中津浦優斗から見た輝奈子3
朝も10時になるころ「おはよう」と俺は輝奈子さんに声を掛ける。俺の声で目覚めてもらえるなんてすごく幸せだ。そういえば輝奈子さんは昨日朝ごはん買ってなかった。飯作れるけど一緒に出掛けるのもいいな。
寝ぼけ眼の輝奈子さんが「おはよう」と挨拶を返してくる。こんな日々が続けばいいのになぁ。そんなことないよな。いつかは別れが来るんだ。わかっている。それでもこの幸せをかみしめていたい。
「昨日途中から記憶ない」
輝奈子さんの言葉にからかいたくなってしまった俺は「最初は手を繋いでただけだったけど膝枕みたいな体勢になっていた」と言った。本当は膝枕したのは彼女が寝てからである。
「え?マジ?」
反応がまんまアニキだった。さらに悪戯したくなって「まじ」と返す。真に受けたような表情も可愛い。
「それはそうと、朝ごはんどうしようか?」と輝奈子さんは聞いてきた。確かに昨日買ってなかったからなぁ。俺は考えた様子をしながら「カフェでも行くか」と言った。輝奈子さんはわくわくした様子で「もちろん。どこ行く?」と聞いてきた。俺の知っているお店はアニキが行ったことのない店が多い。
「なら、ここ行こうか。この前、食べてうまかった記憶ある」
そういって富田駅近くのカフェのモーニングを食べに行く。片耳のイヤフォンを外し、彼女の声を聴きながら歩く。「ねぇ、この後どうしようか?」と輝奈子さんが聞いてきた。
「温泉行くか?それとも、家?」
なんとなくアニキは温泉が好きだったから提案した。でも、なんか彼女の調子が悪そうだ。いつもならマシンガントークしてくるのに、今日はゆったりとしたテンポで話している。だいぶ黙っている。心配になって、俺は「調子悪い?」と聞いた。
「家にしようか。ちょっと頭痛い」
輝奈子さんの言葉に俺は焦った。一刻も争うかもしれない。彼女がどんな痛みを抱えているかわからないから「モーニングは行けそうか?」と聞いた。
「うん。楽しみだから行こう」
彼女の様子は本当に楽しみそうなのに少し声色が暗い。いつも以上にしんどいのかもしれない。心配だから。「無理しなくていいからな」と言った。輝奈子さんは「大丈夫だよ」ととびきりの笑顔を作る。その笑顔にさえ少し無理を感じる。
モーニングの店に着いた。スマホで時間を見ると10時。モーニングメニューのたまごサンドとコーヒーを頼んだ。俺は砂糖を入れずにカフェオレにするのが好きだ。結構香りがいい。のどに抜ける苦みも大人の男になった気持ちを加速する。
たまごサンドを食べてみる。マヨネーズの味とパンの香りが凄く美味しい。輝奈子さんはハムっという音がしそうなほど小さな口で食べている。可愛い。
コーヒーを飲むと彼女は眠たそうな顔をしていた。アニキは元々カフェイン負けしやすい。眠そうにしている輝奈子が心配になり、俺は「大丈夫?家までもつ?」と聞いた。なんとか「大丈夫」と答える。
彼女はだいぶ疲れているのだろうか。さっきから返事が生返事だ。「コーヒーと紅茶どっちが好き?」と話題をふると、「紅茶ぁ」と答える。なにかがおかしい。
授業に出なきゃと思ったのか輝奈子さんは携帯を出す。俺はパソコンで授業を受ける。そして遠隔で授業を聞く。彼女が睡魔に襲われている。輝奈子さんはうつらうつらと舟をこぐ。それでも何とか、薬を取り出す。輝奈子さんは「頭痛いけど、凄く眠たい」と言うと、俺は「わかった」と言ってすぐ布団を敷いた。布団を敷くとすぐ眠ってしまった。ごはん食べ終わってから30分も経っていない。
輝奈子さんは安心しきった顔で丸まって寝ていた。可愛い。1時間が経った。
「カレーうどん、今いらない。サラダがいい」
起きたのかと思って輝奈子さんの方を振り返る。しかし輝奈子さんは安心しきったように眠っている。俺は、彼女が起きた時に食べれるようにとサラダを作る。それと、目玉焼き。2時間が経った。まだ目覚めないから、ゲームをしてみる。
