プロローグ1 桜の便り
桜前線が北上し始め、開花のニュースが飛び始めた3月下旬。僕にもやっと桜の便りが届いた。
ネットで掲示された合格者の受験番号一覧から自分の番号を探す。2291……2291……2291……。
発見。2291。
ホッと胸をなでおろす。無事に峯島大学の理工学部に合格した。
長かった……。本当に、長かった……。
家庭の事情で「大学は国公立限定。浪人もダメ」という厳しい条件のもと大学受験に挑戦したが、第一志望の某帝大は不合格。一番行きたかっただけあってショックも大きかったが、やるだけのことはやって、燃え尽きてしまったので、後悔はないと思っている。
大学は第三志望。国立大であり、後期試験があり、理工学部があり、実家から近い大学……と条件を絞ると、選択肢がどうしても限られてしまった。
偏差値は某帝大に比べて低い大学なので、先生方や友達から「峯島大学は、大枝くんなら余裕で大丈夫だろう」と言われていたが、いざ受験が終わり、合格発表を待つ段階ではドキドキするものだ。
自宅に届いた書類に入っていた合格通知書を改めて見ると、やっと4月から大学生になるのだという実感と喜びが込み上げてくる。
峯島大学には教育学部、経済学部、そして僕が合格した理工学部と3つの学部が存在するが、全て同じ場所にある。大きな大学では、理工学部だけ他の学部とは別の山奥に追いやられているケースがしばしば見られるが、規模の小さいこの大学は、1つしかないキャンパスに3学部が共存している。
しかし1つしかないこのキャンパスの立地はあまり良くない。訪れたのは入試のときの1回きりだが、とにかく周囲に店が無いという印象だった。
大学から徒歩5分のところに最寄り駅があるが、店舗は駅近くのコンビニ1軒のみ。駅から市街地までは電車で約10分だが、その電車も1時間に1本しかない。
まあ、立地が悪い分、田舎だ。家賃の相場も安いこともあり、親からも一人暮らしの許可が下りた。父からは「一人暮らしも勉強のうちだぞ」と言われていたが、これで憧れの一人暮らし。一人ですべてやらなければならないが、何をしても怒られない自由な生活が待っている。
それから、峯島大学にはもう一つ珍しい特徴が存在する。
履修できる第二外国語の種類がやけに多いことだ。
資料に封入されていた「第二外国語一覧」を見ると、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ロシア語、アラビア語、オランダ語、ヒンディー語、韓国語、中国語。
「さまざまな言語に触れ、多様性に富んだ人財を育成する」という教育方針が書かれているが、多様性が過ぎる。11種類もある大学なんて、外国語専門の大学以外にあるのだろうか。しかもアラビア語やヒンディー語といった言語まで用意されている。さらに中国語は「繁体コース」と「簡体コース」に分かれているらしい。
第二外国語は1年生の必修科目なので、この11種の言語から履修するものを一つ選ばなければならない。
Twїtterで「#春から峯島大学」で調べてみると、「第二外国語のオススメ度」をまとめている投稿があった。いいねの数は既に300を超えている。
フランス語:△授業は分かりにくいが、個別で質問すればかなり丁寧に答えてくれる。先生が美人
ドイツ語:×先生が細かいところまで注文つけてくる。テストは無いが、作文なので非常に面倒。
イタリア語:○テストでイタリア語の歌を歌わせられる、らしい。
スペイン語:◎友達曰く「最高。先生の話がめちゃめちゃ面白いし、菩薩かと思うほど優しい」とのこと。
ポルトガル語:○出席を取らないし、テストの時は教科書の持ち込み可。
ロシア語:×難しいし説明も分かりにくい。一発目のテストだけでは全員落単だった、という噂も。
アラビア語:△文字に慣れるまでが難だが、テストは易しい。やけに人気がある。
オランダ語:○レポートだけで、辞書さえ使えれば問題ない。
ヒンディー語:△中身は難しいが、先生は丁寧に教えてくれる。たまにご飯をご馳走してくれる。
韓国語:△先生の性格に難ありだが、テストは比較的簡単らしい。
中国語:◎簡体・繁体どちらでも基本的に簡単。希望者が多いので抽選漏れに注意。
なるほど。とても丁寧にまとまっているし、これは新入生にとって有益すぎる情報だ。
よく大学に検閲されずに残ったなと笑いもこぼれる。僕もいいねを押した。
改めて第二外国語に関する書類に目を通すと、それぞれの担当教員、定員、時限、言語の特徴もそれぞれ書かれている。もちろんながら、悪い情報は一切書かれていない。
さて、この中から選ばねばならない。書類のQRコードから読み取るネットのフォームから登録すればOKだが、締め切りは3月27日。今日が23日だから、あと5日しかない。
迷う。情報量が多すぎて、迷う。第三希望まで選べるせいで、余計迷う。
気になったのはヒンディー語、オランダ語、ポルトガル語。他の大学ではできなさそうな言語だ。せっかく峯島大学に入るのだから、峯島大ならではのことをやってみたい。
しかし、逆に気になったのはロシア語だ。これだけ酷評されていると、どんな内容なのか逆に気になってしまう。逆張り人間の性なのだろうか? もしロシア語をマスターすれば、ロシア人美女とお話ができるのでは?という下心も生まれたが、そんなくだらない理由は無かったことにした。そもそも、田舎でロシア人に出会うことなんて絶対にあり得ないだろう。
授業が難しそうなのは気がかりだが、難しいからこそチャレンジしてみたい、という気持ちが、だんだんと強くなる。ヒンディー語か、オランダ語か、ポルトガル語か、それともロシア語か。
〆切前日。意を決する。
第一希望の項目でロシア語にチェックマークを入れ、送信ボタンを押した。
現在、作者多忙のため、次話の更新は1ヶ月後となりそうです。ご了承ください。
Извините пожалуйста.




