後編
ケイロンがローズとの婚約を解消してから一ヶ月が経った。ローズと婚約を解消してからケイロンはイライザとの仲をより深めているかと思われたが、最近イライザの様子がおかしい。
「イライザ、最近いつも上の空だけどどうかしたのかい?」
「え、え?そんなことなくってよ」
ケイロンの質問にそっけなく答えたイライザだが、突然とある方向を見て目を輝かせている。不思議に思ってケイロンもイライザの視線を追うと、そこには年上の臨時講師が学園の廊下を颯爽と歩いていた。
その臨時講師は若くして魔法省に勤務しており、今回校長の願いで期間限定の臨時講師を任されたそうだ。その美貌とエリートという地位に学園内の令嬢が黄色い声をあげている。
「ベルギア様!」
隣にケイロンがいたことも忘れたようにイライザがベルギアの元へ駆け寄る。イライザに気づいたベルギアは張り付いた笑顔を向け、イライザを追ってきたケイロンを見て一瞬真顔になった。
「ごきげんよう、イライザ嬢。どうかなさいましたか」
「あのっ、この間の授業でわからないことがありましたの。ぜひ二人きりで個人授業を……」
そう言ってから、イライザはベルギアの隣にいる女学生に気がついた。
「あら、ローズ様。ごきげんよう。あなたのような方がなぜベルギア様の隣に?」
「ローズ……!」
ローズに気づいたケイロンが明らかに嫌なものを見る目でローズを見た。二人の様子に、ローズは思わず足がすくむ、だがそんなローズをベルギアは優しく庇うようにして二人の前に立ちはだかった。
「彼女にそんな態度をするのはやめていただけますか」
ベルギアは笑顔を崩してはいないが、優しく静かに、だが明らかに怒りを含んだ声音でそう言った。
「どうしてそんな学生を庇うのです?彼女は私よりも家柄も成績も格下です。そんな丁寧に扱うような相手ではありません」
「ローズは先生に昔から家庭教師をしてもらっているんだ。だから一緒にいるんだろ」
イライザの疑問にケイロンがそっけなくそう言うと、イライザは驚いた顔でローズを見てから何かを思いついたように突然笑顔になった。
「だったらベルギア様、私にも家庭教師をしてくださいな。彼女に家庭教師をするよりも私の方が何倍も教えがいがありますわよ」
ベルギアの手を取り、イライザはとびっきりの笑顔で擦り寄った。
(この笑顔に落ちない男なんていないのよ。ベルギア様だってイチコロだわ)
イライザの自信満々な態度をよそに、ベルギアはイライザの手をすぐに払い、イライザから距離を取った。
「申し訳ないがローズ以外の家庭教師をするつもりはありません。それにあなたは今ケイロン君と恋仲なのでしょう。他の男にこうして擦り寄るなど失礼ではありませんか」
ベルギアは心底汚いものを見るようにイライザを冷ややかな瞳で見つめた。その視線にイライザは思わずひっ!と怯える。
「そ、そうだぞイライザ!俺という存在がありながら教師に色目を使うなんて……」
「そういえばケイロン君、あなたは以前ローズと婚約していませんでしたか?それなのにこのイライザ嬢にうつつを抜かし、ローズとの婚約を解消した。あぁ、そうか、あなたたちは随分と似たもの同士でお似合いなんですね」
ベルギアの言葉にケイロンとイライザは目を合わせ、同時に声を上げた。
「誰がこんなはしたない女と!」
「誰がこんな恥知らずな男と!」
二人の怒号に思わずローズがビクッと肩を振わせると、ベルギアが心配するようにそっと優しくローズの肩を抱いた。
「ごめん、ローズ。怖い思いをさせてしまったね」
その様子を見てケイロンが慌ててローズを見る。
「おい、ローズ!婚約解消は取りやめだ!やはり俺にふさわしいのはローズ、お前だ。こんなはしたない女など俺にふさわしくない!お前のような控えめで一途な女が一番だ」
「はぁ?なんですって!元はといえばあなたが私にゾッコンだったのでしょう!ローズみたいな女は俺にはふさわしくない、俺にはお前のような美しい令嬢がふさわしいと。聞いて呆れるわ、あなたの方こそ私にふさわしくないわ!私にはベルギア様のような見た目も心も美しく実力のある方がふさわしいのよ!」
