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前編

前編・中編・後編の三部作です。

一部修正を行いました。ご指摘くださった皆様、ありがとうございました!

「他に一生涯かけて幸せにしたい人ができた。申し訳ないがローズ、君との婚約を取りやめさせてほしい」


 目の前の婚約者、いや、婚約破棄したいと言われたので元婚約者になるケイロンの言葉に、ローズは目を丸くすることしかできなかった。口を開き何かを言いかけるが言葉が出ない。


「突然のことで本当にすまないと思っている。だけど、元々俺たちの婚約は家同士で決められたものだ。別に解消しても問題ないだろ?君だって俺のこと別になんとも思ってなかっただろうし」


 畳み掛けるように言うケイロンに、ローズはさらに驚きを隠せない。なぜなら、そもそもローズと婚約したいと言い出したのはケイロンだったからだ。


 二人が出会ったのは大人たちが自慢の令息令嬢たちをお披露目する社交パーティーで、当時ケイロンとローズは共に十歳。ローズは幼少期から可憐で可愛らしい見た目をしており、少し人見知りが強いため大人しく控えめな子供だった。侯爵家の令息であるケイロンはその可憐な見た目と控えめな様子のローズを一目で気に入り、結婚するならローズがいいとその場で駄々をこねたのだ。


 ローズの家は伯爵家だったが身分もそれなりで何よりローズの父親の仕事ぶりが国王やその側近たちに評価されており、ケイロンの家としても二人の婚約は問題ないものだった。


 確かに、最初の頃はローズもケイロンのことをなんとも思っていなかった。ただ両親が良い縁談だと喜んでいるし、ローズに会いにくるケイロンの姿も人見知りが強く他人とあまり接することのないローズには嬉しいものだった。

 ローズは自分を気に入ってくれたケイロンのことをもっとよく知りたいと思うようになり、交流を深めるごとにケイロンへほんの淡い恋心を持ち始めていた。そしてケイロンの婚約者としてふさわしい人間になりたいと日々努力してきたのだ。


「あ、あの、婚約はそもそもケイロン様が私を気に入ってくださったからだったはずでは……」

「あ?……そうだったか?そんな気もするが昔のことだろう。それにお互いの両親が乗り気になったんだ、両家同士の婚約みたいなもんだろう。確かに君は小さい頃から今でもずっと可憐で可愛らしい。でも俺はもっと可憐で美しく気高い花のような女性と出会ってしまったんだよ。イライザを知っているか?学園一の美人と名高い令嬢だよ。頭もよくて淑女としての所作も完璧だ。そんな彼女とたまたま授業で一緒になってね、意気投合したんだ。侯爵家の男としてより良い女性と共に生きていきたいと思うのは当然のことだろう」


 イライザはローズとケイロンが通う学園の同級生で、ケイロンと同じクラスだ。ローズは頭は悪くないが中の上、ケイロンとイライザはそれよりももっと上なのでローズだけは違うクラスだった。


(イライザと出会ってから俺にふさわしいのはローズよりもイライザだと確信した。ローズも人柄はいい、だが社交性に欠ける。見た目だってイライザの方が桁違いに良い。むしろ学園一の美貌と言われるイライザこそ、この俺にふさわしい令嬢だ!)


 ローズを上から下までじっくり眺め、ケイロンは頭の中でローズとイライザを比べて確信する。そのままケイロンはローズを見つめ目を細めた。


「それともローズは本気で俺のことが好きなのか?それなら第二夫人にしてやってもいい。まぁそれをイライザが許すかどうかはわからないけどね」


 ふん、と鼻で笑うケイロンを見て、ローズの胸の中からケイロンに対する淡い恋心がどんどん薄れていく。


(私は、こんな軽薄な人をずっと思っていたの……?)


