裏切り、そして死 ―エレン―
この物語には虐待の描写が出てきます。ご注意ください。
「……かっ ……っ……く」
声にならない呻きが漏れる。
雨だろうか。顔に零れる雫はやけに温かい。
「どうしてなの?」
場所も時間もあいまいな中、彼女の声が聞こえる。華奢な体のいずこにそのような力があったのだろう。
悲壮な響きにもかかわらず、こちらの息の根を止めようとする力に変化はなかった。
「どうして、彼をっ……?」
返事をしたくても絞めつけられた喉からは声が出せず、振り払いたくともなぜか力が入らなかった。
「エレン……エレンディールっ」
愛称ではなく、名前を呼ばれたのは幼い頃に出会って以来だ。
霞んだ視界にぼろぼろと涙をこぼす彼女の泣き顔が見えた。
ソフィー、と心の中で彼女の名前を呼ぶ。
月光のような銀色の髪にほの赤い瞳。
可憐な容姿と愛らしい性格で、本来なら彼からも大切にされるはずだった少女。
あたくしの友で、あたくしに男を奪われた女。
おかしくておかしくてたまらない。
思わずこぼれた笑いに彼女の絶望の声が重なる。
「どうして、あなたは――」
またひとつ、ぽつりと頬に雫が落ちる。
「それでも……あなたにだけは……私を選んでほしかった」
ぐっと力がこめられたのが分かった。意識がさらに遠のく。
それが、親友の婚約者を寝取ったあたくしの最期だった。