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夜もすがら──東亰異能譚  作者: 神流月
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それはまるで悪夢のような


──目の前にあるのは、なんだろう?


 ばき、ばきばきばき、と何かが音を立てて崩れていく。


 立ちすくむその先で、遠くの天井が一部だけ崩れ落ちている。それと同時に、近かったその場の壁も、音を立てて崩れ去った。轟音を立てながら壁だったものは崩れ落ち、それを加速させるかのように──ばちばちと、何かが──燃えていた。



 ゆ、め──だろうか。



 ────いや、違う。

 わたしは、これを知っている。

 この惨状を知っている、何故なら──



──わたしは、声を上げてそのひとをさがした。



 身寄りのなかった唯一の、自分の居場所。

 これからの人生に絶望を感じていた自分にとって、初めて生まれた希望(ユメ)

 無縁だったはずの、家族(なかま)という言葉。



──燃えあがる部屋のおくで、かすかな声がした気がして、駆け寄った。



 それら、わたしにとって大事になったものを、一瞬にして全て失うことになる。



──そのひとはまだ、きれいだったところの部屋の中で血まみれになって倒れていた。



                    

 そう──それは、云うならば悪夢。





『……ごめんね、こんなことに、なって』


『そんなことはどうでもいい。どうして……? 』


『……っがはっ、はあ、……ごめんね、ごめんなさい。こんな、こんなことに巻き込むつもりなかっ……ったのに……っ』


『お願いだから、もうこれ以上話さないで。お願い、血が』


『…………、逃げ……て』


『…………っ! 』


 わたしは首をなんども横に振る。

 それも見て、そのひとも悲しそうに、顔を歪めて、笑う。



────私のことはいいから。早く逃げなさい。あなたは生きるの。ほら、はやく……




 嫌だ、逃げるなら二人で、一緒に──!と、そう愚図る、まだ少し幼かったわたしを見て、今度は黙ってゆっくりと、優しく微笑みながら送り出してくれたあの人の顔は、もう朧げにしか覚えていなかった。




 それは、始まりへ至る別離──── そして、この世界に私という異能者(存在)が生まれた瞬間───。



 *



 四、五階以上はあるであろう建物の屋上に、ぬるりと人影が現れる。

 夜闇に紛れるためなのか、その人影はほとんど黒に混じってそこに立っていた。反対に、建物と対峙するような位置で何かが浮いている。それは武装ヘリや戦闘機、無人機などが夜の空に蔓延っていて、その空はおどろおどろしさがあった。

 だが、建物でひとり佇む人影は臆することなく、たじろぐこともなく立ち続ける。誰かと話しているようだったが、すぐに前を向いた。今にも攻撃を仕掛けんばかりの気迫。次第に人影の周りには黒い渦が浮かび、その黒い渦にはこの世の物ではない気配が感じられた。人影は、笑ってみせている。



 空におよそ有り得ない何かが浮いていた。夜の空すら覆い被さるような影が。

 その影は髪の長い女性が発生させている──ように見える。バッと佇む人影へとヘリの照明で明るく照らされてようやく人影の人物像が見て取れた。その人物は若いように見えたが、有り得ないほどの殺意を身に纏って笑っているではないか。それも表情に狂気を滲ませて。


 武装ヘリに乗る者も戦闘機に乗った者さえ、目を疑ったことだろう。何故なら、そこに立っていたのは。ブラックリストに名を連ね、特定指名手配犯としても顔を知られている──過激派異能力者が立っていたのだから。

 彼女の存在に気付き、事の重大さに気付いた操縦士は武装ヘリから攻撃をしかけたが、もう遅い。空中に大きな黒い渦、空間の歪みができていて次の瞬間、弾丸やミサイルはその渦に全て吸い込まれた。



「邪魔だよ退いて。君たちに構ってる暇はないんだ」



 新たに無数の黒い渦が浮かび、武装ヘリたちに刃を向ける。それに合わせて、爆発音が一つ、二つ、三つ。全ての武装ヘリが闇夜に消えた。きっと、対峙してしまった者たちは生きては帰れない。

 日付が変わったその夜、知られざる戦が幕を開けていた。



 *



「はぁ……、はぁ……っ」



 酷く怪我をした女性が、降りしきる雨の中をずるずると歩いている。足ももう動かせなくなっているのか、ほとんどを引き摺りながら進んでいる。横腹にも傷があるのか左手で押さえて、背後には自身から流れる血で道を作っていた。が、幸い雨のおかげで跡には残らないだろう。

 朦朧とする意識の中で、一刻も早くあの場を離れようとなんとか身体を進ませていた。

 何故、そうまでして逃げたいと思うのか、それすら分からなくなっている。ただ、ただ逃げなくては──その意識だけでひたすら動いた。

 だが、もう体力は限界を迎えていたようで、体力も奪われていく。限界を迎えた中での悪天候だ。体力を奪っていくには充分だった。


 ふと、女は──何を思ったのか──立ち止まって、顔を見上げた。女の目にはじんわりと光が入った。暖かな優しい光だと感じた。それが何故かは分からない。どうやらその光は一軒家から発せられている。まだ決して安心すべきではないはずなのに、こんなところで歩を止めるべきではなかったのに、気力がそこを尽きたのか。そのまま、眠るように女は意識を失った。




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