中津浦優斗から見た輝奈子11
輝奈子が俺の家の近くのコンビニに着いたのは6時15分。俺に「コンビニ着いたよ。準備できてる?」とTXTが来た。俺は「おう。今出た。あと、5分で着く」と返事した。準備を早めにしておいてよかった。
「おはよう。早くにごめんね。一緒に東京楽しみたかったから」
「おう。俺も楽しみだった」
「そっか。デートコース考えてはあるんだけど、いきたいところある?」
「有名どころはいっぱいだろうな。浅草寺とか秋葉原とか行ってみたいとは思ったけど」
「秋葉原行こう」
「おう」
空港に向かう車の中で東京での観光に胸を膨らませる。ああ、
「朝ごはん食べた?私は朝目玉焼き食べてきたけど」
「俺も食ってきた」
「そうなんだ。よかった」
この会話のバックグラウンドで流れていたのは『冬のうた』だった。雪が降りそうなほどの寒さだったけど、幸い晴れている。東京に着いたら何をしようか。楽しみで胸が満たされる。
渋滞に巻き込まれながらも搭乗に間に合う7時に着いた。
「どうする?私はお土産買ってもいいなとか思ったけど、事前に買っときなさいって母親が買ってくれてたんだよね」
「俺は菓子折りとか持って行かなくていいのか?」と俺が心配そうに聞くと、輝奈子は「大丈夫だよ。もうマネージャーに話は通してあるし、カップリング販売も視野らしいよ」と笑いかける。間違いなく悪魔のほほえみに見える天使の笑顔で。
俺は「そ、そうか。俺って売れるの?」と不思議そうな顔をしている。輝奈子は悪魔の笑顔で「うん。売れると思う。だって、ハリウッドの俳優さんみたいだから」とニッコリしている。俺は少し恐怖みたいな表情をしながら、「お、おう。そうか」とか言った。間違いなく食われるのはオレの方だ。
輝奈子は「ねぇ、早めに行こう。トイレ終わらせておきたいし。久しぶりの飛行機だから」と俺の手を引く。
「そうか。行くか?」とついていく。俺も緊張してる。輝奈子は「うん」と返事して、徳島空港の保安検査場を抜ける。
全然混んでいなかった。トイレもゆっくりできたし準備万端だ。さぁ、いざ飛行機に乗る。輝奈子は横で楽しそうにしている。
飛行機に乗って数分。離陸して、シートベルトのサインは消えた。離陸前は「飛行機楽しみ」とか「隣同士っていいよね」とか話していた気がする。それから数分、俺は眠っていた。昨日のバイトが長かったから。
あっという間に羽田が見えてきた。輝奈子は俺を起こし始める。俺も昨日バイトだった。
軽く目が覚めたときに「早く起きなさいよ、ばか」と小声でつぶやく輝奈子がいた。「お、おう。すまん」と俺が瞼を開く。いつもしわがれてるけどいつも以上にガシャガシャな声をしている。
飛行機から降りて、輝奈子は「王子様のキスがいるかと思ったけどいらなかったね」と茶化してきた。俺は「俺は姫か」とツッコむと、輝奈子は「ツッコミ絶好調だね。校長先生絶好調」とギャグをかます。またかよ。
さて、舞台は羽田の中へと移り、そばとか寿司とかあったけど見向きもせず、電車を探し、爆速でアキバに来た。時計は見てなかったから知らない。ホテルのチェックインは18時ぐらいにしたらしいから余裕余裕。さて、やってきたのはオタク大喜びのショップ、パンテーラ。ちなみに、名物はパンテーラパンケーキ。チョコレートソースでメイドさんに絵を描いてもらうこともできる最高のお店である。冥土の土産になるメイドというキャッチフレーズで中高年層にも受ける幅広いメイドだ。
「ここが有名なパンテーラだよ。いやー。今日もにぎわってるねぇ」そう言いながら輝奈子は俺の手を引く。
「お、おう。楽しそうでよかった」と喜んでるし、本当に楽しんでる。それなのに、輝奈子の表情が少し曇った。「どうした?人酔い?」と俺が聞くと、輝奈子は「まぁ、そんなもんかな。でも、大丈夫。ねぇ、私のコーナーあるかな?」とまた自分の凄さをアピールしようとしている。
いつも思うけど輝奈子、自分語りしすぎじゃない?自覚してるなら直せよ、輝奈子。もしかしたら話題の中心が自分にしかないからそうなるのかもしれない。冬って寒いよねって話で盛り上がるのも難しいし。
俺は「あるんじゃない。知らんけど」と割と適当だ。
25歳で大学3年ってどういうことだ?と不思議に思うだろうが、輝奈子によると、不登校で単位が取れなかったことで3年の時に別の大学に入りなおして今がある。その前に大学に行けなくなって何もしていない自分に不安になって、共感してくれる人が見つからなくて悩んで、親に心配なんてかけたくなくて、暇で仕方なかった時に小説投稿サイトに出会ったらしい。元から字を読むことが好きだった輝奈子はのめりこんだ。そして、初めて書いた作品が僧侶無双だったらしい。
その2年後ひょんなことから目に留まり、今がある。で、今、絶賛嫉妬中である。何でNAOの奴しかないの?いや、CDはあるけど。CDに関しては輝奈子しか歌ってない奴だけど。
「あったな。strengthコーナー。アニキじゃないけど」と呟く俺に「それな」と返す輝奈子さん。なんて省電力な会話だろうか。二酸化炭素をだいぶ減らせた気がする。ちなみに流れていた曲はアニキが高2の時に原案を考えたらしい『caught in a shower』だった。
