Урок 2 母音①
ここから、授業パートです。
私がロシア語の学習を進めるうえで、まとたものを「どうせなら小説にしてしまえ」が発端のストーリーですので、こうなっています。
ロシア語の学習に興味が無い方々はすっ飛ばしても構いません。
※ロシア語のプロの方、重大な間違いがありましたらお知らせください。
今日も5限はロシア語の授業。
教室の後ろから入ると、ブロンドヘアの女性―タチヤーナさんは前回と同じような席に座り、スマホに目を落としていた。
何を見ているのかは気になるが、気にするのも野暮だろう。自分も他人のことは言えないし。
というわけで、
自分もスマホを見ていたが、スマホの時計をチラリと見ると、すでに授業が始まる時間。
スマホをしまってみるが、先生はまだいない。これまでの他の科目の授業は、たいてい時間の前に先生がいるが、やはり前回同様、この科目の先生は遅い…えぇ……。
かといって直前までスマホで遊んでいるのは若干気が引ける…とはいえ手持ち無沙汰でスマホを除くと特にすることもない。時計の秒針をぼーっと見つめている。静寂に包まれた教室で、秒針がカチッ、カチッ、っと動く音だけが鳴り響く。
針が2周目を終わろうとする頃、遠くから誰かが走る音が、だんだんはっきりと聞こえてきた。
「すまん、すまん、おくれた、おくれた」
どたどたと大きな音を立てて走ってきた。
ドンっと教材が詰まっていそうなカバンを大きな音をたてて置く。
「まあ前回言ったとおりだけど、ロシア語初心者は佑也しかいないからな、お前のために1年間授業やってくぞ。」
先生はまずタチヤーナさんに、続いて僕にプリントを渡してきた。
「んじゃ、前回言った通り、このプリント――レジュメに沿って、勉強していくぞ」
1枚のA4プリントである。今日はこれだけなのか。
「まずは母音。ロシア語には、母音が10個。真面目な言語学者は『ロシア語の母音は5個』とか『母音は6個だ』とか言ってるけれど、ロシア語専攻でも文学部でもないお前ら理系の大学生が、ロシア語をただ勉強するだけなら、そんなものはどうでもいい。」
どうでもいいんかい!地味に大切な気がするけれど、後々解説してくれると期待しよう。
その前に、本当は5個なのか6個なのかはっきりしてほしいとは思う。
「わかりやすくするために、10個とみんな言ってるから。
まぁ今日はね、5個マスターしていこうか。今日紹介するやつは、日本語の『あいうえお』に相当するのかな?この5つの母音は『硬母音字』とか言われているけれど、それはまあ覚えなくていいよ。」
なぜ先生が教える内容に疑問符か付くのか。まあいいや。
「まずはАа(アー)、これは日本語で普通に「アー」と言うのと、ほぼ一緒。
ちなみに、ロシア語のアルファベットは大文字と小文字が同じ形なのがほとんどだけれど、Аは例外で、аという形になる。まあ、英語のAと一緒だけどね。ほれ、発音してみ」
「アー」
なるほど。英語と一緒か。音も日本語と一緒。
なんだぁ、ロシア語は簡単じゃないか。
こう簡単だと思った自分がバカだった。すぐさま次の文字で打ちのめされることになる。
「続いて、Ыы(ゥイ) 、2つの文字に見えるけれど、これで1つの文字。」
???