ふと、また輝奈子さんの声で「たこ焼き熱いの無理。ふうふうしてくれなきゃ、やだ」と聞こえた。どうせ寝言だろう。どんな夢見てんだ?そんなお熱いカップルごっこ照れるから嫌なんだが。やめろよ。
ゲームをし始めて2時間。まだ、彼女は目覚めない。知らない間にあおむけになっていた。少しよだれを垂らしている気もする。適当なタオルで彼女の顔をぬぐう。どんな夢を見ているのだろう。
おやつを食べつつ彼女の様子をうかがう。もう、5時間も寝ている。流石に心配になって彼女の唇に触れてみた。めちゃくちゃ柔らかい。俺の小指ぐらいの横幅かもしれない。可愛い。
彼女の手を持ち上げてみる。力の抜けた手は重たかったけど、それ以上にすべすべの肌が可愛かった。やることがなくなって彼女をただ眺める。彼女の手は、ちっちゃくてかわいい。この小さな手で、1日に何百、何千もの商品を登録しているのかと感慨深くなる。
また、寝言が聞こえる。もう慣れた。でも「洗濯機トルネード」とか「乾燥機トルネード」とか聞こえる。なんだったら声色を変えながら「乾燥機トルネード、シソ春の息吹をそえて、チェリーブロッサムハリケーン、三位一体スプリングトルネード」とか言っている。何かの必殺技だろうか?技の名前ださい。
寝言の内容は残念だが、彼女の寝顔は本当にかわいかった。でも、可愛いだけでなくアニキらしいたくましさも感じていた。アニキは昔から「男らしさ」にこだわっていた。そして、アニキは「男らしく」なれない彼自身を責め、自分は「男らしく」あれないから「女の子らしく」振舞うのだと言っていた。男らしかったかどうかはわからない。ただ、アニキの生き方は俺にとって眩しかった。ふと、思い立ってTXTを遡る。そういえば、彼女が性別変わったとTXT送ってきてからまだ1週間しか経っていない。
俺は、その事実に驚くこと以外はアルバイトをして、寝て、授業を受けるという普段とほぼ同じだったのに、彼女はその間に戸籍を作り、保険証も作り、免許と学生証を作り直して、週4日でアルバイトをして、今寝ている。TXTを遡ると彼女がどれほどのことをしてきたのかがわかって、自分の小ささを感じる。こんな小さな体、こんなにも小さなてのひらなのにどれほどの重みを抱えて生きているのだろう。俺は覚悟を決めた。もし、今日彼女が不安を訴えたらどんな手でも使って彼女を安心させようと。
それから、どれほど時間が経ったのだろうか?やっと輝奈子さんが目覚めた。輝奈子さんは目覚めると「よく寝た。今何時?」と聞いてきた。俺は、時計を見て答えた。「8時。アニキが寝たのは11時」と。どんだけ眠るの?眠り姫。王子のキスがいるかと思ったぞ。
輝奈子さんは驚きすぎて「うそでしょ?」と叫んだ。そんな彼女を見て思わず「まじだよ」とあきれた様子で答える。ゲームもしてイベントクエストも思い出したのに、なんだかんだずっと彼女を見ていた。
輝奈子さんは少し期待した様子で「ずっとそばにいてくれたの?」と聞いてきた。俺は心底彼女を愛しく思って「おう。寝顔かわいかった」といった。
輝奈子さんは「私帰ってきてすぐ寝たの?」と聞いた。俺はゲームしながら「おう」と言った。ごめん。急にイベントクエスト思い出したんだ。その様子を見て、輝奈子さんが「私の事嫌いなの?もっとかまってよ」とダルがらみしてきた。しかも、訴えかけるような顔で「かまってよ」なんて反則だ。考えるよりも先に体が彼女を抱きしめていた。
適切な言葉なんてわからない。テストじゃないんだから。だから、浮かんだ言葉を、ただ伝えたい思いを彼女に届ける。「嫌いなわけない。嫌いになんてならないよ。アニキ」と。輝奈子さんの涙が俺の服を濡らす。
俺は彼女をさらに強く抱きしめて「大好きだ、アニキ」と告白した。輝奈子さんも大好きだし、親友としてアニキはずっと心の支えだった。心の中に熱が満ちていく。その熱を彼女に届けたい。彼女はまだ少し不安そうで「中身が男だったのにいいん?」と聞く。
