。夢幻桜輝奈子です。ということで、今日はフィットネスリングを配信していくよ。相変わらずの見えるASMR配信だよ」
『こん夢幻桜』
『こん夢幻』
『見えるASMRという新ジャンルの開拓者』
『普通に可愛いから何しても面白いんだよなぁ』
『初見です。スパチャは、まだ投げられないのでしょうか』
『初見でスパチャしようとするとは。貴様初見ではないであろう』
『それな』
「初見さんいらっしゃい。スパチャ投げれるように頑張って設定するので悪戦苦闘を眺めてお待ち下さい」
『悪戦苦闘のスパチャ設定配信とかいう新ジャンル』
『フィットネスリングどうなった?』
「これってこのボタンでいいのかな?何この書き方?当該サービスは本社への申請を以て、当該チャンネルの収益化への蓋然性を証明できたときに解禁される機能である。なんじゃ、これは。ビジネスとして理解はできるけど、こちとら歌手でアニメ化作家の配信者やぞ。登録者300万おっても足りんのかクソ仕様めが。テラクソ仕様。寺でお払いが必要かしら。どちらかと言うと神社かな。明日ジンジャーエールにしよう」
『キレてるの新鮮』
『キレ芸の中に潜む親父ギャグすこ』
『可愛い顔なのに、言ってことが親父ギャグなの性癖バグりそう』
『¥2,000 初スパ失礼します。普段どんな運動をしていますか?』
『普段の生活気になるよな』
何とか設定ができてスーパーチャットも投げられるようになったみたいだ。マジで面倒くさかった。もう一生しない。しっかりとガイドラインを守って収益をはく奪されないように気を付けよう。
「スパチャありがとう。普段は運動あまりしてないかも。普段はおいしいもの食べてるし。太ってなければいいな」
『そういえば、フィットネスリングの設定できた?』
「今からする。優斗、やり方教えて?」
『お、彼氏さん登場か』
『どんな反応するかwktk』
『わりと古反応で草』
「おう。そろそろ始める感じか。俺風呂先入ったから、一緒にはできんが、横で見ながらいるわ」
優斗が風呂から上がって髪を拭きながら来た。もちろん、服は着ている。ついでに立ってる状態で顔も写るように
「これって体重、痩せてる側に盛っても大丈夫?」と私が聞くと、「これ、リアルに寄せたほうがいいぞ。実況見てたなら知ってると思うけど。ほら、あの、44.5とか」と優斗に返された。確かに合ってない運動するよりは、良いよね。言わなきゃいいだけだし。
『懐かしの44.5事件で草』
『輝奈子さんの体重気になる』
「えっと、身長は158センチで設定して、体重は隠したいなー。恥ずかしいから」
「48キロって恥ずかしいのか?」
「ばか。読み上げないでよ。で、年齢は秘密にしたいけど、まだ若いし、いいか。25っと」
「すまん。見えてしまったし、ソンナに恥ずかしい体重ではないと思うから。あと、思い切り口に出てるけど、いいのか?」
「えっ、にゃーーーー」
『¥50000 やっぱりニャーだった』
「スパチャありがとう。でも恥ずかしいから拡散するのは止めてほしいかも」
「すまん。恥ずかしい思いさせたから、俺も責任取るわ。俺70キロだわ」と優斗が自身の体重を暴露していて焦った私は「えっと、ありがとう。言ってよかったの?」と聞く。
優斗は「彼女が恥ずかしい思いをしているのに、自分は見ているだけなんて許せない気がするからな」と普段と違ってただのイケメンみたいなことを言っていた。サマになりすぎるから止めてほしい。外国の人みたいな顔で映画みたいなセリフを言われると現実からフライアウェイしそうで、マジでテンション爆上げ、天使しょんぼりジャンボリー、なんてメランコリーなんていう韻だけの意味のない表現が浮かんでしまった。
『全部バレた実況者はここですか?』
『¥50000 美容体重なのにフィットネスリングをするの可愛い。この前、曲聴きました。ライブ最高でした』
「スパチャありがとう。無理しないでね。えっと、で、これでいけるかな?あ、運動頻度とか理想か。軽めにしておこう。あ、ライブって運動に入る?」と優斗に聞くと「入るかもしれんけど、年に1回ぐらいだろ?誤差だと思う」と返された。そりゃそうだ。あ、彼との営みは運動に入るのかな?なんて、聞けないよなぁ。
『彼氏さんの冷静な返しすこ』
『¥50000 心配してくれると聞いて。チュートリアルまだですか?あと、今年のバレンタインどうするつもりですか?』
