中津浦優斗から見た輝奈子10
話を繋げるように言われた。俺は配信なんて輝奈子に言われたぐらいしかしていないし、話すことにも自信がない。しかも今から輝奈子が来るらしい。いや配信で言ってるんだけどな。話すネタが思いつかなくて気付くとアニキの話になっていた。
「あの時の握る力覚えてないけど、握力25は変わってないらしい」とあの時は何とも思っていなかったことをさも可愛いことのように話してみる。当時はまさかアニキが女の子になって彼女にまでなるとは想像していなかったから可愛いとかではなく苦労しているんだなぁと思っていた。
『女の子だったっけ』
『可愛らしくて草』
『よし、同人ネタいただき』
『おい、変態』
「だいぶ前に温泉に2人で行って、その時は男だったけど、暗い道通って帰ったら、めちゃくちゃくっつきながら声がだいぶ細くなってた。可愛かった」
さらには「そういえば、昔手の大きさ比べたことがあってその頃も男だったけど、小さいって言われてる俺の手より小さかった。可愛い」と話す。
『その人の身長は?』
「身長な。俺が168ぐらいで、その人の元々の身長は158センチって言ってた。今の輝奈子と同じぐらい」
コメントで『彼女さんの可愛いところをお願いします』ときていた。輝奈子はどんな反応を期待してるだろう。
そんなことを考えながら「全部可愛いんだけど、声がめちゃくちゃ可愛くて、芯がある強い声と儚い可愛い声が聞けて、性格が女の子らしくて可愛い。手作りの麻婆豆腐美味しすぎたし、ナス入れてたけど、目をギュッと瞑って頑張って食べてたのも可愛い。どうしよう。これだけでも多分3時間ぐらい語れるけど聞く?」と答える。
『そ、それはいいです』
『結構です』
『ノロケで草』
「豚骨ラーメンの後にキスしてくるの意味わからんくない?」
『それな』
『何十回聞いても面白い豚骨ラーメンキス』
『トレンドがラーメンで草』
『輝奈子さんをアニキと呼んでるのなぜですか?』
「それはアニキがもともとは男で俺の親友だったからだな。にしても今のアニキは可愛すぎて男だった頃とは全然違う。たまに恐ろしいことをしてくるから、男の毒だな」
『男の毒とは?kwsk』
『性欲処理とか説』
「そう、それだ。男が憧れるシチュエーションを不意打ちでしてくることがあるから、物凄く神だけど自制心が試される」
『ヤッたらいいのに』
「それができたら苦労しない。この前のクリスマス前にラーメン食べた時もシャワーと間違えて俺のエクスカリバー握ってきたり、俺のエクスカリバーなめ始めていたりしたからな。そのうえでめちゃくちゃ綺麗な声で親父ギャグだぞ」
『めちゃくちゃエロくて草』
『女神だろ』
『そんな彼女実在すんのかよ』
『空想おつ』
『エロ展開にしれっと混ざる親父ギャグで草』
『激面白親父ギャグまで3・2・1』
「今日は寒いね。寒冷地帯かな?細川でも斯波でもないけど。これ彼女が言ってたけど意味わかるか?」
『何にかかってんの?寒冷と寒いに意味がありそうだけど』
『あ、日本史のテストで室町出たからわかりそう。細川も斯波も管領だから管領と寒冷をかけてるんじゃない?』
「正解だ。わかると感動できるけど、面白いやつではないんだよなぁ」と呟く。
『それな』
『ほかにはないの?』
「パッと思い出せる奴はないな』
正月早々輝奈子が来るなんて心臓に悪い、でも胸がどきどきして楽しみにしてしまっている俺に気付いた。
輝奈子はわくわくしすぎたのか「ずっと会いたかった。寂しかったんだからね」と抱き着いて来る。俺は「お、おう。あの、配信」と戸惑った。だって配信してるし、普段の輝奈子ではあるがだいぶ様子が違う。
輝奈子は「そうだね。でももうちょっと優斗の胸の中にいたい。にゃ~」としなだれかかる。ちょっ、おま、近い。また、ジャスミン茶だな、これ。配信してるんだけど、これは輝奈子から見てどうなのだろう。気付いてないわけはないよな?