これがロシア独特のキリル文字なのか……
(※作者注:キリル文字=ロシア語の文字という認識は間違いです。説明をすると長くなるので割愛)
「この発音はねぇ……説明がめんどくさい。しかも難しいから、この発音がみんなできずに苦しむ人が多い。まずは聞いてもらうのが一番だが……」
阿蘇先生は両手を教卓の上に置いて天井を仰ぎ、考えている様子をしばらく続けている。自分で発音すればいいのに。すると、タチヤーナさんと目が合ってしまったようだ
「そうだ、今年はネイティブの生徒がいたんだった。タチヤーナさん、佑也のため『ы』の音を発音してやってちょうだい。」
「!?」
無理矢理生徒に振ったきた。そりゃタチヤーナさんが驚くのも仕方がない。
「なんで私が……」
「そりゃあネイティブの発音のほうが良いに決まっているからな。」
「CDとかは……?」
「教科書がオリジナルだから、CDは無いのよ」
「そうですか…………」
タチヤーナさんはため息まじりの返答をした。
少しニヤけている阿蘇先生。何が楽しいかさっぱりわからん。
あれ、でも去年もこの先生だよな?去年はどうしてたんだ??
僕がそんな疑問が頭をよぎる中で、タチヤーナさんは観念したのか、1つ咳払いをして「ы」と思われる声を出した。
………………うーん、なるほど。分からん。
コツだよ、コツを教えてもらわないと僕は真似できない。
一方の阿蘇先生は1人で拍手をしながら
「ハラショー!ハラショー!やっぱりネイティブはスゴイよ。
「いやー…、僕はこの発音苦手でさ、未だに『発音が汚い、ちょっと違う』と怒られるのさ~」
ヘラヘラ笑う阿蘇先生。
「日本人にこの発音は本当に難しいからね。イメージとしては、酔っ払いが『ウィッ』としゃっくりする感じかな。日本語の『イ』よりも口を横に広げない状態にキープして、舌をのどの方に引っ込めながら「ゥイッ」と『イ』と『ウ』の中間みたいな発音をすると、良い感じになる……らしいぞ。」
なんで教える側が「らしい」とつけるのか。ツッコミどころが多めの先生だ。
「次、Уу(ウー)、これは日本語の『ウ』と同じだけれども、日本語の『ウ』よりも、唇をしっかり突き出すこと。佑也、やってみ」
「ウー」
「У(ウー)」
「ウー」
うーん…なんかちがう気がするけれども、先生は無視して先にすすむ。
「残り2つだけど、これは簡単。
Ээ(エー)、これは日本語のエと一緒。そして、Оо(オー)、これも日本語のオと一緒。」
「そして、Оの文字に関しては1つ注意点しなければならないことがあって。『アクセントの無いо』はаと同じ発音になる、というところだ。」
ふーん?
先生はそのまま、黒板にокноと記す。
(※作者注:ルビに振ってる記号、見づらくてごめんなさい……)
「例えばこのокноの意味だけれど、最初の『о』は『а』の発音をするから、『アクノー』と読むぞ。あ、このチョンってなっているのがアクセント記号ね。まあ、まだ子音はやってないからな。一応頭の片隅にだけ入れておいてくれ。後々の授業でちゃんと扱うから。」
ふうん。
ほぼ知識皆無の状態、なんなら今日初めてロシア語に触れたような人に、一気に説明されるとわかんなくなる。ふうん、しか出てこない。
とりあえず相槌だけを送った。
「まあ、今日はここで終わり。一応しっかり復習してきてね。佑也はちゃんと発音の復習すること。あ、道端で歩きながら発音するなよ~?変人みたいに思われるから。んじゃ」
!?
もう終わり?
その説明が最後なの?
「あのー、すみません。」
あっけらかんとする僕。一方の阿蘇先生がカバンを整理しようとする中で、タチヤーナさんが小さく手を挙げる。
先生は不思議そうな顔で「ん?どうした?」と聞く。
「もう授業終わりですか?」
「うん。終わり。」
「まだ30分しか経ってませんが……」
「授業早く終わったほうが、いいじゃん。早く帰れるし。今なら学食も空いてるし」
「あっ、でも……」
タチヤーナさんは喰らいつこうとするが、先生のあまりに素直すぎる言葉にたじろいでしまっている。その隙を狙ったかのように、阿蘇先生は教室から逃げるように出て行ってしまった。