日常の終わり
友達が性転換したなんて聞いて信じられるだろうか?それも、昨日まで普通に話していた友達が。
変わらない日常。何も変わらない。
はずだった。
「zzzz」
「起きなさいよ」
母親の声だ。うるさいな。2限だけだぞ。本当に眠たい。今日は11月20日。月曜日。小説を書き始めた記念日だ。
「起きてるー」
えっ?俺の声高くね?
えっ?はぁ?高くね?てか俺の腰痛くないし、かゆくないし、肩が軽い。
「ねええええええ」
下半身に違和感を覚える。なんか軽くね?
「何かあったの?」
俺の叫びに母が答える。
「なんでもねえよ」
とは言ったものの焦るわー。ちょっと起き上がってみるか。
起き上がって下を向いてみた。身に覚えのないものがついていた。ナニコレ。見たことはある。触ったことはない。とりあえず、揉んでみる。ふわふわでもちもちしている。
もしかして、エクスカリバー消えた?何となくわかってたけど。だって、これ胸に謎のふわふわでもちもちな奴ついてるし。
腕細いし。
「やったー」
えっ?女子化すんの?マジ?夢叶ったー。でも、我が16cm砲が消えたのはショックだった。俺は夜桜魔沙斗。先ほどから、女の子になりました。今日から女の子として頑張るぞい。っじゃねえんだよ。
えっ?マジ何なの?面白すぎるでしょ。朝起きたら女の子とか、わけわかめ。
変わらないと思っていても変わりゆくのがこの世の運命。
まあ、この後の典型的な展開だと、服がなくて困る、とかダボダボじゃんとなるはず。
期待するぞ。と、その前に視点変わってなくない?
「うーん。ピッタリ。サイズばっちり」
ということは、下の重量が上に来て、最適化された肉体ということか。
「ありがとう神様。ふざけんなりがとうございます」
まあ、もともと身長158cmだしな。体重は10㎏ぐらいやせた気がする。
「そして、女子平均」
「さっきからなに言ってんの。早く降りてきて朝飯食べれば?」
「はいはい。行きますよ」
着替えているとき生で見てしまったわけだが、めっちゃ肌白い。粉雪もびっくりだ。しかも、めっちゃ指長いしきれいな手をしている。心まで白く染まった気がする
降りていくと母親がいた。空気が凍った。数秒の沈黙の後、母が口を開く。
「あんた、誰?」
「魔沙斗だよ」
「えっ?いつの間にそんな別嬪さんに?」
終始驚いている母上に俺も事の重大さがわかってきた。
「知らんよ。気付いたらこんなことに」
「なるほどな。よし、病院に行こうか。ちょっと私の頭がおかしくなったかもしれないから、ついてきて」
「はいはい」
俺は、鏡を見ながら歯磨きをする。えっ?ホントに別嬪さん。この子誰?私?気づいていたが髪は長い。二重瞼に、吸い込まれるような黒い瞳、小さな鼻と口。美しいというよりはかわいらしい童顔だった。
「あー」
私が口を開くと鏡の中の女の子も口を開く。マジで女子化してるううううう。
先ほどから、何回か声出してて違和感少なかったけど、そういうことなのね。
俺はもともと女声講座を見て何度も練習し、友達とデュエットするときは裏声で女声をしていたのだ。アトピーもニキビもないし。性別と肌だけ変わってる。
この子の声、俺の裏声が地声みたいだ。ただ声量はやはりバカだった。
医者に診て貰うことになった。そこで、靴を履こうとすると、2㎝ぐらい縮んでいた。なので24㎝だ。ちゃんとサイズが見つけやすそうで安心した。メーカーによってはサイズがないこともあるから。
「靴大きいね。奏音の靴履いたら?」
母が言った。
「しょうがないな。俺の靴誰が履くんだよ」
「父さんが履くでしょ」
人ごとだと思って適当すぎるだろ。
「そうか。キャチャップ行って新しい靴買わないと。私女子になったんだし、女の子らしいのがいい」
「あまり高いのは買えないわよ」
「バイト用の黒い靴買うつもり」
「そうね。それは必要ね。明明後日バイトだしね」
そんな会話をしながら、先に病院に向かった。
県立総合病院に行くと、医者がこう言った。
「これはこれは、お嬢さん。なぜここに?」
「男だったのに女の子になってたんです」
本当に意味は分からないけどこれでいい。これしか言えない。超常現象だから。
「ほう。なるほど。そのような症例はまだ聞いたことがありませんな」
ですよねぇ。知ってた。テンプレ展開みたいだなぁ。
「別にこのままでもいいですけど。むしろ、こっちがいいんですけど」
嘘じゃない。本当にこのままがいい。だって、めっちゃ可愛いし、自己肯定感爆上がりだし。
「何かトリガーとなるようなことはされてましたか?」
医者の言葉に普通に答える。ちょっと恥ずかしいけど。
「ここ数日声を女の子にして遊んでました」
「それですね。きっとそれです。念のため市役所と県庁に報告します」
えっ?まじで?
マジでマジのマジ?
