昼休みのお楽しみ~@学食~
次の授業は線形代数。
民族大移動的にほぼ全員の学生が隣の教室に移動。
途中にある自販機で眠気覚まし用のコーヒーを買うが、自販機だからちょっと高い。仕方ないけど。
そんなところでお昼11時40分。
授業が幸運にも10分ほど早く終わった我々は、他の学生よりいち早く学食へとやってきた。
学食といっても、わが大学はコンビニと食堂と牛丼チェーンみたいな丼物テイクアウト専門店しか存在しないので、必然と多くの人が食堂へとやってくる。
1か所しかない食堂は、いつも混んでいる。まるで人気ラーメン店並みの行列だ。いや、それよりも並んでいるかもしれない。
昨日はお昼時の12時に行ってみたところ、建物の外まで長い行列までできていた。ざっと100人は超えていただろう。
だから、食堂を快適に利用するためには、早く行くか、遅く行くか。この二択である。大学入って1週間も経たないが、想定以上の混雑ぶりに、早くも混雑回避の術を身に着けてしまっている。
今日はラッキーだったので、早めの利用だ。
今日は唐揚げ定食。副菜にきんぴらごぼうをチョイスしたのは良いが、茶色しかないのはさみしい。しかしこれで451円という、お財布へのやさしさもある。
席に小城君と向かい合って座る。小城君は副菜に胡麻和え、さらにヨーグルトまで取ってきてある。取ってくればよかった…。
「いただきます」
「いただきます」
律儀に「いただきます」と言ってしまうこの習慣、昔からのものでなかなかやめられないが、いいことだと思っている。小城君も同じような習慣のようだ。
僕は味噌汁を一口すすると、唐揚げに手を伸ばした。
「で、あの子とはどういった関係で?」
胡麻和えを食べながら、小城君は会話を始めてきた。
「忘れてなかったか……」
「忘れるかよ、アイツと知り合いだったなんて聞いてない。どういうこっだよ。」
やけに早口でまくし立てる。逃げられそうにない。まあ説明したところで、たいしたことないか。
「……気になる?」
もう一度確認してみる。
「気になるに決まってる1」
「黒髪ロングの大和撫子以外に興味無かったんじゃなかったっけ?」
小城君は一瞬考える間をおいたが
「それとこれとは話が別よ。」
「なるほど」
なるほど。仕方ない。話すか。
ふぅと強めに息を吐き、冷静になる。ここで冷静になってみると、そもそも1回の授業で知り合った…、いや、一緒になっただけで、人に言いふらせることではないもの。それと、あの美少女と知り合いになれたことを隠して独り占めしたいという気持ちも、若っっっっっ干ある。
「大したことじゃないよ、ロシア語を一緒に受けていただけ。」
「ロシア語?」
「そう、第二外国語のロシア語」
「ふうん」
「そういえば、小城君は何にしたの?」
「ん?おれは中国語。教室がぎゅうぎゅう。」
「そうなんだ、twїtterで人気だって書いてたけど、やっぱりそうなんか」
「あれか?例のtwїtterのやつ。見た見た。簡単らしいって書いてたじゃん」
「お前も見たんか~」
あの情報、やはりすごいな。投稿者は何者なんだろう。
「で、ロシア語の授業が一緒で、この前の初回から顔見知りになっただけ」
小城君は意外だと言わんばかりの反応で、炎を消したと思いきや、火がまだくすぶっているような表情を浮かべている。
「…………ただそれだけ?他にはないの?」
「……それだけ。ただそれだけ。」
「ふうん、そうなんだ。」
さっきまで食いついていた姿はどこへやら。興味という風船の空気が抜けたような返事をしながら、唐揚げを頬張る。
ぐぬぬ、美味そうに食べやがる。皿の上に残っている3つの唐揚げに自分も箸をのばす。せっかくの食事、冷めてからではもったいない。
「あれ、ロシア語は何人いるん?」
!!!!!!!!!
