バイト
さて、結婚の話もなんだかんだ一件落着した。で、今日はバイトがある日だ。今週も凄く色々あった。月曜日は豚骨ラーメンキスをして、火曜日はお買い物した後キスをして、水曜日に別の友人との結婚話をまとめて、それをその日のうちに撤回しようと母上と話し、父上にも話した。で、今日が木曜日である。
「さて、何をしようかな?とか言ってもバイトあるし、授業ないけど、何しよう」
いろいろ終わって気分の良い私は絶好調である。テンションだけで、言葉の意味がワケワカメになったかもしれない。そんな時に「魔沙斗、朝からテンション高いけどどうしたん?」と妹の奏音が声を掛けてきた。
「おう、おはよう。学校は順調か?」
「まぁ、それなりかな」
「そうか」
普段あまり話さない気もするが、よく一緒にカラオケに行くほど仲がいい。言葉がなくても分かり合っているみたいな関係だと思っている。
「魔沙斗こそ順調?」
「順調かな。輝奈子に改名したけどね」
「そういえばそうだったね」
ウチでは今でも魔沙斗の名前で呼ばれている。まだ、輝奈子という名前を呼び慣れていないのだろうか。
最近はゲームでも名前を変えて、夜桜輝奈子という名前で活動している。せっかく授業はないが、バイトがあるので、何をしようかとても迷っている。
そこで私は優斗に「月曜日と火曜日遊びに行っていい?クリパしよ」とTXTする。優斗からはしばらく帰ってこないだろうから、昼ぐらいに大学行って、久しぶりに「美咲さんを囲む会」にでも、参加しようかしら。
いわゆる昼飯を食べる仲間だ。私は美咲さん達とのグループで、「今日は参加できそう。報告たくさんある」と送った。すると、一番既読の早かった元カノが、「優斗さんとどうなったとかですか?」と送ってきた。
「それもそう」とだけ送る。ほんとは参加する気無かったけど、暇だから仕方がない。いや、小説書けば良いんだけど。最近めちゃくちゃ書けるし。ノロケ話ばかりしに行くのかなりヤバい人かもしれんけど、幸せをアピールしたい。あー。私ダメなヤツだなぁ。
「暇だから、美咲さん達とランチしようと思うんだけど、優斗も来てくれない?事情は説明すべきだと思って」とTXTする。
結局小説を書いて、昼前になった時に、やっと返事が来た。「確かに、そうかも。でも、行きたくないんだが」と返ってきた。さらに連続して、「なんで行こうとしてるの?人多い?」と、「クリパ賛成。おいでよ。念の為女子用のやつとか持っておいたら?時期読めるか分からんだろ」とが送られてくる。
私は「人多いけど、襲われない為に事情説明しておきたい。あと、元カノにも協力してもらったし、義理は果たしたい」と送る。優斗からは「そうか。しょうがねぇな」と送られてきた。来てくれるのか。
二人きりでご飯食べるのが良かったかもしれない。でも、暇だし。バイトあるけど、暇なんだよね。結局真っ白なシャツと黒ズボン、黒のスニーカーを履いて、上に紺のアウターを羽織る。
今日も晴れてて、気分も晴れた。優斗に話しただろうか。私の結婚について、親と話したこと。やっぱり説明しておきたいから、今日1回だけ行こう。
優斗は「今日俺いるの?」と不服そうな顔で言ってきた。そんなこと言いながらも来てくれるところが、彼の優しさだ。私は「今日、来てくれてありがとう」と微笑みかける。優斗は「まあ、仕方ないしな」と苦笑交じりのかすれた声で言ってきた。
「え?優斗君も来てくれたが?ずっと来てくれんき、ウチの事嫌いなんかと思いよった」と美咲が言った。この人のテンション、実は私も苦手である。だが、私の卓越したコミュニケーション力を持ってすれば、簡単に操れてしまう。
「あぁ、彼には無理行ってきてもらったの。多分今日一回だけだと思うよ」と私が言うと、美咲は「えぇ?そうなが?優斗君とは話たいことめっちゃあるのに」と残念そうな顔をする。