俺が「だから配信」と抱きついたままの輝奈子に言うと輝奈子は「もしかして、配信に声乗ってたとか?」と我に返る。俺は「その通り。思ったより話し続けられたから」と言うのと同時に輝奈子は「にゃーーーーーー」と叫ぶ。
『鼓膜ないなった』
『にゃー可愛い』
『叫ぶときは安心と信頼と実績のある「にゃー」に決まり』
『↑どんなCMだよ』
『謎のCMで草』
「以上、ウチの彼女の一部分でした」と俺はおどけて見せた。輝奈子は「ちょっとどっきりなんて仕掛けてくると思わなかったよ。ひどい」と抗議してくるけど俺は「でもアニキ、サプライズ好きって言っていただろ?あと個人的に素のアニキの面白さを広めたい」といたずらっぽく微笑む。やっぱりウチの彼女可愛い。
「ずるい。怒るに怒れないじゃん。今度は優斗にも仕掛けてやろうかな」と頬を膨らましてる。リアクションがアニメみたいだ。
「やってもいいけどアニキより面白い反応はできんと思う」
「それでもいいの。負けたくないもん」と膨れている彼女が愛おしく思えた。
『主さん可愛くて草』
『主さんみたいな彼女欲しい』
『うちも頑張るわ』
「寒くないか。そろそろ入ろうぜ」
「あ、うん。そうだね。さっっむ」
「さっむ」の声がだいぶ高かった。凍えそうな寒さだった。昔から可愛い声出てた気がするけど、最近更にかわいい気がする。
『「さっむ」の声可愛くて草』
『声可愛すぎる』
『こんなかわいい声の人が豚骨ラーメン食べた後でキスしてくるの脳がバグりそう』
「ちなみに見た目もめっちゃ可愛いぞ」と俺が自慢をかましていた。輝奈子は仕返しに「いやいや、優斗もかっこいいもん。違う。可愛いんだよ。女の子に慣れてない感じの優しさも、輝奈子を優先してくれるところも。あと、たまに淹れてくれるコーヒーが美味しいところも好き」
中に入って手を洗いうがいをする。で、座ったら俺は「コーヒー飲むか?」とお湯を沸かし始める。輝奈子は「うん」と返事をする。そして、ミュートを解除する。
「さっきぶり、夢幻桜輝奈子だよ。コメントめちゃくちゃ盛り上がってたね。何で盛り上がってたの?」
『ノロケ』
『彼女自慢が凄かった』
『異世界だった』
『俺の知ってる恋愛ではなかった』
「優斗、何言ったの?」
「豚骨ラーメンキスの始まりと伝説のオヤジギャグ」
輝奈子は、顔を真っ赤にしながら「恥ずかしっ。隠して」と俺の背中に隠れる。それに俺が「声乗ってるぞ、配信に」と淡白に言うと「にゃーー」と叫んでいた。
『本日2度目の「にゃー」いただきました』
『にゃー可愛い』
『今北産業』
『豚骨ラーメンキス、伝説のオヤジギャグ、にゃー』
『OK、理解』
『バレンタインが楽しみ』
『それな』
「あ、コーヒー入ったぞ、ミルクいる?」と聞くと「大丈夫。ありがとう」と微笑んで、小さな口で確かめるようにコーヒーを飲んでいた。そういえばアニキ猫舌だった。何口か飲んで「美味しい。ほんとに落ち着くんだよね」と俺に感想を述べて、安心しきったような眠たそうな表情をしてきた。
俺は「そうか。アニキ、ブラック好きだよな」と言うと、輝奈子は「うん。おいしいからね。でも、カフェイン強いのかな。眠い」と言いながら微睡む。そういえば、そうだった。彼女の弱点だった。コーヒーを飲むといつも眠ってしまう。疲れてるのか?
