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プロローグ3 学生ガイダンス

 入学式の翌日。朝8時。うるさい目覚ましとともに身を起こす。

 今日は10時から、理工学部の新入生向けのガイダンスがあるのだ。初っ端から寝坊だけは勘弁なので、目をこすりながら布団から抜け出してカーテンを開ける。一人の朝には慣れてきたが、日光はちょっと眩しい。


 明後日の木曜日から授業が始まるので、取る授業や、今後の学生生活についての説明のためのガイダンスらしいが、その存在以外の詳しいことはよくわからない。そのための説明だろう。

 昨日の夜、小城くんとLIНEで「明日のガイダンス、一緒に行こうよ」と言われたので、二つ返事でOKした。自分も一人で参加するよりはマシだろう。


 そんなわけで、とっとと朝ごはんと身支度を済ませて、現在9時30分。余裕を持って部屋を出たかったが、洗い物や洗濯を済ませているうちに時間はギリギリになってしまう。


 昨日別れた横断歩道の信号のところで待っていると、キイィーというブレーキ音とともに、電車がホームに滑り込むのが見えた。ホームは電車の向こう側なので様子は見えないが、狭いところに人がごった返しているのがうかがえる。


 電車が走り去ると、今度は駅舎から人がわんさかと出てきた。今日は授業開始日ではないが、他の学部も説明会があるのだろうか。

 その人ごみの中に、小城くんを発見。

 こっちが軽く手を挙げて知らせると、小城くんも小さく手を振った。


「おはよう!」

 信号を渡り切ったところで、やたら元気な声であいさつが飛んできた。自分も「おはよー」と軽く返事した。

 大学のほうへ向かう人の流れができている。僕らもそれに乗っかった。ここからはしばらく上り坂と階段が続く。

「しっかし、階段はきついな。帰るときは楽だけど」

「それな、なんで大学ってこんな山の上にあるんだろ」

「広い土地が必要だから、空いてる土地が山しかないからじゃね?」

「そうなの?」

「知らん。適当に言った。」

 こんなくだらない会話をしているうちに、階段を上り終えた。出会って2日で、もうこんなに打ち解けてしまっている。


 階段を上った先は少しばかり平坦な道が続く。しかし、受験期から運動の”う”の字もなかった僕の体力はかなり消費してしまっており、もう息が切れている。

「大枝君、息が切れてるぞ」

「もう疲れた……、教室はまだなの?」

「もうちょっとかな。ほら、そこの奥が入学式の会場だった体育館」

 そうなんだ。

「そんなに疲れて、高校のときは運動とかしてなかったの?」

「うん、昔から運動神経の無さには定評があるもんで。あと、この1年は受験だったし?」

「あー、受験な~。思い出したくないわ~」

「まあ、受かって今大学にいるからいいじゃん。」

「確かになぁ。でも1億円もらってもあの頃には戻りたくないな」

 そう言って互いに笑いあった。互いに何か含みもあるような言い方だったが、自分も自分で事情があったから、あまり気にしないでおこう。

 僕も、もうあまり思い出したくない過去の記憶だ。


 そんな話を5分も続けると、ガイダンスを行う教室についた。説明会を行う教室は平屋にあり、少し遠くからでも建物名と教室番号が見えるようになっているから、初見でもわかりやすい。

 同じ理工の新入生だろうか。半分以上、いや、ほぼ男子しかいない集団が、ずらずらと教室に入っているのがうかがえた。


 僕らも遅れまいと、彼らに続く。

 しかし入った教室は、後ろの席は既に埋まっていた。

 ドラマとかでよく見る、階段状で後ろの席が高くなっている。なんだか、大学っぽい。


 そんな中、中央左側の列の一番前の席に座っている、きれいなブラウンヘアの女の子が目に留まる。

 真面目な学生だな、と思いながらも、ふと、昨日の入学式で見た女性を思い出す。


「まさかまさか、昨日の子じゃないよな……」

 思っていたことが図らずも口から漏れてしまった。

 しまったと思い小城くんの様子をうかがうと、「まさかぁ、ありえないでしょ」とこぼしつつ

「ま、僕にとっては『黒髪ロングのおしとやかでオタクに優しい大和撫子』以外は、眼中に無いんだって」

 と昨日見たドヤ顔をしてきた。2回目だけど、その顔はもういいよ。高望みが過ぎる気がする。


 当たり前だが、教室の後ろからでは後ろ姿だけしかわからない。ロングで艶のある美しいブラウンヘアが目立つけれど、髪以外の情報が一切ないので、どんな人なのかはわからない。

