嬉しくもない巡り合い ―エレン―
「エレンディール嬢?」
「まぁ、レイモンド様?!」
聞きたくなかった声に振り返り、思わず顔をしかめそうになったのを慌てて取り繕う。
「驚きましたわ。よもやお会いできるとは思ってもおらず。ソフィーから何も伺っておりませんでしたの。彼女はどちらに?」
「今日は、ソフィーは疲れているらしくて休ませているんです」
「そうでしたの」
不在と知り少し安心する。
とは言え、あの子がいないからといって油断はできない。少しでも彼と親しいそぶりを見せれば、誰かの口を伝わって彼女の耳に入るかもしれないのだ。そうすればまたあたくしは死ぬことになる可能性が高い。
「僕の方こそ驚きましたよ。貴女はこういった小さな集まりには参加なさらないと伺っていたから」
「ええ、普段はそうなのですけれど。ここのところ、体調が良くなく塞いでいたものですから、気分転換にと」
その為にわざわざソフィーに予定を伺う手紙まで出したというのに。
あたくしの心中など知らぬ彼は爽やかに笑い、手に持ったグラスの一つをこちらに差し出す。
「乾杯しませんか。僕たちの出会いに。家でいつも、ソフィーはあなたのことばかり話すんですよ。妬けるくらいに。できれば、僕とも仲良くなっていただけると嬉しいです」
「嬉しいことを仰ってくださいますのね。あたくしもソフィーが大好きですのよ。お2人の幸せを心から願っておりますわ」
今日もまた口をつけるにとどめる。
この男がいる限り、絶対に酔ってはいけない。
減らないグラスに彼は怪訝そうに眉をしかめ、
「あまりお飲みにならないのですね。ソフィーからお強いと伺っていたのですが」
「ええ。まだ体調が万全ではありませんの」
「それは残念だ。僕も酒は嗜むほうなのです」
知っているわ、と思わず言いそうになった。
彼は敷布のしわひとつにもすぐ気がつくほど繊細で、果実酒の温度や木栓の匂い移りにも敏感だった。
「体調が戻った暁には是非に」
通りかかった給仕係の盆にグラスを置こうとしたのを彼にとられる。指が彼に触れどきっとした。
「僕が戻しておきますよ。もしご気分がすぐれないのでしたら、椅子にご案内しましょうか」
一瞬心臓が跳ねたのは、ときめきではなく恐怖からだった。それ以外に変化はない。
やはり今回もあの足元がおぼつかなくなるような、歩き方を忘れてしまったかのようなふわふわとした高揚感がない。
1度目にあまりにも愚かな恋に身をやつしてしまったせいで免疫ができたのかしら。
あたくしにとっては都合がいいけれど。
「いいえ、もう帰りますから。御機嫌よう」