驚きのあまり唐揚げでむせそうになった。唐揚げでむせる人なんて聞いたことない。
「大丈夫か?そんなに驚くことか??」
手で小城くんを制しながらあわてて口の中の食べ物を飲み込む。言い忘れたけれどもこの事実、誰が聞いても驚くだろう。でも、なぜ自分がむせた?まあいっか。
「だいじょーぶ、だいじょぶ。むせかけただけ」
「ほんとか?無理すんなよ、水持ってくるか?」
「ん。なんとか大丈夫、ありがとう……ゲホッ、ゴホッ」
最後にもう一回勢いのある咳をすると、だいぶ良くなった。とりあえず味噌汁を一口すする。
「落ち着いた?」
「まあなんとか」
「よかった。で、ロシア語何人なん?」
すこしばかり息を整え、この重大な事実を告げる。
「えぇーっとねぇ……………、2人。」
「…………はいぃ???」
「僕と、タチヤーナさんで、2人」
指を折りながら、改めて2人であることを確認して伝えた。
「ふうん、タチヤーナさんって言うんだ」
「あ、名前言ってなかったな、タチヤーナさんって。」
「ああ、そこは気にしてない。で、タチヤーナさんと二人きりで授業受けてると?」
さっきの気の抜けた風船にまた膨らんだ。驚いた表情からすぐさま一転、ニヤニヤしながらこっちを見ている。
ぐぬぅ…。事実をただ並べているだけで、なんか目線でグサグサと刺してくる。
「まあね、そういうことだよ」
目を合わせるとさらなる墓穴を掘るような気がしてならないので、目を合わせないようにごはんを頬張る。照金曜の授業以降、特に友人関係が広がったりといったことはほとんどなく、タチヤーナさんと授業受けることも、「講義」にすぎず、こなすべきものとして何も思ってはいなかったが、こうして煽られてしまうと、「美少女と2人きりで授業を受ける」というラブコメにありそうな展開、そしてまったくもって予想していなかったキャンパスライフのスタートに浮足立っているようにも思える。
不意に小城君は疑問を呈した。
「……あれ?留学生って外国語の授業は日本語選択じゃなかったっけ?」
…………ほんとだ。
たしかに……?
今までなんとも思っていなかったことだが、言われてみればそうかもしれない。僕だって日本語の授業を取れるなら取っている。
だが、日本語が外国人留学生向けになっているため、日本人の学生は取ることができない。
「あれ?じゃあなんでタチヤーナさんはロシア語取れてるんだ?」
「お前がわからなきゃ誰もわかんねーよ」
「そりゃそうだ。」
「てか、タチヤーナさん留学生なの?」
「ロシア語も日本語もペラペラだけど、見た目的にそうなんじゃない?」
「うむ、そうか……」
うーーーん。謎だ。今まで何も思っていなかったが、留学生は外国語を取れないのに、なぜロシア語の授業にいるのか。理由が気になってきた。
「留学生って、外国語とれたっけ?」
「いや、知らんなぁ」
「じゃあ、なんでだろ…」
「知らんよ。本人に聞いたら?」
うーーーーーん。こういった矛盾をスッキリさせないと気が済まない性分なのは自覚しているが、あまりにも気になって仕方がない。よくよく考えると奇妙な状況だ。
顔立ちが日本人離れしていたが、ほんとは日本人なのだろうか。確かにロシア語だけでなく日本語も流暢に話していた。しかし、名前はまったく日本人ではないのである。
「おいおい、いつまでうなってんだ」
「え」
ずいぶんと悩んでたらしい、ドツボにはまってしまったようだ。気づいたら目の前の小城君の皿は何もなくなっている。
「考えすぎはよくないって。そのうちきっとわかるさ」
「うーん……、たしかにな」
仰るとおりである。
それでも謎は深まるばかりで、そればかりが気になってきたが、そんなに気にしてもらちが明かない。悩んでいるうちに、だんだん食堂の周りが騒がしくなってきていた。
「混んできたし、食べ終わったら出ようか。」
「そうだな。」
そう言いつつ最後にとっておいた唐揚げを頬張ったが、最初の美味しさが謎が解けないというモヤモヤでコーティングされてしまったような、変な味に思えた。
……いや、たぶん冷めたからかな。
切り替えて、午後の授業に行きますか。