扉は開かれる ―ソフィー―
エレンからひさしぶりに連絡があったのは、それからひと月以上経ってのことだった。
「ソフィーお嬢様、招待状が届いております」
「……誰からなの」
「エレンディール・キングストン様からです」
「い、今すぐ見せて!!」
見慣れた封蝋の手紙には、いつもの通りのエレンらしい季節の挨拶と美しい詩の一文とお屋敷への招待文が書かれていた。今までのしがらみも、私が彼女を無視し続けたことも、存在しなかったかのように優しい言葉で。
筆跡は彼女らしく迷いがなく美しく、それでいて力強い。文字からも彼女の自信と変わらない真っ直ぐな心根を感じることができた。
「すぐに出るから、使いの人には待っててもらって」
「お待ちください、レイモンド様に確認を取っておりません」
使用人が、出かけようと外套を手にする私を咎める。阻むように勢いよく衣装棚の戸を閉められ、もう少しで指をはさむところだった。
彼女はレイモンドの身の回りを担当している古参の使用人で、彼が重用している内のひとりだった。
いつ、どこに、どのくらい滞在するか、ずっと私の予定は全てレイモンドが決めていた。私は彼の言うとおりに返事を出して行動していただけ。
目の前の彼女はその手順を踏めと私に言っている。いいえ、命じている。
他のことなら耐えられる。でも、エレンに会うのを邪魔されることだけは我慢できなかった。
特にレイモンドはここのところとても忙しそうで屋敷を空けることが多く、お陰で彼から何かをされることはなくなっていたけれど、反対にそのせいですぐに返事を出せるとは思えなかった。
もし、これが最後のお誘いだったら?
もし、レイモンドを待っている内にエレンが本当に私をあきらめてしまったら?
レイモンドに折檻されるよりも何日も続く痛みよりも、そのことの方がよっぽど怖い。
彼女に会えないことがまるで飢えのように身の内を蝕んでいた。
「……わかったわ。レイモンドにはこう言うわね。この手紙にはできるだけ早く来て欲しいと書いてあったけれど、あなたがレイモンドの許可を取るまで待たせると決めた、と。キングストン家から何か言われたらあなたが責任を取ると言っていたわ、と」
キングストンの名前を出されて、流石に彼女がたじろぐ。
もし本当にキングストン家から苦情が来たら、レイモンドは彼女を迷わずクビにすることが分かっているから。
少なくとも、私が勝手に出かけた、自分は止めたのだとレイモンドに訴える方が万が一の際の被るものが少ないと計算したのだと思う。
彼女が抑えていた衣装棚から手を離した。そうして足音荒々しく部屋を出ていく。
「レイモンドから怒られることは私だって承知の上よ」
それでも、今は一目でもいい エレンに会いたい。あの凛とした声で名を呼んでもらいたい。せめて彼女の瞳に映りたい。
ただそれだけだった。
「ソフィー様、エレンディールお嬢様がお待ちです。お連れいたします」
御者の人がいつもと同じように優しく声をかけてくれる。
エレンが私を待っている。その一言は天上の音楽のように響き、何よりも心に沁みた。
馬車の歩みが普段以上に遅く感じる。
速く、もっと速く。心の中で急く声がする。その一方で、帰るべきだと窘める自分もいた。
彼女をこれ以上巻き込むべきではない、と。
いつだってそう思っていた。でもいつだって私はエレンに会わずにはいられなかった。
私はまた、来てしまっている。
私は愚かだ。
彼女を傷つけたくないと思いながら、結局離れる勇気を持てない。
今だって、身勝手にも会えると思っただけでこんなにも胸が躍っている。
「よく来てくれたわね、ソフィー」
彼女のお屋敷につくと、想像もしていなかった光景が広がっていた。
通されたのは大広間で、その中央の豪奢な椅子に女王然として、優雅に微笑み足を組んで座っている彼女の足元には、何人もの男の人が縛られて転がっていた。みな、着ている物からして結構な身分の人のように思える。
驚いている私を見て、エレンが笑う。
「待っていたのよ。さぁ、踊りましょう」