人目も憚らずギャーギャーと喚く二人。そんな二人をベルギアは冷ややかな目で見ていた。
「二人で言い争っているところ申し訳ないが、我々は急いでいるんだ。ここで失礼しますよ」
そう言ってローズの肩を抱きながらベルギアは歩き出そうとし、ふと立ち止まった。
「そうそう、ケイロン君。君とローズは二度と婚約することも結婚することもない。ローズは俺と婚約したからね。ローズの結婚相手はこの俺だ」
にっこりと微笑むと、今度こそベルギアはローズを優しくエスコートしながらその場を後にした。そしてその場に残ったケイロンとイライザはベルギアたちの背中を呆然と見ながら、またもや同時に叫び声を上げた。
「なんだってー!?」
「なんですってー!?」
◇◆◇
「ごめんねローズ、怖かっただろう」
帰りの馬車の中、ベルギアは隣に座るローズの片手を優しく握り、微笑んだ。
(えっと、なぜ向かいではなく隣に座っているのでしょう?しかもさりげなく手も握られているし)
「だ、大丈夫です。庇ってくださってありがとうございました。あの、でもあのように宣言してしまってよかったのですか?まだ魔法省には報告していなかったはずでは……」
「良いんだ、魔法省には明日報告するつもりだったし。それにケイロンにはすぐにでも君との婚約を知らせたかったからね」
ローズがベルギアからの熱烈なアプローチを受け入れ、婚約をしたのはつい昨日のことだ。ローズがケイロンに振られてから一ヶ月、ベルギアはローズが困らないように気を使いつつ、ローズへアプローチをし続けた。
「君にとって俺はまだ兄のような存在かもしれない。でも、俺たちは赤の他人でそもそも兄妹なんかじゃない。俺を一人の男として意識してもらうまで俺は君を口説き続けるよ」
そう宣言されてから、ベルギアは言葉通りにローズを口説き続けた。ある時はローズの良さについてさりげなく口にし、ある時は自分にとってローズの存在がどれだけ大きいか、どれだけローズのことを愛しているか、ことあるごとにローズに告げてくる。それも押し付けるようにではなく、ローズが受け取れる分量だけ伝えてくるのだ。
それに以前までと違うのはローズへの接し方だ。今までは可愛い妹へ接するかのようだったのに、突然距離がぐんと近くなった。気づけば隣にいるし、ふとした瞬間にローズの髪を優しく撫でたあと頬に少しだけ触れたり、一緒に出かけるときにはさりげなくローズの手を握ってはぐれないようにしたり。
今までも頭を撫でたり手を繋いだりしたことはあった。だが、今までとは明らかに違う、その時のローズを見つめる瞳が熱く蕩けてしまいそうな瞳なのだ。
そんな態度を取られてしまってはローズもベルギアを一人の男として意識せざるを得ない。あれよあれよという間に、ローズはベルギアに恋に落とされてしまったのだった。
もちろんローズの両親は二人の婚約に大喜びで、父親にいたってはベルギアに泣いて感謝を述べたほどだ。それほどまでにローズの両親からのベルギアへの信頼は厚く、それもローズのベルギアへの想いを加速させていく一つになった。
(そもそも、こんなに素敵な方の隣に私なんかがいて良いのだろうか)
そんなことを思いながらそっとベルギアを見上げると、ベルギアはそれに気づいてローズと目を合わせ、一瞬目を見開いてから微笑み、静かに口づけた。
(えっ、ええっ!?)
「ごめん、あまりにも可愛くて。君の思ってることは大体想像がつくよ。でもごめん、君を手放す気はないし、他の誰にも渡すつもりはないから」
ベルギアの言葉に、ローズは赤かった顔をさらに真っ赤にする。
(あぁ、可愛いな。そんな無意識に煽るようなことをして)
愛おしそうにローズを見つめながら、ベルギアはローズの髪の毛を優しく指でとかしそのまま頬に手を添えると、また優しく口づけた。
最後までお読みいただきありがとうございました。二人の恋の行方を楽しんでいただけましたら、感想やブックマーク、いいね、☆☆☆☆☆等で応援していただけると嬉しいです。