 しかも、彼女の周辺には誰も座っていないのが余計に目立たせる。

 7席くらい空けた右側に、いかにも真面目そうな男子学生が一人座っているだけ。あとは彼の後ろにも数名といったところだ。

 前のほうに座っているのは、たぶん真面目で勉強熱心な人だろう。そして彼らは誰とも話すことなく、一人で座っている。まあ、大学始まって2日目で友達がいるほうが稀なケースなのかもしれない。


「後ろはいっぱいだから、前のほういこうぜ」

「おう、そうだな。」

 と、通路を下りて行ったが、列の選択を間違えたかもしれない。その通路の最前に、その女の子がいるのだから。

「おっ、ナンパでもすんのか?」

「しねぇよ。」

 案の定、小城がちゃかしてくる。もちろん、そんな気などさらさらない。あわよくば、とも思ってもいない。出会って2日目なのに、どうして自分は女ったらしキャラに認定されたのだろうか。本来の自分は全然違うぞ。

 いや、2日目でいじるほうもいじるほうだがな……。



 とりあえず空いていた、4列目の席に2人で陣取った。

 開始まであと10分ほどだ。

 横の椅子にリュックを置いて、ガサガサと筆記用具を探る。鞄の中にぐちゃぐちゃに入れてしまったので、どこにあるのかわからない。手の感覚を頼りに探しながら、話をつづける。