コメント欄が『カフェインで眠くなるの初めて聞いた』とか『眠ってるの見たい』とかで溢れていた。俺は「寝るなら配信切るか?」と聞いたけど、睡魔に抗って輝奈子は「大丈夫」と返し、質問に答えようとする。
『コーヒー派ですか?それとも、紅茶?』
「紅茶ぁ」と答えた時に、落ちた輝奈子に布団をかけた。どうしてこんなにかわいいのだろう。いつまででも眺められそうな可愛さだ。そういえばだいぶ前にライブの日程貰ったけど、しあさってだった気がする。俺は、まだ配信を続けていた。輝奈子の寝息の音を聞きながら。その時のコメント欄はこんな感じだった。
『アバター落ちてない?』
『主落ちた?』
『コラボ相手だけ残るスタイル』
「確かにな。輝奈子は本当によく眠るよ。どんだけ疲れてんだよ、アニキ」
『普段アニキ呼びなのか』
『コーヒー飲むと寝落ちするのはホントらしいな』
『寝息可愛い』
『寝顔見たい』
『コーヒーで寝落ちするのは可愛すぎる』
『お酒とか飲まさないの?』
「飲んだことはあるけど、ホラー見てて怖かったのと薬とのかみ合わせとか考えてあんまり飲んでなかった」
『薬って何か病気?』
「病気じゃないけど、月のものが重いらしい。俺にはわからん」
『頭とかお腹がめっちゃ痛くなるし、血が出るんだよなぁ』
「らしい。1か月くらい前うちに来たときに初めて血が出たらしくて焦ってたのも可愛かった」
『そうか、男の子だったもんな』
『輝奈子さんの髪の毛の色教えてください』
「黒だよ。本人に見つからないようにしろよ」
『見つかってんだよなぁ』
『リクエストあったしなぁ』
『同人誌作家にご本人様からの許可の上にリクエストは草なんよ』
「マジかよ。まぁ、アイツ自分自身のことを知りたがる性格だしな」少しだけ「アイツまじかよ」と思った。
『ちなみに見てたものとか気になりませんか?』
『アレ見せる気か?』
「調べた。少年が女装させられてるやつ多いな」
『彼氏に同人のネタばれるのいやすぎ』
『strengthのライブ行ったけどマジで普通の人だった』
『いつのライブ?』
『5年前、初期のライブ』
『あー、拠点が東京にあった頃のやつか』
『僧侶無双リアタイ出来た俺、勝ち組』
『で、どんな顔だった?』
『別にかっこよくもなければ、肌もそこまできれいとは言えなかった。身長も低かったし』
『才能だけの人だったのか』
『身長どのくらいだったんだ?』
『俺の肩ぐらいまでしかなかった』
『ちっちぇ』
コメントはここで盛り上がっていたと後でアーカイブを見直した輝奈子に言ったら恥ずかしそうに俺の胸に飛び込んできた。
『彼氏さん、ちなみに今彼女の寝姿は?』
「めちゃくちゃ小動物見たいな体勢で寝てる。たまに凄い寝方してるけど。今は丸まってる。ホント猫みたいなんだよな」
『彼氏さんもずっと同じ方向向いてる気がする。どこ見てるの?』
「もちろん。輝奈子だけど」
『彼氏さんも彼氏さんで輝奈子さん好きすぎで草』
「うにゅー?」
輝奈子が声を上げる。俺はそれを見て「どうした?起きる?」と輝奈子に声を掛ける。輝奈子は「もうちょっと寝る」と再び眠った。
『寝起き声可愛い』
『寝息配信とかいう需要しかない配信』
『豚骨ラーメンさん寝落ちがトレンド入りしてる』
『呼び名豚骨ラーメンで定着は草』
「最後に告知だけして終わるわ。豚骨ラーメンさんライブするってよ。日程も聞いた。1月4日、つまり、3日後に東京スカイネットホールでライブがある。10月ぐらいからライブは決まってたらしい。チケットは売り切れたらしいけど、多くの人に届けたいからと同時配信で第一部だけは見えるらしいので、よかったら来てねっとのことです」
よかった。忘れずに告知できた。にしてもいつになったら起きるのだろう。よく寝るなぁ。
『絶対見る』
『豚骨ラーメンライブをトレンドに入れようぜ』
『おう』
と大盛りあがりのなかで、配信を終えた。せっかくなので宣伝効果を見ておこうとウィスパーを開くと『豚骨ラーメン寝落ち』と『豚骨ラーメンライブ』と『豚骨ラーメンニキ(ネキ)』がトレンドに入っていた。何でだよ。
