居酒屋1番線
2人で「寒いね」「そうだな」みたいな会話をしながら、居酒屋に着くと、「おう、魔沙斗着いたか。と、横にいるのは中津浦君か。螺鈿山君とはどうなったんだ?」と父上が問い詰めてきた。私は「紹介するね。私の彼氏、優斗くん。螺鈿山くんにはフラれちゃった」と返す。ほんとは振られてないんだけど、そうしておかないと自分一人で受け止めるには心が壊れてしまいそうで人のせいにしてしまった。
優斗は気まずそうに「えっと、2回目ですね。この前の焼肉ごちそうさまでした。いつも輝奈子さんにはお世話になっております」と挨拶していた。
父上は私に向きを変え、「キスとかまで行ってるとか言ってなかったか?」と問い続けてきたから、「それは優斗との話。なんとなく言い辛くて螺鈿山くんに投げてた」と返す。そんなことを話していたら店員さんが「ドリンクは?」と聞いて来たので「コーラ」と答えた。父上は「生ビール」と答え、優斗は「オレンジジュース」を注文していた。
今日は配信の予定もあるし、お酒飲むのは辞めておこう。これがのちにフラグになるとも知らずに。
「かれいの刺し身食べたい。あと、焼きシイタケ、焼きおにぎりぐらいかな」
「今日は飲むか?」と父上が聞いてきたから、「私はこれから配信の予定あるから今日はやめとく」と答える。我ながら、変な日に入れてしまったともおもうけど。どうしよう。いちゃつきたい。
なんだろう。幸せなはずなのに何か足りない気がしてしまう。どうせ理解してもらえない。そんなことを考えると生きるのすら嫌になってしまう。
父上は残念そうな感じだったが、生中を飲みきり、ハイボールを頼んでいた。私と優斗は「この後配信どうしよう」とか「何とかなるだろ」と話していた。
父上は「で、どこまで行ったんだ?」とデリカシーのない話をしてきた。あぁ、嫌だ。死のうかな。私はいつも最強だ。でも、時々死にたくなる。そして、死ねない強さに絶望する。死なないじゃない。死ねないのだ。妹に与えてしまう影響とか、やりたいこととか、社会への影響とかを考慮に入れて、死ぬために払うコストと、アイスの値段を考えると。ここでアイスが出てくるあたりまだ余裕なのかもしれない。
優斗が私の方を見ていた。私は優斗を見つめ返し、「どうする?」と聞く。優斗は「そっちが言っていいなら俺は言えるぞ」と返してきた。
私は親指と人差し指で輪を作り、オッケーする。時間にして数秒のはずだが、父上にこのイチャイチャを見られるのはだいぶ恥ずかしい。優斗が「そうですね。最後まで行かせていただきました」とめちゃくちゃ丁寧に言ってて、それにツボりかけた。あと何気に言ってることも恥ずかしい。
父上は「そうか。どうだったんだ?他の人としたことあるのか?」と根掘り葉掘り聞こうとしてきた。優斗が「えっと、どうする?」と戸惑っていたので私は「話してもいいんだけど。うまくかわせない?」と返してみた。
父上は優斗からは聞けないと思ったのか私に「どんな体位でしたんだ?何回したんだ?」と聞いて来た。私は「今ここで聞くことじゃないでしょ?それより、ライブの話とか案件配信の話とかしないの?」と詰め寄る。
「焼きシイタケです」
「ありがとうございます」
優斗が「これ、うまいな」と言ったので「そうだね。よく食べるんだけど、いつもは熱燗と一緒に食べてる」と最高に美味しそうな顔で返す。焼きシイタケの豊潤な香りと醤油と鰹節の味が最高に美味しい。いつもは辛口の日本酒を熱燗と一緒に食べている。辛口が引き立つ熱燗と焼きシイタケの甘みと醤油の味と鰹節の香りが最高でたまらない。
「なら、飲むか?」と父上が提案してきたけど「今日は配信の予定が入ってるから飲めない」と返す。すかさず優斗は「俺が代わりに少し飲みます」と返していた。父上は嬉しそうに「熱燗2合、お猪口2つで」と注文していた。
熱燗とお猪口が来た。私は横目で「うまそうだなぁ」っと思いながら、ナマコを注文する。アカナマコもアオナマコもどっちもうまいのだ。幸せなはずなのに、なぜか心に残っている物の正体ってなんだろう。
こんなにも人って死ねないものなのだろうか。死ぬ前の時間を人生と名付けるなら、私ってなんだろう。歌手で小説家で配信者。自分というものが見当たらないから、とにかくできる物に手を伸ばした。伸ばした手の先に何があるか考えることも無いままに。