「まぁ、また、機会があれば」と美咲さんに返す優斗。ものすごく嫌そうな顔をしている優斗とは対照的に美咲さんは「また、みんなでカラオケとかカフェとか行こう」と張り切っている。
私は「また、いつか行けるといいね」とめちゃくちゃ棒読みで返す。美咲さんは「それいきたくない時のトーンや」と返してくる。「まぁ、また予定が合えば考えるよ」と返しておく。そんなときに元カノと、健翔が合流した。
私は念のため健翔に「初めまして、夜桜輝奈子です。元の名前は夜桜魔沙斗です」と声を低めに作って、自己紹介をした。健翔は少し鼻息を荒くして「魔沙斗さん、女性になったんですね。めちゃくちゃタイプです」と言ってくる。なんかねっとりとした納豆みたいな視線を胸に感じる。たまに股にも向かって視線が動く。
私は「でも、付き合うのは無理かな。彼氏いるから」と優斗の腕にピトっとくっつく。その動きを見てさらに鼻息が荒くなっている気がする。男性だった時から少しばかり苦手かもしれない。優斗は警戒したような面持ちで「そういうことなので」と念を押す。
そして、昼ご飯を食べる。私は、わかめうどんを食べる。昔はよくわかめうどんの大を食べていたが少なめに抑えている。だって太りそうだし、可愛くないとか思われたくないから。優斗は肉うどんを食べていた。健翔はカレーライスを食べ、美咲もカレーライスを食べている。元カノは、マーボー丼を食べていた。
「みんなぁ、この後授業あるが?ウチは、ないきカラオケ行きたいなと考えゆうがやけど」と美咲が言うと私は「ごめん今日バイト」と返し、優斗は「ごめん。すぐ、3限ある」と返す。美咲さんは「夢ちゃんは?」と私の元カノに聞く。元カノも「しなければならない課題があるので」と断る。健翔は「みんなでカラオケ行きたかったんですけどね」と言っているが、私は「この人たちと一緒に行くことはもうないだろう」と思っている。だって身の危険を感じるから。
私は3限もないので、9号館で動画をみて時間をつぶそうとする。すると、後ろから健翔が現れ、「女性になるってどんな感じですか?生理とか来ました?」と聞いて来る。ものすごく吐き気がしてきた。
気持ち悪くなって、女子トイレに駆け込んだ。元が男子だが、今の見た目は女性だし、健翔が入ってこられないのも女子トイレだ。何とかぶちまけずに済んだ。でも、出るとまだいるかもしれない。男だった頃は下ネタとかを話せる友達だったけど女性となった今では少し怖い。
聖剣エクスカリヴァ―の見せ合いをしたこともあるが、今同じことが性別変わった状態で求められてしまうのではないかという懸念がぬぐえない。
でも、「ずっと待っているわけないでしょ」と思ってトイレから出る。まだ、3限は終わらない。しかも、まだ、健翔がいた。彼は私の性欲が強いことを知っている。
「体調悪くないですか?」と健翔が聞いてきたので「大丈夫。ちょっと日頃の疲れが溜まっているだけだから」と返す。「もしかして、彼氏さんと関係悪かったりするんですか?」と健翔が聞いてくる。
私は「そんなことないよ」と返す。健翔は興味津々といった様子で「どこまで行ったんですか?」と聞いてきたので、「想像に任せるよ」と言っておく。裸で抱きつきあったなんて言うと想像を掻き立ててしまうから。
ちなみにまだ、貫通はしていない。婚前の姦淫は良くないと考えているけど、遠くに行くなら、彼の体温とかサムシングライクザットとかを覚えておきたい気もする。
そんな事考えながら様子を見ていると、急に「キスとかしたんですか?」と健翔に聞かれたので、キスの話題だけ答えることにした。
「私のファーストキス、豚骨ラーメンの味だった。しかもニンニクマシマシ」と答えると、「どういうことですか?」と健翔に聞かれた。きっと不満だと思われるのだろうが、そんなことはない。むしろ、したのは、私からだし。