 今目の前にいる男が、あんなに素敵だと思っていたケイロンと同一人物だとは思えない。けれど、どうしたって目の前の男は幼少期に自分を気に入って婚約者にしたいと駄々をこねた子供と同一人物だった。


 震える両手を胸の前で組み、はぁ、と静かにため息をつく。


「……わかりました。婚約解消を慎んでお受けします。ケイロン様、どうかイライザ様と末長くお幸せに」


 そう言ってローズは静かに微笑んだ。



◇◆◇



「わぁぁぁん!」


 ローズは今、自室の机に突っ伏して泣いている。そんなローズの頭を、ヨシヨシと隣で撫でる一人の男がいた。

 その男の名はベルギア。最年少で王都魔法省に務めるエリートであり、ローズの父親に頼まれてローズが幼い頃からずっとローズの家庭教師をしている。ローズにとっては兄のような存在であり、唯一心を許せる存在だ。

 すらりと背が高く明るいブロンドの髪にオパールのような瞳で見た目も申し分なく、何より若くしてエリートの道を進むベルギアに熱を上げる令嬢は少なくないが、なぜかベルギアはどんな令嬢にも興味を示さない。


「婚約解消されてよかったじゃないか。あの男はそもそもあまり良い噂を聞かないからね。ローズは男を見る目がなかったんだよ」


 ベルギアに言われてローズは思わずベルギアを見上げる。その顔はベルギアの言葉を非難するでもなくただただ悲しみにくれた表情だった。その表情を見て、ベルギアは心が痛む。


「……ごめん、ローズは本当にケイロンのことを好きだったんだね」


 ベルギアにそう言われて、ローズは体を起こして静かに首を横に振った。


「良いんです、ベルギアお兄様は何も悪くないですから。それに、よくわからないの。ケイロン様のことは確かに好きだったけれど、今のケイロン様は本当に別人のようで。いつからあんな風に変わってしまったのか……。私の知っているケイロン様ではないんだもの」


 ローズの言葉に、ベルギアはほんの少しだけ眉を顰めた。


「ローズ、君はきっとケイロンの本当の姿を知らなかったんだよ。俺の知っているケイロンはむしろ今回君に酷いことを言った彼の方だ。君はケイロンのうわべの姿だけを見せられていて、それに恋心を抱いていただけなんだよ」


 ベルギアはローズの頭を優しく撫でてから、そっと髪の毛を耳にかけた。


「それにローズはきっと初めて自分が誰かに必要とされていると思って嬉しかったんだろう?君は人見知りが強くてあまり人と関わらない。ケイロンの方から進んで君に近づいてきたから嬉しかったんだよきっと。それを恋心と勘違いしていただけかもしれない。君は押しに弱いんだね」


 ローズはベルギアの言葉を聞いてほんの少しわかるような、でも違うと言いたくなるような複雑な心境だ。確かに自分から誰かに近寄ることのできないローズはあまり人を知らない。そんなローズを他の人たちと分け隔てなく接し、気に入ったと声を大にして言ってくれたケイロンの姿が嬉しかっただけなのかもしれない。でもケイロンを思う気持ちが勘違いだっただなんて、今までの楽しかった時間や努力が無駄になるような気がして、ローズは腑に落ちない。


 ほんの少しむくれたようなローズの様子に、ベルギアはフッと微笑んだ。


「俺としては君たちの婚約解消は願ったりだよ。今までは婚約しているからと遠慮していた、いや、諦めていたけれど、もうその必要はない」


 ローズはベルギアの方を見て首を傾げた。


(どうしてベルギアお兄様は婚約解消を喜んでいるの?一緒に悲しんでくださらないのね……。それに、遠慮とか諦めってなんのことかしら?)


「ローズ、俺と婚約してくれませんか?今はケイロンのことで頭がいっぱいかもしれないけれど、そんなこと忘れてしまうくらい君を大切にするし幸せにするよ」


 ローズの手をとり手の甲にちゅ、とキスをする。ローズは一瞬何が起こったのかわからなかったが、すぐにベルギアの唇の感触に気づいて思わず顔が真っ赤になる。


「あはは、本当に君はかわいいね、俺の愛しのローズ」


 ローズの様子を見て、ベルギアは愛おしそうにそして満足そうに微笑んだ。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] 身分がより高いのは公爵家のはずなので、侯爵家の人間が婚約破棄しようと言い出した時点で下手すると家自体が詰んでしまうかと思うのですが…
[気になる点] 一般的には身分の高い方から公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵で、独自の設定がなければそれに沿った方がすんなり読める気がします。
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