招かれざる客 ―エレン―
「エレン、お加減はいかが?」
あの日から5日が経ち、ソフィーが突然屋敷を訪れてきた。
予想外だわ。彼女は強く出れば、必ず引き下がる性格だった。
だから、体調が悪いとしつこく手紙に書いたはずで、予定ではあと10日は引っ張るつもりだったのに。
御大層にも早速、彼をどう思うか探りに来たのだろうか。笑ってしまう。
親友の男を狙うような女だと最初から思われていたということかしら。
黙っているあたくしに彼女は顔を曇らせ、
「押しかけてごめんなさい。その……体調がすぐれないと伺っていたから」
「ご心配ありがとう。もう大丈夫よ」
いつもなら、人のことを心配している場合かと説教をしているところだろう。
相も変わらず、ソフィーの肌は青白く、声には覇気がない。
それでも彼女は美しかった。今にも消えてしまいそうな、どこか不健全な美しさとでも言えばいいのか。
可憐で華奢で、幼い顔立ちは愛らしく、庇護欲をそそらせる見目であり、その存在は古い物語に登場する妖精のように儚げだった。透き通るような白い肌にかかる銀色の髪は光り輝いて緩く曲線を描き、まつげに縁どられた瞳は私を食べてと妖しく誘いをかける赤く熟れた実の如く。淡く染まった小さな唇から紡がれる声は小鳥の囀りにも似て可愛らしい。
とにかくあたくしとは何もかもが正反対で、彼女はリボンやフリルやレースに包まれた砂糖菓子のように甘い。
――それが人殺しだなんて。
本当に人は見かけによらないものだ。そのことをまさか命をかけて体感させられるとは。
「体調がすぐれないのは、あの夜会からなの? それまでは元気だったわよね?」
髪を結ぶリボンがふわりと揺れ、熱のこもった目で彼女がぐっと身を乗り出す。
「いいえ、そういう訳ではないの。もともと体調が良くなかったのよ。ちょっと無理をしてしまっただけ。でも、もうずいぶんと良くなったから問題ないわ」
「それならいいのだけれど。オランジェナをお渡ししたから、良かったらあとで召し上がってね」
あたくしの返答にほっとうなずき、安心したように胸に手を当てる。
オランジェナは酸味のある柑橘類であたくしが好んで食す果物の一つだった。はるか南から運ばれてくるために高価で、実家を失くし親戚の家に厄介になっている彼女にはなかなか手が出せないもののはずだ。
「あっ、心配しないで。彼が出してくれたの」
「そう。素敵な婚約者さまね」
ソフィーは夢見がちな少女のように曖昧に微笑む。
普段なら言葉は尽きることがなく、いつまでもおしゃべりは続いていたのに、今は話題を探すのすら難しい。
彼女もこのぎこちない空気を感じているのかもしれない。普段以上に言葉数が少なかった。
「あまり長居しては、体調に差し障るわね。今日はこれでお暇するわ」
「せっかくですもの。もう少し、いいじゃない」
「でも……」
「彼のことを聞かせて頂戴。もちろん、他のことでもかまわないわ。もう少し一緒にいましょうよ」
「でも、彼からあまりお邪魔になってはいけないって言われているから」
彼女と交差しない人生を行く。
そう決めたけれど、今それを悟られてはいけない。
あたくしは笑う。
「お邪魔だなんてあるわけないじゃない。あたくしたちは仲のいいお友達でしょう?」