「はい」
ということで、私は市役所にやってきた。途中で2限あったこと思い出して、出席だけチェックを付けておく。アーカイブ見えないからあとで中津浦に聞こう。
「あの、性別が変わってしまったのですが」
出てきたのは、中年ぐらいの男性だった。
「それは、何か手術に伴うものですか?」
渋い低音だ。
「いいえ。朝起きると突然変わっていました。しかも自宅です」
「となると、ファンタジーですね。本人確認書類はございますか?」
渋い声で言われるとファンタジーという言葉とのイメージの乖離がひどい。大真面目な顔でファンタジーとか聞きたくない。
「マイネヌマーカードです。あと保険証ですね」
そういってマイネヌマーカードと保険証を手渡す。
「ありがとうございます」
渋い声を聴きながら、私は考えていた。何をしているのだろう。変な感じしてきた。自分のことなのに少し遠い。俺はドキドキしていた。こんなファンタジー、知っていたけど自分の身に起こるとは思っていなかった。起こってくれるなんて思わなかった。ハッピーラッキースマイルイェーイ。
「夜桜魔沙斗さんですね」
「はい」
「今あなたには選択肢がたくさんあります。名前を変えてそのまま生きる方法。肉体を元に戻す方法を探す方法。などです」
相変わらずいい声だ。
「名前を変えていきたいです。この肉体好きなので」
「では、憲法25条における健康的で文化的な最低限度の生活を営む権利を根拠とする、改名及び戸籍の性別的不都合排除に関する法律に基づいて手続きを行います」
そういって職員さんは、国民保険証の更新手続きに関する書類とマイネヌマ―カードの更新のための書類を出してきた。
「これを書いてくださいね」
そうして、フルネーム、電話番号や住所、郵便番号、マイネヌマ―を書いた。
「次に、特技を教えて下さい」
「徳川家の将軍全部言えます」
「どうぞ」
「家康、秀忠、家光、家綱、綱吉、家宣、家継、吉宗、家重、家治、家斉、家慶、家定、家茂、慶喜」
「もう一つ、本人しか知りえない情報をお願いします」
「どんな種類でもいいんですか?」
「肉体に関することの方がいいですね」
こいつ変態かもしれない。
「聖剣エクスカリバーが16cmでした」
私は結構不本意ながら、答えた。
「おそらく本人ですね」
「もういいですか?帰りたいのですが」
「はい。大丈夫です。また、新しい名前を思いついたらこの更新書類の下のフルネームの欄に記入してお持ちください」
「わかりました。ありがとうございました」
さて、帰ってきて俺はベッドでごろごろしている。肉体が変わってしまったショックと新しい自分になれる期待が入り混じった複雑な気持ちだ。どちらかというとワクワクしている。
「スミレ、咲良、桜子、鈴蘭、輝奈子、咲綾。どれにしようかな」
自分の名前を考えるって何だろう?一生で1度もない経験をしてる気がする。普段小説書くために名前考えるけど、自分の名前は初めてだ。
「魔沙斗、えっ。ホントに女の子になったんだ」
10歳下の妹奏音が言った。なんかすごく好奇心に満ちた目をしている。
「ほんとになるなんて思ってなかったよ。ホントに靴とか買わないといけないし。バイト先に電話しなきゃいけないし」
我ながらいい迷惑とは思いながら、でも楽しい。
こうして、今私は靴屋キャチャップにいる。黒の靴を買うためだ。
「この靴いいんじゃない?ShinZankinの黒。あなたいつもこのメーカーのものばかり買うし」
母の提案はもっともである。
「そうね。私この靴好きだしそうするわ。もう一つ買っていい?この靴5500円だし」
「仕方ないわね。どんな靴がほしいの?」
「合わせやすい紺色がいいわ。もしくは青系」
「この靴はどう?」
母が指さしたのは、紺地に金の線が斜めに走っている靴だ。この靴の値札には伊達政宗モチーフと書かれている。
近年戦国女子ブームが来ており、伊達政宗はその中でも1番人気だ。私は伊達家17代目当主伊達藤次郎政宗推しには間違いないが、もっと言うと片倉小十郎景綱推しだ。あの忠義がいいよね。
「大好き。政宗様マジ推し。あの肖像画のたれ目可愛いし、別の肖像画のイケオジ感最高やし、旗印がおしゃれでマジ尊い。しかも、身長が159.4㎝とか聞いてホント可愛い身長で本当に尊い」
「じゃあこれで、いいのね?」
「もちろん。むしろそれじゃなきゃヤダ」
こうして、靴を買うことができた。
「そういえば、ブラはどうするの?」
「そうね。奏音のやつでは入らないかな?」
「微妙ね。下着屋さんに行きましょう」
こうして、下着屋で買い物すると、胸がDぐらいだった。凄くバランスのいい胸だと思う。しかもめっちゃハリがある。
「パンツも買わなくちゃ」
私は言った。
今は奏音のやつを履いているが少しきつい。今日買ったのはパステルカラーのスポーツブラとおしゃれなブラとパステルカラーのパンツと白のパンツ。
「私名前何にしよう?」
家に帰ると、すぐに母に聞いた。
「あなたを名付けたときはとにかくかっこよければいいと思ってた」
「えっ?割と適当?」
私は驚いた。私の名前そんな適当に決められたんだ。
「あの頃は若かったわ。自分が一番しっくりくる名前にするといいわ」
そうだなぁ。どんな名前にしよう。
「ありがとう」
そういうと私は自室に戻り、自分の名前を考え始めた。
「よし、輝奈子にしよう。輝く古風な子。いいね。大和撫子っぽくて」
私は早速決めた名前を親に言うことにした。
「私、今日から夜桜輝奈子として生きていくわ」
「いい名前ね。役所に提出しに行くわよ」
「そうね」
こうして役所に書類を提出し、晴れて私は夜桜輝奈子として生きていくことになった。その後アルバイト先に電話することにした。
「もしもし、夜桜魔沙斗です」
私が電話するとレジチーフの浅井さんが出た。女子化したことどうやって説明しよう?