俺は、魂から流れてくる言葉を紡ぎ、彼女に届ける。言葉の奔流が大河となってあふれ出す。「アニキが女に変わって、輝奈子さんに出会って、その輝奈子さんに一目ぼれした。もともとは親友であるアニキだからと遠慮して、嫌われないように好きな気持ちを隠してた。でも、大好きな人の中に大好きな人がいるんだ。迷う理由にはならねぇよ」と。
魂の叫びは俺に悪ガキみたいな顔させて「で、輝奈子さんはどうなんだ?」と聞かせてくる。答えなんてなんでもいい。ただ、そばにいる許可が欲しい。ともにいたい。彼女は涙で声が上ずりながら「ずっと大好きでした。ずっと大好きです。これからもずっと」という。彼女も感情の大河に押し流されたのだろう。俺も大好きだからわかる。だってアニキの事大好きだから。輝奈子さんも大好きだから。全部ひっくるめて好きになってしまったから。
そうして、お互いに抱きしめ合った。お互いの体温が伝わっている気がする。今日は色々危ないからと思い、思いとどまる。彼女は今日アノ日なのだろう。そうじゃなくても、その兆候なのだろう。よく頭痛はその症状として聞くから。
どうしよう。こんな時間になっている。どうしよう。彼女を帰さなきゃってわかっているのに、口が動かない。彼女も立ち上がろうとしてるけど力が入らないみたいだし。彼女の母上が心配しているかもしれない。俺は「明日は17時からバイトだけど、今日泊まる?」と声を掛ける。彼女が悩んでいると思ったから。
輝奈子さんは「母上に確認を取るからちょっと待って」と言った。そして、急いで彼女の母上に電話を掛ける。涙で声が上ずってるけど。「かあさん、今日、中津浦んちに泊まる」と彼女が切り出すと、お母上は「了解。そもそも泊まるもんだと思ってた」と。絶対そんなわけはない。心配しているのは知っている。彼女も気づいているのだろう。彼女は、母親に「ありがとう」と返し、電話を切った。「あ、告白成功したこと言えばよかった」とつぶやいた彼女に「それな」と俺も思った。
「よかったな。無理して帰らなくていいし、何か食べるか?」と俺は声を掛ける。せめて何か食べてほしい。なんでもいい。ただ、倒れないでほしいとそれだけを思っていた。
「なんかお野菜食べたい。栄養が足りてない気がする」と輝奈子さんが言う。俺は昼に作ったサラダを思い出し、「これ、晩飯用に作っていたから」とサラダを持っていく。ちなみに晩飯用というのは嘘である。寝言で輝奈子さんが「サラダがいい」と言っていたからである。
なぜか、輝奈子さんは食べ始めない。どうしたのだろう。サラダの上の白いものの色が色だからためらっているのだろうか。
俺は「これ、マヨネーズだから。自分で作った」という。彼女はおそるおそると言った様子で小さな口でぱくっと一口だけ食べている。そのあとの感想が「自然な味だね」だったので「それマズいときに言う奴じゃん」とツッコミを入れる。
「おいしいよ」とほほ笑んでいる彼女を見てまた幸せがあふれ出す。雪の華が舞い降りそうだ。夕闇の中を一人歩いているような人生だったはずなのに、いつの間にかアニキと二人になって、そのアニキが彼女になって俺の隣を一生歩いてくれようとしている。いつかはもっと増えるかもしれない。彼女は急に思い出したのか「そういえば昨日のお酒残ってたなぁ。どうしよう」と言った。俺は「どっちでも」と返した。俺は思った。きっと彼女はやめておくというだろうと。だから、間接キスをする覚悟も決めた。
「どうしようかな。お酒飲むと薬効かなくなりそう」と私が言うと優斗が「やめとくか?飲めないなら飲んどくけど」と言う。彼女は悩んでいる様子だ。もしかして「どうしよう。口付けて飲んじゃった。間接キスじゃん」とおなじこと考えているのだろうか。
俺も潔癖傾向あるけど彼女なら大丈夫な気がする。だって、大好きだから。どうしよう。
輝奈子さんは「飲んどいて。ごめんね。月末だから覚悟はしてたんだけど。思ったより重い」と俺に言う。俺は「そうか。無理すんな」と言って、躊躇せず飲んた。彼女に余計な心配をかけないように。間接キッスを意識してしまわないように。意識すると飲む手が止まるから。