「声、今と違うな」と俺が気付いた。輝奈子は「それはどっちの意味?性別とかそういう?」と疑問を投げかけてくる。
「いや、アニキの声こんなに細くなかったなと思って」
「それでも声量お化けとかあったよ」
「そうなん?」
「うん。でも密度は違うかも。発声も多分違うし」
「そうか」
「I wanna be strong There's no wrong way to live people have various color」と言う歌詞はその時の自分を肯定したかったのだろう。ちなみに、このバージョンは2019と聞いた。まだ、地声でしか発声できず、裏声が安定しないためにmid2Dまでで作っていたバージョンだそうだ。
ちなみに今回のセトリではキーを1オクターブ上げて歌うことを伝えてあるらしい。 「この曲HiDまで出るんだよね。バージョン2021からは。2020バージョンはHIDまで出るキーで歌って途中で声が枯れた」と輝奈子が自慢していた。
2年前のライブはこの曲とウルトラ揚げ物のカバーソングばかりだった。ウルトラ揚げ物は女性ボーカルでも有数の歌うまの為めちゃくちゃ叩かれたと聞いた。でも、メンタルお化けの輝奈子は「期待してくれてありがとう」とアンチに返したらしい。いや、メンタルおばけだな、それは。
で、この思いでに浸って3分半、曲が変わった。曇り空を飛ぶ鳥の歌だった。このころがまさに行けなくなった最盛期と言うかメンタルが死んでいた時期だったらしい。2019年、絶不調の中で作った曲。『死する曇天に駆けろよ、白鳥』タイトルかっこよすぎるだろうよ。
「落ちてくる鉛空の中、穢れも知らず駆けてゆく白鳥よ、いざ神話になりて、よを照らせ」
そんな歌詞だった気がする。ちなみに「よ」は平仮名である。自分と言う意味の「余」とこの世界と言う意味の「世」、夜を意味する「夜」の3つが掛かっているから平仮名。
日本語のすばらしさを知っているからこその平仮名表記。さすがのこだわりだぜ、アニキ。
「アニキって暗いなかに明るさ含むような曲多くないか?」
ふと感じたことを口にすると輝奈子は「そうかも。絶望の中にある希望を信じていたいのかもね」と少しだけ暗い笑顔を見せた。
「そうか」
時間は数年しか進んでいないのに、凄く大きく変化した。ただ1つ、今許せないことがあるらしい。
内容を聞くと、「あんときの私、グッズ出しとけよ。出してたら今頃爆売れ、したのかなぁ。しねぇな。あの頃の輝奈子、グッジョブ。アレルギーにニキビ低身長でどこに売り出す気だったの?ちなみに二次創作だと輝奈子すごくイケメンで低身長の少年になっている。それはそれでありだから、ぜひそのまま黙認しようと思う」とのことだった。結局文句じゃないじゃない。
「お昼どうしようか」と輝奈子が問いかけてきたので、俺は「アニキの言っていた、そば屋行ってみたい」と言った。相変わらず、自分で決めるのが苦手な輝奈子だった。
で、歩きながらこんな話をしていた。
「アニキって今幸せか?」ふとアニキが悩んでるように思えたから聞いた。俺か?当たり前、幸せに決まっている。そうじゃなかったら、今ここについてきたりしない。
「うん。好きな人と一緒に私を知ってもらう旅をして、旅行に来て、同じ場所で同じ空気を吸っている。これが幸せじゃないなら、なんて呼ぶの?幸福?至福?ハピネス?」
俺の顔が赤く染まった。まだ夕暮れには早すぎる。どうか、太陽がゆっくり動いてくれますように。少しでも一緒にいられる時間を長くしたいから。
でも、口にするのは照れくさくて「そうか。幸せならOKです」とネットミームに頼る。
「それ、なんかの掲示板のネタじゃなかった?」
「違うけど、ネットミーム」
「だよね」
なんでこんなことで笑えるのだろう。そこまで面白いものじゃないはずなのに、輝奈子と2人でいるとこの世界の色が何倍にも何千倍にも数字にできないくらい美しく、彩にあふれてしまう。今まで俺は、灰色の世界で、たまには闇に染まる暗い中で、影のように生きてきた。
そんなことを考えたり、話したり、してたら大きなショッピングモールにある蕎麦屋に着いた。
「ここだよ。未だに名前読めないけど。とろろせいろそばが美味しいの。ぶっかけながもとろろそばもおすすめ」
「そうか」
俺は相変わらず返事が短い。だから輝奈子は「もう。もうちょっと楽しんでよ」と膨れる。俺は「楽しんでる。わかりにくいなら、ごめん」と返した。膨れてもかわいいところがズルいんだよな。
「私はこのぶっかけながもとろろそばにする。優斗は?」
「俺は鴨南蛮で」
「なんでやねん」
「寒いし、甘めの出汁がいい」
「なるほど」
物凄く見られてる気がするけど、気にしない。夫婦漫才しすぎてる気もする。お蕎麦が来るまでそば茶を堪能する。この少し熱いそば茶が冷えた体にしみわたる。お蕎麦の香ばしい香りが鼻腔を刺激してきて、更にお腹がすく。猫舌だから確かめるように飲んでるのもかわいい。
お蕎麦が来た。やっぱりこの出汁を掛けるスタイルのお蕎麦が好きだ。あと、とろろ。とろろがメインだね。基本とろろ系のそばばかり食べている。ホテルも近くに取ってあるから、ゆっくりとショッピングモールを探索する。いや、散策。ダンジョンでも潜るんか?