「夜桜さんどうしました?声高くないですか?」
気付いてくれた。よかった。
「今日から夜桜輝奈子に変わります」
改名したことを言った。
「どういうこと?説明して」
終始「ほんまか?」って感じの声だ。これが訝しげな声というのだろうか
「昨日突然体が女の子になってまして、改名法に基づいて改名しました」
「なるほど。でも、苗字だけで出勤表書いてるからそれ以外のところに伝えればいいのね?」
「そうですね。お願いします」
「明明後日も夜桜さん入っているから来てね」
「はい。もちろんです」
こうして、バイト先への報告は終わった。急に私はトイレに行きたくなった。幸い家だから、トイレに駆け込むだけで済んだ。ただ、チャックおろすだけで済んでいたものをベルト外してズボンもパンツも脱がなきゃいけないのでめんどくさい。
しかも力加減がわからないので力を弱めにしていた。改めて見ると胸が邪魔で下が見えない。スタイルは良くなったけど、利便性は低い。
帰って来るともう夕方になっていた。
「あんた料理も覚えなさい。生きていく役に立つわ」
母が言った。
「わかったわ。何作ろう?今日はキーマカレーね」
私は、もともと作ったことのあるキーマカレーを作ることにした。
まず、玉ねぎをみじん切りして。ニンニクもみじん切りする。レシピではニンニクは入っていない。でも、おいしいから入れる。
次にボウルでケチャップ大匙2杯とオイスターソース大匙1杯、塩小さじ1とコショウ少々を混ぜ合わせる。
フライパンに油を敷いて、ニンニクのみじん切りを入れる。タマネギのみじん切りとミンチ肉を加えて、そのまま中火で熱している間に、電気ケトルでお湯を沸かし、パックを熱湯消毒する。
そして、塩とコショウを少々加え、水500mlを入れ、トマトピューレを加える。その後、ボウルで混ぜ合わせたものを加え、水分が飛んだらガラムマサラを加えて完成だ。
「やっぱり、安定してるわね。美味しい」
母が喜んでくれた。
「お兄ちゃんやっぱりすごいよ。こんなにおいしいカレー作れるんだもの」
奏音に褒められて私の頬はほころんだ。
「前言撤回。お兄ちゃんすごくだらしない顔してるよ」
奏音のやつ、すぐ撤回するんだから。もっと喜ばせてくれていいじゃん。
そんなことがあって、私もこんなことを言ってしまった。
「今日からお兄ちゃんじゃないから。お姉ちゃんだから」
ホントはそんな事いうつもりなかったのに。
洗い物も終わった20時15分。ついに、風呂がたまった。
私は一番風呂をいただくことにした。
「お風呂行くね」
「着替えは持った?」
母が言った。
「うん。今日買ったやつ着る」
風呂はリビングとトイレの間にある。リビングから脱衣所を通って直角に曲がるとトイレがある感じだ。
「さて、今日はどの入浴剤入れようかな。やっぱりゆずよね?」
こうして、入浴剤を浴槽に放り込み、頭を洗う。もちろん、女性の髪を研究して作られた女性用シャンプーをつけて髪を洗う。髪が長いので毛先まで洗うのが少し大変だが頑張って洗った。髪も元の自分のような硬さはなく、やわらかかった。その後リンスをつけ、もう一度洗い流す。
そして、次は体を洗う。まずは、首、次に肩、右腕、左腕。すべてがすべすべで驚く。こんなに柔らかい肌に包まれているのか。
更に手が胸に差し掛かる。まずは、右の下の方から包むように洗う。そして左も同様に。平均より少しあるぐらいのはずだが、確かな重量がそこには存在した。更に脇を洗う。毛が生えていなかった。
そして、腹、下腹部。またを洗う。股にも毛が生えていなかった。更に足も洗うがどこにも毛が生えていなかった。どうやらどこにも毛が生えないファンタジーのようだ。髪と眉毛を除く。
今日はノーメイクで出たのでクレンジングはしていない。本当の女の子からするとありえないかもしれないけどやったことないから仕方ないじゃん。
さて、歯磨きをしよう。うわ、歯白い。しかもめっちゃ歯並びきれいだ。
あっという間に一日が終わってしまった。うれしいはずなのになぜだろう。少し涙が頬を伝った。