どこに向かっているのだろう。1つ確実なのは1分1秒、いま、この瞬間も人は死に向かっている。今この瞬間だってどこかで人は死んでいる。それも気付かないままに、どこか遠い所のストーリーとして知らないフリをして、知ろうともしないまま人は日々を生きている。
正確な言い方をするなら、人は少しずつ死んでいる。毎日自分自身は少しずつ死んでいる。人はその少しずつ死ぬことを人生と呼んでいる。
なんて考えてたら優斗に「遠い目をしてどうした?しんどい?」と心配されてしまった。私は「ううん。今この瞬間も私って死んでるんだなぁって」と微笑む。微笑めたかな?微笑んだつもりだ。あぁ、父上にはこんな表情見せられない。
私は人間が嫌いだ。人は簡単に「死ぬな。生きろ」と言う。私もその1人だ。死ぬのは負けだと考えてしまう。でも、よく考えると、「今死んでいない」だけで、「今も死に続けてる」と言えなくもない。少しずつHPを減らしていくことを死に続けるとするなら今も死に続けている。
なぜ、生きるのか?なぜ、死ぬのか?答えは簡単だ。命があるから生きている。命があるから死ぬ。なら、最初から命がなければ死ぬことは無いと言えるだろうか。答えは生きていないから、死んでいないだろう。
ただ、それを人は呼ぶ。存在しないっと。有名な言葉に「我思う、故に我在り」という言葉がある。考える私というものは疑えないというものだ。
これはあっているようで間違っているように思えてしまう。『思う』とは何かという定義を考えなければならない気がする。お腹すいたとか、ご飯食べたいとかを『思う』に含むなら確かにそうだろう。
一方で、それを含まずに『思う』を哲学的に考えることとするならば、存在していない人もかなりいるのではないだろうか。だから、我思う。『我在り、故に我思う』と。存在していなければそもそも考える事が出来ないからだ。
全然進まない。食事が。焼きおにぎりが来た。酒を飲めば嫌なことを忘れられるという人がいる。私は酒を飲むと嫌なことをかなり思い出すし、酒を飲んで記憶を飛ばしたことがない。せいぜい体調が悪くなるか、眠くなるかの2択である。
人生わけがわからない。私の人生って誰のものなのだろう。答えのない問いを探すことに喜びを感じ、生きることよりも、死ぬ前に何ができるか、死ぬ時に何として死にたいかを考える方が有意義に思えるのは変なのだろうか。
私を1文字で表すと『変』になるのだろうか。3文字なら『本能寺』だろうか。燃えとるや無いかい。建て直されとるし。しかも、それ本能寺の変やろがい。
でも、『人間五十年下天のうちを比ぶれば夢幻の如くなり』という敦盛の1節は私の人生に多大な影響を与えている。『人間百年、下天のうちを比ぶれば夢とも幻ともいえぬ、よくわからないものなり』が今頭に浮かんだ。
「そうだろうな。で、食べないの?」と優斗が聞いてきた。
「もしかして口に出てた?どこから?」と焦る私に、優斗は「人間五十年辺りから」と返してきた。最初からやないか。
父上も「で、結婚はするつもりなのか?」と優斗に聞いていた。優斗は「許可を頂けるなら。あと、輝奈子さんのそばにいたい事だけは確かです。その、めちゃくちゃ可愛いので」と返していた。
私の顔まで赤くなってきた気がする。お酒が回ってきたかしら。飲んでないけど。そんな私の様子を見て優斗は「どうした?疲れた?」と私を気遣ってくれた。私は「そうじゃないけど、やっぱり優斗だけズルい。私も飲むわ」と優斗から御猪口を受け取る。多少飲んでも配信出来るだろう。お猪口に注いでもらい、少しずつ高さを上げる。
日本酒独特の香りを堪能しながら、焼きシイタケを堪能する。
「あー。美味しい」と最高の微笑みが出てしまった。本当にこの瞬間は満たされる。それ以上に満たされるのが優斗と重なっている時なんだけど。
優斗は「おいしそうに食べるな。俺頑張るわ」となんか決意を固めたみたいだ。一体何の覚悟を決めたのだろう。多分就職した会社で頑張ろうということなのだろう。ああ、結婚出来たらいいのにな。私はたぶんこのまま介護の会社に就職するのだろう。源泉徴収とか年末調整とかが気になるかもしれない。どうしよう。
「カレイのお造りです」