「うーん、おきたぁ。今日何日?」全部に濁点が付いたような声で輝奈子が目覚めた。相変わらす、寝顔が天使だった。ライブ八時間本当にできるのだろうか。物凄く疲れてそうなのに。携帯に夢中になっていた輝奈子に俺は「仕事か?」と聞いた。
「そう。明後日東京来るんだよね。ホテル抑えてるって話だいぶ前にしたけど覚えてる?」
「すまん。バタバタしてて忘れかけてた」
「そっか、予定あいてる?」
「なんかあったなぁと思って謎に3日間開けてた」
「よかった」
本当に俺と同じホテルに泊まるのが楽しみで仕方ない。きっと小説のファンの方からは「あんた、そんなに彼氏の家に泊まっているのに何を楽しみにしてるの?」なんて言われてしまいそうだ。
俺は「行きたいとことか決まってるのか?」と聞いた。デートコースとか考えられたらいいな。でも、東京知らないし、案内してもらえたらありがたい。
輝奈子は「うーん。昔いたところあたりを回ろうかと思ってた。おいしいラーメン屋とそば屋と大学に行ってた寮かな。私をもっと知ってほしくて」とアピールする。幸いホテルからも割と近い。
「そうか。楽しみにしてる」
「私も。あ、そうだ。きっとそういう展開になるからその時用のゴム、サイズ調べといてね。見栄張らなくていいから。だいたい分かるし」
なんて輝奈子は言ったけど、女性側から言うのってどうなんだろう。なんて思ったけど、今身籠ると結構大変な時期なので、避妊は大事である。俺等男性は、たまにそうしてくれて当たり前とか思ってしまうよな。洗濯とか食事とか。俺は違うと言えるように輝奈子を守りたい。
「お、おう」
俺は輝奈子がソノ気になっていることに戸惑う。もしかして、輝奈子は男が性欲モンスターだと思っているのだろうか。輝奈子の性欲が強いだけだと思うが。
輝奈子は「あ、多めによろしくね。あと、いらないタオル数枚持っておいて。私も持っておくけど大変なことになりそうだから」と言って微笑む。また、たくさん出すつもりだろうか。あれ、掃除大変なんだけどなぁ。
俺は「おい。抑えろよ。って言いたいけど、無理なのわかってるから。タオル持っていくわ」と苦笑いしている。苦笑いするしかない。雑巾買っておこう。年始早々雑巾を買う俺。なんだろうなぁ。
輝奈子は「ありがとう。観光旅行に近いはずなのにタオルって不思議だよね?」とふと思ったことを口にする。
「そうかもな。でも、ソウイウ事するならアニキの場合必須だろうな。ホテル側に迷惑かけるわけにもいかんかろ」
「そうだね。このエピソード話す?ライブとか生放送的なやつで。最高に私が私してるけど」と悪戯っぽく笑う。
「やめときな。ただ、タオル持ってきた準備のいい女の子的売り方のほうがいいと思う」
「そうだね。万が一が頻繁に起こっているもんね。ソウイウ事する時に」
「分かってるなら抑えろよ」
「無理なのわかってるでしょ?あと、単純に輝奈子の性欲が強いからかな。もう少し欲を抑えれたらなぁ。俺が可愛いから無理なんだよなぁ。枯らしたらごめんね」
「どんだけする気だよ。ライブに影響出ないようにしろよ」
「わかってる」
「絶対腰痛めるからほどほどにしような」
「わかってる。止まれたらね」
「アーティストが腰痛で動けませんはダメだろ」
「わかってる。楽しみだね、東京」
「おう。そうだな」
起きてそんな話をしていたらお腹が空いて来た。輝奈子が「お腹空いたね。何食べに行く?」と聞くと俺は「近くにあるラーメン屋でかまんかろ?」と返してきた。輝奈子は「そうだね。博多豚骨美味しいもんね」と返す。
相変わらず豚骨ラーメンを選んだ。全く同じメニューを。2人ともが。
「うまいな」
「そうだね」
こんな些細な会話で笑い合って。
昔東京にいたこともある輝奈子は、「昔、博多豚骨より太麺の方が好きだったけど、博多豚骨もいいね。紅生姜も。個人的に好きなのは辛もやし」と俺に話しかける。ラーメン屋で別のラーメンの話をするのは悪いことだろうか。