「あ、えっとチュートリアル始めるね。バレンタインは作ろうかな。チョコもらったこと親と妹ぐらいしか無かったけど、今年はあげる側だなー。楽しみにしててね。優斗」と微笑むと「あ、お、おう」と戸惑っていた。
で、チュートリアルが始まった。押し込めとか言われたけどできるかしら。私は、思い切り力を出そうと、親へのストレスをぶつけるように「フーーン、覇!」と力を入れる。
『可愛い見た目から想像できないぐらい本気の声で草』
優斗に「ちなみにそんなに押し込めてないからな。非力のお嬢さん」と茶化された。私が「私だって本気出せば強いもん」と頬を膨らませると、プニっと頬を押された。かわいくない音がした。
『イチャイチャ可愛すぎて草』
『こんな彼女欲しい』
『反応可愛すぎて秒で登録した』
「チャンネル登録ありがとう」と微笑み、「で、次は引っ張るの?と疑問の顔をした後、「オラァァァァァァァ」と大音声を上げて、全力で引っ張る。
引っ張ってるのも画面に映ってるけど、力無いなーと感じる。押し込むよりは力出てる気がするけど。
『声の割に動いてなくて草』
『大音声オラァァァァすこ』
『美少女のオラァァァァっていいよね』
『非力可愛い』
『こんな可愛い子が豚骨ラーメンキスか……。性癖バグるな』
『去年の流行語大賞だった気がする。豚骨ラーメンキス』
『友達のカップルが豚骨ラーメンキスしたか聞かれて困ったとか話してた』
『食べてるものの話だと、太りそうなのに48キロって可愛すぎる』
そんなコメントが目に入る中、次はスクワットらしい。私、これを1時間続けようとしてるの?辛いって。スクワットをしていくことになったわけだが熱い。めちゃくちゃ脂肪が燃えている気がする。どんどん汗で服が貼り付きだした。
「スクワットってこれでできてるの?」と優斗に聞くと「できてると思うぞ。あと、これやばい。全部見えてるのとは違うエロスを感じる」と返され、私は頬を紅潮させる。校長先生頬を紅潮させて絶好調の親父ギャグなんて思いついてしまった。
『上下するたびに揺れる胸がエロい』
『顔も赤くて草』
『なんか見てはいけないものを見てしまっている気がする』
『彼氏さんはどこで見ているの?』
「優斗は後ろから見てる。画面に映らないところで」
『彼氏さん今彼女さんは何着てるんですか?』
「優斗、『服何着てるの?』って私に質問来たから答えてあげて」
「自分で答えたら?」
「はぁっ、はぁ。こんなに息切れしてるのに答えれると思う?パっジャマっじゃないTシャツとズボン履いてる。熱い。そういえば、優斗。女の子の汗って良い匂いとかいう噂あるけど、私って臭くないの?」
「え?嗅いでいいの?」と優斗が確認してきた。私は「良いよ。どんな感じの匂い?」と優斗の顔を見る。優斗は「そうだな。普通の汗のにおいだな。それより、服だいぶ貼り付いててエロい。ドギマギするから早く終わって欲しい気持ちと運動してる輝奈子見える喜びがせめぎ合ってる」といたずらっぽい笑みを浮かべている。
『上半身だけでもエロいのに下見えてる彼氏さんの鋼の自制心に乾杯』
『それな』
『女子の匂いは幻想だったのか』
『幻想だったのか。でも、男の妄想力は無限大』
コメント欄が少し残念そうに見えて何か言おうと思うけど、何も浮かんでこない。どうしようかな。
『誰もツッコんで無かったけど、ゲーム画面映らない配信ってあるの?』
「これは見えるASMRというコンセプトです。いわゆるWeb会議式フィットネスリングASMRだと思ってもらえれば」
『やはり、新しい。機材は買わないんですか?』
「検討に検討を重ね検討を加速することを検討し、その検討を加速させることを検討します」
「買えよ。実況好きなんだろ?稼いでるって聞いてるし、趣味にぐらい使ってもいいんじゃない?」と優斗が背中を押してくれた。
『検討を重ねすぎて何の検討をしているか分からなくなる叙述トリック』
『どこかの某さんの真似かよ』
『輝奈子構文爆誕か?』
そんな間も運動は続いている。そろそろ半分だろうか。
私が「今何時?あ、まだ早いとかいう返事いらないからね」と聞くと「8時半。あと半時間ぐらい。頑張れ」と応援してくれた。
その応援が嬉しくて「ありがとう」と満面の笑みを浮かべる。その頃コメントでは『めちゃくちゃノロケてるんだろうなー』とか『絶対可愛いのに背中向けられて見えないの残念』とかが溢れていたらしい。
『輝奈子さんの横エロくて草』
『眼福』
『↑それな』
