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バイト

闇夜に輝く月


沈む海底。


空白に支配された闇が私を包む。ただ、午前に配信をして、昼を食べて、昼寝をしているだけなのに、心中を闇が蠢く。しかも彼氏である優斗とも話せたのに。滅びへと誘う疲労が、焦燥が、私の息の根を止めようとしている。どこまでも墜ちていくような、沈むような、埋没して消滅してしまいそうな私がいた。


世界とは。


私とは。


そんな問いが私を突き動かしていた。限りなく虚無に近いindividuality(個性)を無数のペルソナで作り上げたpersonality(個性)。それらを合わせ、ごちゃまぜにしたchaos(混沌)。それが私のidentity(個性)だろう。


薄い独立した自我像を、数多の他人から模倣した個性でコーティングして、それを更にごちゃまぜにして、「わかってもらえないのは私というものが確かに存在していることの証左」だと考えている。


今生きている、この私という人物は何者なのであろうか。



作家。


多くの人は私をそう呼ぶ。本当に私でなくちゃいけなかったのだろうか。このコンテンツの溢れた世の中で。誰かが誰かの模倣をして、模倣したものの組み合わせで新たなものを作り出す。本当のオリジナルは滅亡してしまったのではないか。他人と言うalternative(代替品)がいる中で、私である必要性はあるのだろうか。私とは何だろうか。


原初の私に戻ってみたい。だが、今の私を気に入ってくれる人がいる。だから死ねない。私はちゃんと死ねるのだろうか。このまま生の牢獄にとらわれたまま、魂の開放ができないのではないだろうか。生き返れるとわかっている状態で魂を開放してみたいと思うのは、おそらくただの身勝手だろう。


どこに向かうかわからない中でたった1つ希望が見えた。それが優斗だった。このまま、老いて枯れて、病気をして、やがては過去の遺物として風の前の塵のように風化する。主君の為に命を燃やした武将の息吹も、今や只の話のネタに成り下がっている。やれ、「この武将が好き」だの「この人かっこいい」だの。その人物の苦しみ、迷い、孤独感。そういったものを現在の価値で測ろうとする。


私も政宗が好きだと言っているが、きっと当時の政宗の妻、愛姫には負けるだろう。現在の私でしか測れないからブーメランと言われるのだろう。それでいい。だが、現実と言うのは兎角残酷で、考えて、考えて、考え抜いても答えが出ないこともあるだろう。


「在る」


それが今の私の状態だろう。死ぬこともできず、ただ存在する。この世に何かを生み出せただろうか。小さいことしか気にならない。私なんてどうでもいい。ただ、世界の幸せを祈る。私を生贄に人の幸せを生み出せるなら、人類の繁栄に寄与できるなら、喜んでこの身を差し出そう。


時間軸への違和感。多くの人は、せいぜい「昭和の時代はよかった」とか「Z世代やばそう」とかだろう。私は「恐竜時代はよかったなぁ」とか「江戸時代はよかったなぁ」とか思うようなズレを感じている。時代錯誤かもしれない。生まれた年を最近だと感じる時代観。


円周率をπと置くような、循環小数をAと置くような、本来はそれではないものを無理あり形にするような。全容のわからないものを形にして、それでもわかってもらえない。


そう嘆くのは滑稽だろうか。誰もわかってくれない。理解はされたい。でも、理解したつもりになって欲しくない。理解されることは私にとってオリジナルの消滅を意味する。際限なく取り込んだ自我は内部から崩壊する。まるで、スライムに取り込まれた人間が意思を持って飛び出てくるような。


他人に共感したいけど、individualな自分、独立した(個人)としての私を失いたくないというジレンマ。他者に迎合するのは簡単だ。しかし、作家としての私は常にマイノリティーであることを意識してきた。にもかかわらず、売れてしまった。


多数派の意見は重要だ。そんなことはわかっている。かのベンサムも最大多数の最大幸福とか言っていたし。でも私はマイノリティーでありたい。その意味で、この日記がほかの作品と一線を画すならそれは私の個としての存在の証左になるだろう。


なんて、ただバイトに行くだけなのに。どうしてこんなに心が渇くのだろう。今日は確かに1番症状が重い。というか、さっきから重くなり始めた。


赤く染まる下着に付けたものと、滅びゆく肉体を感じる。私も、この現世という闇夜の中でキラリと光って散りゆく桜のように消えて行くのだろう。


闇夜に輝く桜のように。


さて、この滅びゆく肉体で一花咲かせて参りましょうか。


ただ、アルバイトに向かうだけだろうが。確かに前も重かったけど、優斗がそばにいたから何とかなった。でも、今は優斗がそばにいない。しかも、親となんて話したくない。


あの時は一緒に何かをできたのに。このまま死ぬのだろうか。今日は血が多い。股の下で殺人事件が起きている。そして、沢山のヘモグロビンが外の世界を知りに行って死んだ。


チャリに跨った。行方はバイト先。乗って風を切る。歩道にめちゃくちゃ遅い歩行者がいた。しかも、死角から車が出てきたり、信号にかかったりした。まるで、世界が私を拒んでいるように。


それでも、私は笑顔のポーカーフェイスをする。笑う門には福来る。小学5年生からの座右の銘だ。ほんとに福が来たことがあっただろうか。中学ではいじめられ、高校では何もなく、1回目の大学では馴染めず。それでも、優斗に出会えたのは福だと、確信している。


そもそも、福って来るものなのだろうか?福ってそこに有ることに気付いて、来たと錯覚するものではないだろうか。福が自発的に来るのではなく、来ていたことに気付くことだと思う。