注文の品が来た。うまそう。私は優斗が「生魚苦手なんだよな」と言っていたことを思い出し、「そういえば、魚苦手って言ってたよね?ごめんね」と優斗の方を見る。父上が「そうなのか?」と反応し、優斗は「1枚いただきます」と食べていた。私は小声で優斗に「無理しなくていいからね。ごめん。私が魚大好きだから食べるね」と言い、父上に「父さんも食の好みが合わないなら別れろなんていう野暮なことは言わないでね。私は優斗といる時点で勝手に幸せになっているから」と牽制を入れることも忘れない。
優斗の頬が赤く染まっていたから「もしかしてお酒回ってきた?」と聞くと優斗に「確かに。そうかも。あと輝奈子の発言普通に恥ずかしいと思うぞ」とやり返された。なんかこんなやり取りも終わりに近づいていると思うと寂しいし、儚さを感じる。まるで鎌倉時代みたいな無常観だ。
そんな2人の様子を見ていた父は「食の好みはバラバラみたいだけど、仲は本当によさそうだな」と私たちに話しかけたまま、ハイボールを注文していた。私は少しだけ父上に呆れた。私はカレイの刺身を食べながら、日本酒を飲む。あ、やべ、配信すること忘れかけていた。しかも運動系の配信だから、セーブしておこう。気付くと御猪口5杯分以上飲んでいた。
カレイの刺身、というか白身魚系の刺身は酒が進む。やっぱり醤油とのハーモニーがたまらないのだ。別に酒豪ではないし、ただ好きなだけなんだけど、我ながらエピソードは酒豪かもしれない。
私が空にした御猪口を見て父上が注いで来ようとしたけど「私もういいかな。今日は配信有るし」と言うと父上は「中津浦君は飲む?」と聞いて来た。優斗お酒弱いからやめとけと思ったけど、そこは自分自身で判断してもらおう。
「いただきます」
と優斗が飲んだ瞬間、眠りかけていた。さて、どうやって持って帰ろうか。とりあえず残っていた私のコーラを飲ませて、体内の水分を増やせるようにする。ついでに水を頼み、私も水を飲む。優斗にも水を飲ませて、「ありがとう」と呟く。その様子を見て父上も「なんかできることあるか?」と聞いてくれた。私は優斗に水を飲ませ続けながら、「特にないかな。見ての通り優斗はお酒強くないからそんなに飲ませない方向で」と言うと父上は「了解。酒余ってるけど飲むか?」と御猪口を手渡してくる。私は「なら貰うわ」と御猪口を受け取る。結局1合ぐらい飲んだ気がする。いつもは3合ぐらい、下手したら4合飲んでいた時期もあった気がするから、ましな方だと思う。ましなのだろうか。
そのあと、焼きおにぎりを食べたり、サザエ焼きを食べたりした。酒に合うものばかり頼んでしまった。これ、今日の配信運動系だけど大丈夫かしら。
さて、水を結構飲ませたら普通に歩けるぐらいまで回復していた。今度からできるだけ飲ませないようにしよう。さて、帰って配信の準備しないといけないなぁと考えながら、歩いて帰る。
普段通り恋人繋ぎで歩いて帰る。父上がいるから少し照れくさいけど、優斗と繋がれてる気がして心がぽかぽかする。熱燗のアルコールのせいかもしれない。それはアッカン。熱燗だけに、なんつって。アルコールをアンコールはしない。今日頭がオカシイ日かもしれない。
いつもよりオヤジギャグが浮かぶ。食べたものがオジサン趣味だからだろうか。仕事終わりの華金に飲み会で食べるようなメニューだった気がする。
「どうした?なんか悪いものでも食べた?」と優斗が聞いてくれた。私は「そんなことはないよ。幸せだなーって思って。家族と優斗と一緒にいられて、この後配信もして、視聴者さんと音楽関係の人と、小説家関係とたくさんの人に囲まれて生きてる。それが嬉しくてたまらない。優斗は幸せ?幸せであってほしいな」と少し儚げな笑顔を浮かべる。
きっとそう長く続くものでもない気がするから。いつか終わってしまうことは分かっている気がする。それでも、少しでも長く優斗といられたらなぁ。
「俺は幸せだぞ。でも、いつも思うけど、本当に俺でいいんだよな。色々したから俺でいいと思ってくれてるとは思うけど」
何ていう優斗の幸せ発言に顔を染める私と、それを見て「飲みすぎたのか?」とノンデリ発言してくる父上。
彼氏は彼で間違いないが、家族関係考えたほうがいいかもしれない。
流行っていたブームすぎた言葉で言おう。
ぴえん