「えっ?豚骨ラーメン食べたあとディープキスしただけだよ。何か期待した?」と私が言うと、健翔は明らかに「この人ないわー」みたいな目をしていた。
「聞きたいこととかあるの?」とまた聞いてみる。すると、健翔は「人に聞かれたくないので、送りますね」と言って、「結構血が出たんですか?」と送られてきた。
気持ち悪いけど、答えておこうか。いや、やめておこうかな。最後にこれだけ教えてブロックしよう。私は「出血だけが原因ではないけど、倒れた。彼氏めっちゃ優しかった」と返信しておく。
健翔は直接「彼氏さんの前で倒れたんですか?」と聞いてきたので、「そう。風呂場で」と言っておく。やめておけばよかった。これ、隙だらけだわ。阿呆。
私は優斗に「やらかした。いらんことを健翔に言ってしまったかも」と送っておく。優斗からは「何送ったの?」と帰ってきたので、「多少、下ネタ系のリアルを送っちゃった」と返す。優斗からは「危ないから、やりすぎるなよ」と返ってきた。私は「わかってる」と送る。
そんなやり取りをしながらいると、健翔が興奮した感じで、「彼氏さんに全裸見られて恥ずかしくなかったんですか?」と聞いて来た。私は「別に。だってウチの彼氏優しいし。ちょっと用事思い出した」と含みを持たせた笑みで答えて、逃げることにした。でも、少しムラムラするのも事実なので、もうすぐ3限も終わるし、優斗に抱きしめてもらいに行く。
私は息を切らしながら25号館に移動して、「優斗、私を抱きしめて」と優斗に抱き着く。優斗は照れた顔で「いきなりどうした?なんか怖いことあった?」と聞いて来る。私は「さっき一緒にご飯食べた男の子に手を握られたし、ちょっとそういう話しただけでめちゃくちゃ興味津々で怖かった」と泣きそうな声で訴える。
優斗は「その子とは離れた方がいいと思う」と言ってくれた。私は「ありがとう。守ってくれるよね?」とさらにきつく抱きしめる。優斗は「ああ」と言いながら抱きしめ返してくれた。
「私、撫でてほしい。慰めて。本当はただ話したかっただけなの。あなたの苦手な話題だとはわかっているから。でも、女の子になってもあまり欲が変わらなくて、困っているの。助けて」と涙声になりながら、言う。
優斗はこの細い私の髪を味わうように撫でながら「わかった。俺はそんな話結構苦手だけど、これからは付き合うから。その人と話すのはやめた方がいいと思う」と言ってくれた。彼のしっかりした胸板の感触を味わいながら、背伸びをしてキスをしようとする。意図を察してくれたのか「さすがにここはやめよう。ウチまで我慢できるか?」と聞いて来た。
私は「我慢する。でも「頑張れ」のキスも欲しいし、手ぐらいは繋いでくれるよね?」と手を差し出す。優斗は照れた顔をしているが、少しばかり慣れてくれたのか、握り返してくれた。やっぱり、この、少し痛いくらいの力強く男らしい握力が、私に安心感を与えてくれる。
優斗は「4時半ぐらいまでうちにいるか?」と聞いてくれた。私は「うん。そうする。しばらく抱きしめててほしいし、優斗の温度を感じていたい」と優斗にキスをねだるように唇を近づける。優斗は黙って唇を重ねてくれた。彼の体温と私の体温が溶け合っていくようだ。
何秒キスをしていただろうか。彼に抱き締められながらキスをされていることで心が満たされていくのを感じる。私は幸せを噛み締めながら「ありがとう」と微笑む。ただただ抱き着いたり、キスをしたりしている時間だけで気付くと4時半になっていた。
私は優斗の家を出る前に「頑張れのキスが欲しい」とキスをねだる。優斗は「バイト頑張れ」と言って唇を重ねてくれた。やっぱりこれが幸せと呼べるものだろう。
バイトはいつもより早く時が流れ、あっという間に終わった。夜、寝る前に少しだけ健翔とのやり取りがフラッシュバックしたけど優斗に満たされたことを思い出し、幸せに包まれながら眠る。