優斗の応援のあとゲーム画面に向き直り、ゲームを再開する。優斗が後ろで見てくれているだけで物凄く頑張れる気がする。とりあえず、1年ぐらい隠し通してから、しれっと消えるプランでいこう。
『相変わらずゲーム画面見えないから、どこ走ってるかわからないの草』
『これはこれで新しくていいんだよな』
今ふと思い出して、「今年の抱負って言ったっけ?」と投げかけると、優斗からは「言って無いと思う」と返ってきた。
『言ってないな』
『言ってない』
『言ってない』
『聞きたい』
「今年の抱負は仕事を辞めない。かな。親とうまくまだ話がまとまってなくて、とりあえず4月から介護の仕事就いて、ライブとかCDの発売とかもしたいから、激務だと思うけど、頑張ろうかなって」
「アニキ、それ、体調崩すと思うよ。また、1人で抱えてる。すぐ抱え込むの辛かろ」と優斗が心配してくれた。
「そうかも。でも、投げ出したくないんだよ。自分にできることは自分でしないと」
『ニートワイぐうの音を出せなくて、チョキでも出そうかな』
『同じくニートワイぐうの音が出ないので、頭がパーかもしれない』
『約2名じゃんけんしてて草』
「抱え込みすぎて辛いときは言えよ。相談乗るから」と優斗に心配されて、私は何をしているんだろうという気持ちになってきた。そんなことを考えているときも運動をして、今は腕立て伏せが終わったところだ。腕立てに関してはわざわざパソコンをおろして映るようにしてもらうという結構サービスショットになった。
『腕立て伏せってこんなに色っぽいものだったっけ?』
『見えないことのエロさが半端ない』
腕立て伏せをし終えて、息が整ってきたころ優斗が「そろそろ9時になるから、スパチャ読みに移行するんだろ?」と聞いてくれた。私が「うん。今日ありがとね。明日バイトあるのに来て貰っちゃって」と微笑むと優斗は「それはいいんだが、実家に男上げてよかったのか?色々できてしまいそうだが」と戸惑っているみたいだった。
「大丈夫。優斗は優しいから無抵抗の人を襲うようなことをしないと思うし、私以上に可愛い人いないでしょ?」
「お、おう」
なんか小声で「それがズルいんだよな」的サムシングが聞こえたけど、聞かないふりをしてスパチャ読みをしようとする。
『さっきの夫婦漫才可愛すぎて草』
『初心な新婚さんだろうか』
『なんか忘れていた心を取り戻した気がする』
『¥50000 失った青春代』
『¥50000 失った青春を買い戻したいので、買ってきてください』
「えっと、失った青春はここでは販売してないですよ。ここから手に入っていく青春を一緒に見届けてほしいな」
『やばい。溶ける』
『バニラアイスみたいな真っ白で溶けそうな笑顔を見てしまった』
『人間は太陽を直視してはいけないんだよ』
『これからの2人の青春に幸あれ』
ふと、コメントの流れを見て優斗の方を振り返ると、真っ白な表情をしていた。軽く頬を小突くと「おう、すまん。神を見た気がした」と良いリアクションをしてくれた。
「あ、えっと。今日もご視聴ありがとうございました。よかったらチャンネル登録とグッドボタンもお願いね。では、また次の配信で。ばい夢幻桜~」
『ばい夢幻桜』
『ばい夢幻桜』
『ばい夢幻桜』
「おう。配信お疲れ。風呂入るだろ。ゆっくり入って来いよ」
「ありがとう。お風呂行ってくるね。暫く暇だと思うけど、適当に暇つぶしてて」
「了解」
さて、私は風呂に入る。久しぶりにいい汗を搔いた気がする。これからどうしようかなぁ。やっぱり優斗と一緒に暮らしたいな。どうか両親がわかってくれますように。そんなことを思いながら、風呂から出てドライヤーをかけていく。服を着たギリギリのタイミングで父上が自分の部屋に帰る通り道にしていった。いい加減腹が立ってくる。いつもいつもタイミング悪いし、今だに私を魔沙斗として扱ってくる。少なくとも妹の奏音とは扱いが違う。
歯磨きをして、リビングに向かって「お休み」と言うと、母上が「お休み。布団はあなたの部屋に置いてるわ」と返してきた。私は優斗を探し、「お待たせ。寝ようか」と自分の部屋に連れて行く。
「おう。寝るか。配信お疲れ」
「ありがとう」
結局いつも寝ているベッドだと寂しくて優斗が寝ようとしている布団に忍び込んだ。配信を頑張った私より先に寝ている優斗に「寝るの早」と思いながら、優斗の手を握る。どうしてこんなに安心するのだろう。その答えはわからないけど、今ここに一緒にいられる幸せを噛み締めていようと思う。
おやすみ、私。今日もお疲れ様。