「わかる。うまいよな。東京行ったらラーメン食べるのか?」
「もちろん。あそこの煮干し豚骨ラーメンおいしいんだよね。特に黒こってり。太麺としっかり絡むスープ。あと、黒のマー油だっけ?なんかそんな名前のやつもうまかったなぁ」
「がっつり食レポするのかよ」なんて俺が呆れたような掠れた声でツッコミを入れるけど「美味しかったし、他にあんなラーメン知らないもん」と懐かしい気持ちに浸るような表情をしていた。
「そうか。東京楽しみだな」
俺のかすれた声だとそこまで楽しさが伝わってこないけど、輝奈子は知っているだろう。俺が本当に楽しみにしていることを。そう信じてる。輝奈子は「うん。おそばも行くつもりだけど、いいよね?」と聞いてくれた。だって俺も輝奈子の事をもっと知りたいから。
俺は「おう。まぁ、腹の容量考えろよ」と心配した。輝奈子、無理しがちだもんな。それを知ってかしらずか輝奈子は「わかってる。昔と違うもんね。肉体が」と微笑む。幸せだ。
「そうそう」と俺は返す。ほんとに大丈夫だろうか。フラグに思えて仕方がない。
で、食べ終わり店を出て公園を歩く。相変わらず同じ光景だが、彼女のライブを控えてると思うと特別に感じる。我が彼女ながら、ハチャメチャをしたなぁ。バイトの翌日に前ノリして次の日ライブだもんなぁ。
いや、いつも通りだわ。小説2作をお手玉制作しながら、バイトして、暇な時に曲作って、カラオケ行って、学校行って、彼女作ってサークル掛け持ちしていた、あの時と比べると屁でもない。アニキが詰め込むのはいつものことである。
だけど、詰め込みすぎなんだよなぁ。サークル3つ掛け持ちしてそのうち2つで幹部して、SNSでアピールするために動画作って、資料も作って、プレゼンして、結局実らなかったかったけど、その上でバイト週4日入れていたんだもんなぁ。今もバイトはあるけど。その上でアニキはその時、彼女と遊んでたもんなぁ。今は彼女じゃないけど。どれほど詰め込むんだよ。
ハチャメチャすぎる。あぁ、忙しそうだ。ゆっくり休んでいる日はあるのだろうか。相変わらず予定を詰め込みすぎなんだよなぁ。せめて俺の前だけでもゆっくりして欲しい。
「どうした?」と俺が声を掛けると、「最近忙しかったなぁって、昨日までバイトして1日休んで、明日12時からバイトで明後日東京行って、明明後日ライブ。明明後日のリハが8時始まりのはず。だから7時には起きてないといけない。メイクも向こうでし直すから、しあさっては5時半起きかな。6時半には家出るかも」
「鬼のように忙しいな」という俺の言葉に「それな」とだけ返す。母上には、ちゃんと彼氏の家に泊まると言ってあるらしい。父上にも言ってやれよ。
「ねぇ、1カ月前温泉誘ってくれたじゃん?行く?」と俺を温泉に誘う。俺は「おう。寒くないか?」と聞く。
輝奈子は微笑んで「大丈夫。いこ?」と手をつなぐ。俺は「おう」と繋ぎ返して、輝奈子の手がやっぱりかわいらしくて小さい手だなぁっと思った。かわいい。
何キロあるのだろうか。結構な距離を歩いたはずなのに全然距離を感じない。なぜだろう。その答えは簡単なことで「ただ、大好きな人がそばにいて、話しながら歩いてるから」である。
更衣室は別になる。当たり前だ。1人で男湯に入るのはいつぶりだろうか。そんな事を思いながら、輝奈子と一緒に風呂に入った事を思い出して不意に隆起しそうになった。
その後は炭酸泉に入ったり、露天風呂に凍えながら入ったり、サウナも流行ってるから5分ぐらい入って水風呂に入って凍えて、あったかいお湯で温まって体を拭いてドライヤーをして、出る。ここまで何分だろう。待たせてないよな。
俺はさっさと着替えてロビーに行く。輝奈子を待たせたくないし、あのレベルの美少女だと、襲われそうで怖い。
「おう。輝奈子、温泉良かったな」
「そうだね。気持ちよかった」と何気ない会話をするが、周りから「きなこ?もしかして夢幻桜?」とか「えっ?strength来てるの?」とか聞こえて話に集中できないし、羞恥心を刺激される。やべぇ、やらかした。ごめん。輝奈子。