輝奈子さんは俺に微笑んで「ありがとう」と返す。彼女の顔ちょっと熱いな。風邪でも引いたのかな。何とか椅子に座っているけどまた眠ってしまいそうだ。
輝奈子さんはサラダを食べ終えると、「お風呂ぉ」と明らかにろれつが回っていない上にふらふらしながら風呂に向かう。流石に月に一回こんなになるんだったら日常が送れない。きっとバイトを頑張りすぎているのだろう。過労もあるかもしれない。
俺は危険を感じて輝奈子さんに「ちょっと待ってろ。すぐ準備すっから」と言ってシャワーを出す。温まってから輝奈子さんを風呂に案内する。
「服は脱げるよな」と輝奈子さんに、いや彼女に問いかける。彼女は力なく、「うん」と答えた。
ってか、そんな体調なのに風呂入んなくていいだろ。無理すんなよ。でも、あったかいお湯にあたりたいのかも。俺は見てはいけないと思い、脱衣所の扉を閉める。その後、熱があるかもしれないと思い、濡れタオルを準備する。この際、布団がどうなろうが知ったもんか。今は彼女の命が大事である。あったかいほうも準備しておこう。念のため。
そんなことをしているうちにシャワーが落ちる音がした。彼女が危ないかもしれない。俺は、ダッシュして、仕方なく脱衣所を開ける。そして、風呂場に来た。俺を信じてくれててよかった。
彼女は全裸でシャワーを出したまんま、ぺたんと座り込むように寝息を立てていた。寝ているだけだ、よかったと思った。でも、クレンジングとか洗顔とか俺にはわからないものがあるかもしれない。幸い彼女はナチュラルメイクだ。眉毛と口紅だけしているはずだ。今日はアニキと同じノリで家を出ようとしたからメイクはしていないはずだ。神様どうか彼女を助けてくださいと思った。
早く彼女の体を拭いて温めてあげないといけないと思った。その際どうしても見てしまうことになるし、手でも触れることになる。それでも、できるだけ彼女を驚かせないようにしようと思った。彼女の背中を支えた時、俺の体温より冷たいと感じた。
見てしまった時の感想は「見事だなぁ」だった。髪も俺のような硬さはなく、やわらかかった。首、肩、右腕、左腕。すべてがすべすべで驚く。こんなに柔らかい肌に包まれているのか。更に手が胸に差し掛かる。まずは、右の下の方から包むように拭く。そして左も同様に。平均より少しあるぐらいのはずだが、確かな重量がそこには存在した。更に脇を拭く。毛が生えていなかった。そして、腹、下腹部。またを拭く。股にも毛が生えていなかった。更に足も拭くがどこにも毛が生えていなかった。どうやら髪と眉毛以外どこにも毛が生えないかのようだ。
俺は神の奇跡だと思った。もし神がいるのなら「彼女の望みをかなえてくれてありがとう」と伝えよう。でも今は、彼女を助けてくれ。
全身を拭き終わり、服を着せる。たまたま、下着はあったからその下着を着せる。彼女の服を探すが見当たらない。相当疲れているのかもしれない。仕方がないので昨日仮で着せたパジャマを持ってくる。全体にだぼだぼだけどやはり様になる。神様ありがとう。俺にこんな機会をくれて。ただ、彼女が驚くし、俺も驚くからやめてくれと願う。髪を拭かないと輝奈子さんが風邪をひくかもしれないので、髪を拭き、ドライヤーを掛ける。
彼女を布団に寝かす。彼女は驚くほど軽かった。普通に両腕で運べてしまうから。こんなにいろいろしているのに眠っているなんて相当疲れているはずだ。なのに、その兆候はほぼ見えなかった。どうしてだよ。なんで言ってくれないんだよ。そういえば、アニキはよく流行の病にかかっていた。病弱なのかもしれない。アニキは真面目だから人の為だと自分のキャパシティを超えてでも成し遂げようとする癖がある。
突然彼女は「かわいい。反則だよ」と寝言を言った。俺は「可愛くて反則なのはあんただろ」と言いたくなった。安心しきった顔をしているし、「なんなんだよ。アニキめ」と思った。
こうしてみていると「本当に女の子になったんだな」と実感がわくとともにこんなにかわいい子が彼女になってくれたんだという感動が押し寄せる。俺は一生かけてこいつを守ると決めた。