「今日って何の説明なの?」

「履修登録に関することとか、だと聞いてるけど、あとは知らん。」

「まじか。」

 小城君も知らないのか、と思いつつ、手先に筆箱の感覚があった。

「何時間くらいかかんのかな?」

「予定では2時間ってなってたな。」

「やべえ、ちゃんと読んでなかったわ。12時までってことか?」

「そういうことだな」

 2時間も説明会があるのは正直めんどくさいが、小城くんは堂々と

「あー、早く帰ってゲームしてぇ~」

 と伸びをしながら少しデカめの声で言った。しかし、檀上を見た僕は、あることを察してしまう。

「おい、それ先生に聞こえたらどうするんだよ」

「別に聞こえたってよくね?みんなうるさいし……」

 呑気だ何も気づいていない小城くんに、はあとため息をついてしまうが、ひとまず事情を説明しよう。

「……もう先生、目の前にいるぞ」

「…………あっ」

 やっと気づいたようだ。

 机に体を正対して、メモのためのノートを準備する。


「えー、ちょっと早いけど、今から資料配ります。全部で6つです。前から適当に配るので、後ろで数合わせてください。」

 前からA3サイズのプリントが配られてくる。前に座っていた男の子から資料を受け取り、小城君に一枚、自分に一枚を取ってから、後ろの席に回す。

「それから、一緒にこの『学修案内』っていうものも一緒に配ります。これは4年間ずっと使うものだから、なくさないようにしてくださいね。」

 前のほうから、青い冊子が回ってきた。130ページ余りあるこの冊子だが、暗めの群青色に黒字で「学習案内」と書かれているせいで、ちょっとタイトルが読みにくい。


「みなさま、ご入学おめでとうございます。今回ガイダンスを担当する南野と申します。どうぞよろしくお願いします。」


 丁寧な感じの先生だ。

 …………











 やっと休憩に入った……。長すぎる……。

 しかし時計を見れば、1時間しか経っていない。今までは塾の90分授業や、それ以上の時間のある入試も、集中すればあっという間だったのに、今日はものすごく長く感じる。

 よく考えれば、高校卒業から1ヶ月、机に座って先生の話を聞くということを一切しなかった、ブランクのせいだろう。きっと。


 休憩後は、学部長の挨拶とか、大学生としての心構えとか、生活の注意点などを説明するらしい。本来ならば学部長挨拶が最初にあるべきだが、先生が急用で遅れるらしい。


 先生の話を聞きながら、理工学部の重要そうな部分にはマーカーを引いたので、あとで「学修案内」をくまなく読んでおけば、なんとかなりそうだ。要約すると、今学期は


・必修は英語A、力学、化学Ⅰの3つ

・カテゴリーAの3つの授業から2つは取ること

・カテゴリーBの4つの授業から2つは取ること


 らしい。これを念頭に入れ、明後日までに決めてネットのシステム上で登録する。やり方は付属の資料に画像付きで丁寧に書かれている。これなら何とかなりそうだ。

 もしここで単位を落とす、ということになると……、来年以降が大変なことになるらしい。それだけは勘弁だ、創造するだけでゾッとする。


 ふと隣を見ると……小城くんは気持ちよさそうに寝息を立てている。説明中も寝ていたのかもしれない。

 かわいそうだから、次が始まるまでは寝させておこう、と思ったところ、ふわぁと変な声を立てて目を覚ました。

「あれ?僕、寝てた?」

「途中からガッツリ寝てたぞ。」

「まじかー……」

 わかりやすく凹んでいる。

「まあ、資料にだいたい書かれているから、読めばわかるよ。」

「ありがと。もし分からないことあれば教えてくれ……頼む……。」

「ええぞ」

 履修登録失敗して、留年だけは勘弁だもの。実際、数年前に登録に失敗して1年間無駄になった人もいたらしい。それも複数人……。


「なんかあったらLIНEで聞く。ありがとう。」

「ええぞ」

 表情を見ただけではわからないが、相当焦っていたようだ。

「このあとは寝るなよ」

 笑いながら釘を刺すと、「わーってる、だいじょうぶ。」と言いながらあくびをした。

 本当に大丈夫かな…


 小城くんに構って無駄話をしていたら、休憩の10分間はあっという間だった。トイレに行きそびれたが、大丈夫だろう。きっと。

「みなさん、お戻りになられたようなので、ガイダンスの後半を始めさせていただきます。学部長がいらしたので、ご挨拶をいただきます。」

 壇上に上がったのは、髭面で白髪のいかにもという感じの先生だ。


「学部長の神代です。このたびはご入学まことにおめでとうございます。…………」










 全てが終了した。終わったと思うと、どっと疲れが湧いてくる。

 学生生活の注意とか、困ったときの相談先だとか、これからの4年間を考えると大切な話なんだと思うが、全然ピンとこない。

 あとは帰るだけ。お昼どきなので、学食に行くという選択肢もある。


「このあとどうする?」

「そうだな、学食にいこうかな……」

 小城くんのお誘いを考える前に、前に座っていた例の女の子目に入った。彼女は消しカスを丁寧に片付けると、そのままスタスタ通路、すなわち僕のすぐ横を通り過ぎていく。思わず目が追ってしまった。

 顔は確認できなかったが、ある違和感を覚えた。肌の色が日本人にしてはあまりにも白すぎるのではないか?そういえば、入学式に見た姿を思い出すと、やはり同じくらい白かった気がする。

「おい、どうした?」

 そんなことをボーっと考えてしまったが、小城くんの声で現実世界に戻された。

「ナンパの方法でも考えてたのか?」

「違う、違う」

 慌てて否定する。でもこのままでは追及されて恥をかくのみ。話題を変えよう。

「あの女の子、ひょっとしたら留学生っぽいなー、と。」

「ほう?探偵さんはどのような推理を?」

 謎のノリが始まった。ここは乗ろう。

「さっきちらっと横顔が見えたけど、肌が白い。で、男女含めて誰も隣にいない、というのは、留学生だからまだ友達ができていない、と推測。」

「なるほど。さすがは名探偵。」


「でもさ、説明を一人で聞いて、留学生は理解できるのか?」

「!」

 言われてみればそうかもしれない。全編日本語オンリーの説明を、留学生ひとりで大丈夫だったのかな…?


「で、でも、日本語わかるのかもしれないよ……、授業は基本的に日本語だし……。」

「まあ確かに。この」

 よかった。納得してくれた。

「で、そんな君はあの子とお近づきになりたいわけか。他の友達が確認される前に。」


 うっ。

 女子なんてきょーみない、恋愛はどーでもいい、そう思い込んで隠していたものが出てきそうだ。出てこられると、困る。というか、今の自分には恋愛など叶うわけがない夢物語だ。

「違う違う。単に気になっただけ。ムリムリ。」

「まあ、我々理工男子は『カノジョ』なんてものからかけ離れた存在だからなあ」

 二人で笑いあう。


「あれ、でも黒髪ロングの大和撫子はどうした??」

「まあまあ、それまでの間ってことだよ。」

 小城くんはそうはぐらかし、教室には先生方と学生が数名残っているだけだった。

「てか、みんな出てっちゃった。学食混みそうだし、早く行くべ。」

「おう、そうだな」


 そそくさと教室を出て、学食へ向かう。

 他の学年も授業が始まっていないからか、思ったほど混んでいない。




 今日はラーメンでも食べようかな。

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