でも、ちょっと待て。なぜだ?確かに輝奈子はバズった気もするし、夢幻桜輝奈子として活動してるけど、本名じゃない可能性だってあるよな?なんで?おびただしい数のクエスチョンマークが脳内に花畑を形成する。
「あの、夢幻桜輝奈子さんですか?」と勢い込んで聞いてくる女の子にたいして輝奈子は「ええ、まぁ、はい」と返事をした。
その子は「ファンです。サインください」と言って輝奈子に色紙とサインペンを渡す。よく見たら従業員かもしれない。誰かのお祝いしようとして、たまたま持っていたのだろうか。
よく考えたら、なんで夢幻桜読めたんだろう。配信見てるんだなぁ。1週間空いたし、まだ、2回しかしてないはずなのにどうしてバレた?俺でも初見で読めるか怪しいぞ。
なんて考えてると、「ありがとうございます」とそれはもう嬉しそうな顔で喜ばれた。だから、輝奈子はその子に聞いた。「何きっかけで知ったの?」と。そんなに憧れる部分あるだろうか。あるな。あのかわいさだよな。
「もちろん。豚骨ラーメンキスですよ。バズってるの見て配信リンクから飛んだら、それはもう面白い人だったから」
なんだろう。これ以上聞きたくないと思ったのか?「そうなんだ。ありがとう」と言って、逃げるように俺に隠れる。俺は普通に座ってスマホ見ていた。遠目で見てただけだけど、だいぶ凄い人気みたいだ。あと、ラーメンキスかよ。そこきっかけはヤメて欲しい。
「お友達だろ?」と茶化す俺に輝奈子は「違うよ」とツッコミを入れてくる。
「彼氏さんですか?ファンです。サインください」と俺にまで迫ってきた。俺は「お、おう」と言いながら「優斗」とだけ漢字で書いてサインペンを返した。
輝奈子は「浮気したらダメだからね」と俺に釘を刺して来るけど、俺は「しないし、できないの知ってるだろ」と返した。そういう人がコロッといってしまうこともあるんだよな。知ってる。でも、輝奈子ほどかわいい物はいない。
で、ファンの子は「大丈夫です。これからもお幸せに。私は傍から眺めてるだけで幸せなので、また、ライブの配信楽しみにしてます」とガッツポーズしながら去っていった。
それを見て「嵐のような子だったな」と俺は呟いた。輝奈子も「そうだね」と微笑む。なんだ、この日。
わけがわからないなぁと思いながら、歩いて帰る。手を繋いでいると、こんなに寒い冬でも少し温もりを感じる。その心の底から湧いてくる多幸感に満たされていく。
「優斗は結婚とかどう思ってる?」寒い冬の大きな星空に溶かすように呟く輝奈子。
「そうだな。実感はわかないけど、一緒にいたい事だけは確かだろうな」と返す。だいぶ不器用な答えだな。でも、今まで上手くいかないことがありすぎて不安だから結婚までは考えていいかわからない。
「でも、就職県外でしょ?どうするの?うちはしばらくの間は地元で働くつもりだけど」
「俺も地元で就職したかったけど、お金を取って大きい会社にした。配属はまだ分からんからな」
「私も。配属決まるの2月らしいよ。この前会社から連絡来た時に聞いた。うちは徳島県内で仕事するつもりだけど。ライブもするだろうしなぁ。3年ぐらい働いたら社会福祉士取れるの。だからそれ取ろうかなって」
「そうか。ライブあるなら働かなくてもよくない?貯金もあるだろ?」
「それはそうだけど。人間でありたいから。働くつもり。多分離れるね。だから1週間に1回くらいは連絡取ろうよ」
「予定はわからんけど。それもいいな。たまには声聞きたいからな」
「私も」
なんて色々話しながら帰ってきた。着いてコーヒーを飲みながら、映画を見る。明日バイトだから、早めに帰らないとなぁ。
ちょうど、キスしてるシーンの時に眠った。今日もいろいろあったなぁ。おやすみ、輝奈子。
俺も男のルーティンをして眠る。輝奈子の布団がはだけていたから布団をかけ直す。安心しきったように布団と直角に寝ているのを見て「お前なぁ」となりながら寝る。これ、同棲するとしてもダブルベッドは辞めておこう。蹴り飛ばされる未来しか見えない。