そもそも最近、私は「笑う門には福来る」ではなく、「福来る門は笑ってる」のほうが真理だと思っている。笑っているから福来るのではなく、福が来たると信じて笑ってると、福が来たように感じるのだと思う。


だから、信じて笑うしかない。でも、私に福が来たとは感じられない。世界で1番笑っている自信はあるのに、なぜ来ないのだろう。あ、女の子になった事は福なので、神様ありがとう。あと、優斗に出会えて彼氏になってもらえたのもありがとう。


あ、見渡せばやっぱり福は来てるのかもしれない。だから、やはり来るものではない。そこに「在る」ものだ。そこに気付くと笑えるのかもしれない。私のように。


だから、福来た後に笑うのが順番かもしれない。福が来るために笑うのは違う気もする。


I guess in order, we smile after happiness comes, not before happiness comes.(私は幸せが来た時に人は笑うのであって、幸せが来る前に笑うわけではないと推測している)


Everytime we consider the happiness, we tend to take everyday life for granted, but we should realize the importance of the life we have.(幸せを考えるときいつも、日常を当たり前だと思いがちだけど、私たちが持ってる命の大切さに気付いたほうがいい)


What we have now is what we can't get in the future.(今持っているものは、未来の私たちが手にすることのできないものだ)


それは若さであり、体力だ。なんて、英語で頭に湧いてきたものを並べ、最後には日本語に戻っているし、バイトまでの道中で何やってんだ私。偉そうに語りやがって。


However, don't give up our dreams, stick to our ambitions.

I don't say "Dreams always come true."(でも、夢をあきらめないで、野望にこだわって。夢はいつも叶うなんて言わない)


それでも、いつだって笑っていたいし、誰かを笑顔にしていたい。その一端を私が担えるならそれは光栄なことであり、どんな栄冠よりも素晴らしいものだろう。


なんて、考えてるけど。さっさと働けよ、私。着替え終わって仕事に入って3時間。爆速レジスターをしながらこんな事を考えているのだ。


なんで、英語モード入っちゃったかな。めんどい。これ解除大変なんだよ?ものすごく。


Hi, thanks for coming to our store. (いらっしゃいませ、こんばんは)

訳し方おかしいかもしれないが、いらっしゃいませとは「おいでください」に近いニュアンスだと思うので、「来てくれてありがとう」にした。


そして、外国のお客様が袋を見ていたので、「Do you need some plastic bags?(袋ご利用ですか?)」と聞くと、お客様は頷いた後、悩むような素振りを見せてきた。


「I guess you need 2 plastic bags.(2袋ぐらいいるかなぁ)」と身振りを交えて答えた。


お客様は「OK, we'll take 2 bags.(ほな、2個で)」と答えてきた。最後だけ関西弁訳になったのはテンションの問題だ。


最後に、「It costs you ¥8500. You can pay at NO.3 .(8500円です。3番でお願いします)」と英語で伝える。


我ながらすごいわ。何でこんな事をしてるのだろう。頭が英語モードから戻らない。時間が時間だ、そろそろお客様も少なくなってきた。


そんな時に名古さんと話そうとしたけど、日本語が出てこなくなった。


「Oh, the number of customers became less and less. What shall we talk?(お客様減ってきたね。何しゃべる?)」


「英語になってます。なんておっしゃいました?」

「お客様減ってきたね。何しゃべる?って」

「彼氏さんとクリスマス過ごさないんですか?」

「I'd like to but my boyfriend went back to his hometown today.(今日、彼氏、実家に帰っちゃったんだよね。一緒に過ごしたかったけど)」


「だから英語で言われても。というより、実家ってホームタウンでいいんですか?」


「通じるから良くね?私も実家を何ていうかは知らん」

「そうなんですね。僕もバイトです」

「昨日は?」

「彼女と過ごしました」

「いいじゃん。まぁ、私も今日遠隔でだけど、彼氏と配信した。楽しかったよ」

「いいですね。それって僕も聴いていいんですか?」

「恥ずかしいなぁ。あと、特定されるようなこと書かないなら、いいよ」


やっと日本語が流暢に帰ってきた。


「そうですか。また、見てみます。そういえば、豚骨ラーメン以降何かありました?」


「2回目の豚骨ラーメン話したっけ?」

「聞いてないですね。てか、2回目したんですか?」

「うん。濃厚だったなぁ、あの日は。豚骨ラーメンの後、別のァーメンもしたみたいだし。気分で酔っちゃって、そうなった」

「もしかしてソウイウ事になったんですか?」

「らしい。記憶飛んでるけど。彼氏に昨日凄かったぞって言われて気付いた」

「そうなんですね」

なんか凄い話してる気がする。もっと普通のノロケをしたい。どうしよう。頭の中に彼氏の白いビームをペロッとしてしまった日が湧いてきた。


私はそれを泉の深く、底に埋めるように沈める。深海に眠る秘宝のように。


私自身が桜であり、人の命もまた桜。人の世はいつ散るとは知らぬ宿命(さだめ)。ただ、春を待ち、ただ芽吹き、咲き誇り、散る。


この現世という闇夜に輝ける桜となるならば、燦然と輝く1本の桜の大樹になろう。


まだ、死んではいられぬ。咲き誇り、新たなる春にまた芽吹くように。


バイト終わりに書いたこの日記を見て、冷静になった私は、なんだコレ?ってなった。どこ向けの日記?何でこうなった?


果てしない疑問符が浮かぶ中、今日も思い出の備忘録として小説を書き上げる。

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