5年もするとだいぶ変わるもんだなぁ。なんて思ったけど、忘れてるだけかも。昔はお菓子を5000円分ぐらい買って1日で食べきっていたこともあったらしいから、今思うと恐ろしい。アニキ健康崩すからそれは辞めとけよ。
何時間散策しただろう。結構いい時間になったので、2駅分ぐらい歩けると思って、歩いて宿に向かう。ホテルに着いた。さっそくチェックインして、荷物を置いて、ラーメンを食べる。ちなみにショッピングモールでは何も買わなかった。
「私この黒こってりの全部のせにする。1200円ぐらい安いよね?今日くらいは」と決める。俺は「じゃあ同じのにしようかな」と食券を買う。
頼んだものが届いて「う~ん、この味。美味しい」と満面の笑みで食べる輝奈子さん。口の周りに油が付くけど、それもいい。幸せに満たされる。俺は「アニキって本当に美味しそうに食べるよな」と頬を綻ばせる。輝奈子の表情は破顔と言うしかないほど頬がだらーんとなっている。個人的にはチャーシューが最高だ。
口を紙で拭いて、店を出る。
「おいしかったね。久しぶりだから結構食べちゃった」と微笑むと俺は「そうだな。美味しそうに食べてたな」と悪戯っぽい微笑みを浮かべている。
なんだかそんな些細な会話も愛おしくて、ホテルに戻って手を洗ってうがいして、すぐにキスをした。また、ラーメンだった。でも、口ゆすいでしまったからちょっと薄かった。きっとラブストーリーでは王道ではない。キスが薄かった。
俺は「また、ラーメンだったな」と茶化す。ちなみに輝奈子の香水はジャスミン茶だろう。
「そうだね。なんでかわかんないけど、しょっぱいものの後にキスしたくなる」
「次が何になるか楽しみであり、不安だな」
いまだにあのお手上げのキスは忘れていない。
「何になるでしょうね」
そんな会話をして、お風呂に入ることにした。タオルと下着と浴衣を持って、部屋を出た。ホテルって大体あったかいし何とかなるだろう的な感じだ。
「俺も風呂入る。一緒に行くか?」
「うん。守ってくれるんでしょ?」
「おう」
なんだか照れくさく感じてきた。別に2人とも互いの裸体を知ってるぐらい仲がいいのに、何でだろう。輝奈子の浴衣見るの初めてだからだな。絶対かわいいし、独り占めしたくなるだろう。
儚く小さくてすべすべな手がかわいらしくて、やっぱり好きだなぁと再確認する。嫌いになるわけない気がするけど。だって、互いのリアルも知ってるから。同棲した時ゴミ屋敷になりそうだから、掃除はちゃんとしよう。昔の自分に激刺さりの言葉「掃除しなさい」である。
お風呂はとても気持ちよかった。俺ははサウナと水風呂と露天風呂を回って、炭酸泉みたいなのもあったので回って色々入っていた。輝奈子よりスタイルのいい人もいる気がするけど、俺は靡かないだろうなぁと思う。
輝奈子以上の誰かを愛せても忘れられないだろうから。逆に輝奈子に愛想尽かされないように頑張らないとと兜の緒を締める。
男湯を出て、ロビーに行き、携帯でゲームをする。輝奈子、長湯なんだなぁ。それがかわいいとこでもあるんだけど。
「お待たせ」
「おう。似合ってる」
「ありがとう。優斗も様になるね」
俺は「そうか?ありがとう」と照れた。そんなやりとりをして部屋に戻る。明日早いし、今日は寝ようかな。部屋に戻ってきて、輝奈子は「明日早いから、歯磨きして、寝るね」と言うから、俺も「俺もそうする」と早速歯を磨き始めていた。
なんか色々あったなぁと思いながら、眠りに着く。明日はいよいよライブだ。なんか、俺も緊張するけど、楽しみだ。
おやすみ、輝奈子。お疲れ様。彼女の体が冷えないようにエアコンの温度を少しだけ上げておいた。あと、布団から落ちないことを神に祈っておいた。何してんだろう、俺。




