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(2)


宮城昴という人間は変わっていると思う。

長く伸ばした前髪と厚みのある眼鏡で顔の半分程は常に隠れているし、俯きがちだからその顔をしっかりと見たことがある人間は少ないだろう。

入学当初はその顔を見たがる人間も多かったが、火傷の痕が……などと辛そうに言っていたら同情こそすれ面白がるような馬鹿はいなくなった。勿論、それが嘘だとは親しい人間なら皆知っていることだが。

見た目こそ地味だが、昴は中々に人づきあいが良く、交流関係が広くてそこそこに成績も良い。

そんな彼は気に入った人間を時折弄り倒したくなるらしく、和葉はよくその被害者になっていた。今の流行りで言うなら間違いなく昴はサディスティックな人間である。

そんな、端的に言うなれば普通の一般市民と言った昴が、才色兼備の香月の月姫と名高い宮城浹の兄だなんて――とても信じられなかった。

だがしかし、そんなくだらない嘘を吐くような人間ではないことなど承知している。


「苗字一緒だろ?年のことなら、俺達は双子だからな」

「な、なんで皆、それを知らないんだ……?」

「情報というものは、しかるべき処置をすれば漏れないものなのだよ、和葉くん」


それに、と昴は笑った。

この学校には、高校以前の知り合いが一人もいない上に、これだけ共通点がなければ誰も疑わないないだろう? と。

前髪の隙間から僅かに見えた顔が、どことなくあの少女に似ていたような気がしたのは、気のせいだろうか。

唖然とする和葉へ、昴はにやにやと笑いながら言った。


「この頃、どうも注意散漫のようだが――自分でもその原因がわかってないだろ? 協力してやろうか」


それが何を意味するのかはわからなかったが、この所日常生活においても、確かにぼーっとしている。しっかりしなくてはと思っていた所だ。

悪魔の囁きのように聞こえるが……まあ、悪いようにはきっとしないだろう。

自分でも原因のわからないこの状態が治るならと、和葉は頷いた。

その結果――。


「じゃ、お前『例の競技』に出場するって言っておいたから」

「……は?」


頑張ってね、と笑う口元。

一瞬、何を言われたのかわからなかった和葉は、相手の言葉を理解した瞬間、絶叫していた。


「はああああああああ!?」


気付けば黒板には、いつのまにか、ある競技の種目名と、自分の名前が書かれていた。

先刻の和葉がぼーっとしていたHRで、体育祭の競技決めが行われていたのだが、彼は聴いていなかったので、勝手に昴が推薦して、決定してしまったのだ。

徒競争やらリレーやら、五つも自分の名前がある。

いや、たくさんの種目に出なければならないことはまだいいけれど、ある競技だけは問題だった。

それは、あまりの内容と重圧感に、誰もが避けるもの。


「昴ー!!!」


和葉は、悲鳴のように友人の名を叫び、その襟首を掴んで揺さぶった。

昴はされるがまま、余裕の笑みを見せる。

半狂乱になった和葉を級友達が取り押さえ、皆一様に、あきらめろと声を掛け――変えられない事実に、和葉は暫く沈み込むのだった。

その時にはもう、すっかり先ほどの衝撃的な告白は頭から抜けていた。







「あ、あの、浹様!」


会議の後、教室へと戻る道すがら、数人の女生徒に声を掛けられた浹は、歩みを止めた。

にこりと笑みを浮かべると、小首を傾げる。


「どうかしましたか?」

「あの、今年も演舞には参加なさるんですよね!?」


顔を赤くしながら問いかけられて、緊張しているのかなと思いながら、浹は安心させるように優しく相槌を打ち、苦笑した。


「ええ、推薦を受けてしまいましたわ」


きゃあっと上がる歓声。

生徒が互いに敬語を使い合う姿は、香月特有の姿だった。規則というわけでもないのだが、「お嬢様」という人種が多いので、一般家庭の生徒もそれに慣れようとして砕けた敬語を使っている傾向にある。

特に一般生徒にとって、月姫は憧れの存在だ。彼女達は、ごく普通の家庭の子達だと記憶している。ほんの少し無理をした敬語がなんだか微笑ましい。

少女達は嬉しそうに、浹に言った。


「頑張ってくださいね! 生徒会もお忙しいでしょうけど、浹様の演舞を楽しみにしてます!」


ありがとう、と礼を述べて、言葉を交わしたことで嬉しそうな少女達と別れる。

廊下を歩きながら、隣にいた礼芽が、ぼそりと呟いた。


「…浹は、話し方が三つある…」

「え?」

「社交関係では良家の子女らしい敬語、気を許した相手には砕けた敬語……あまり好まない相手には、慇懃無礼な敬語だ」

「そ、そうですか…?」


自分では口調のことを理解していないようだ。

浹は育った環境が特殊だったせいで、敬語でない話し方ができない。

仕方のないことだとはわかるけれど、とても小さな頃は、敬語なんてあまり使っていなかったのにな、と礼芽は時折思うのだ。

それでも自分と話している時は、時々少しだけ、敬語が抜けることがある。

それは心を許している証拠だと知った時、とても嬉しくなったのを覚えていた。

首を捻る友人へ、礼芽は首を振る。


「気にしないでいい。ただ思っただけだから」

「はい。…でも、気付きませんでした――学校の方と接する時は、ついつい見栄を張ってしまうのかもしれませんね」

「…浹は、周りの望みを叶えようとするから」


ぼそり、と小さく呟いた言葉は聞こえなかったらしい。

何ですか? と問われたけれど、何でもないと再び頭を横に振った。

宮城浹という少女は、周囲の期待に応えよう応えようと、無意識の内に頑張る傾向にある。

それがいつか彼女を押しつぶしはしないかと、霧崎礼芽は密かに危惧していた。


「――浹、演舞の練習の時は言って。代わりに執務をする」

「え、でも、礼芽も忙しいのに――」

「そのための『星』だ。私の役目を取り上げる気か?」

「…いいえ。よろしくお願いします」


緋桜祭では、数人の選ばれた生徒による『月舞い』という演舞の種目がある。

点数を競い合うだけでなく、純粋な鑑賞のための競技もいるだろうとする初代の生徒会が作ったものであるらしいが、その練習にもかなりの時間が要する。

ただでさえ忙しい浹は、放っておくと一人でどこまでも無理をするのでと礼芽は釘を刺したわけだった。

霧崎礼芽もまた、香月女子高等学校の生徒会の一員。会長たる『月姫』を支える生徒会の役員は、月に対して星と言われるが、特にその中でも、第二の地位にある副会長は、『星華ほしはな』と呼ばれる、陰の実力者が就くもので。礼芽はその名を冠する者だった。

しぶしぶながらに仕事を分担することに頷いた浹を見ながら、礼芽はふと思った。

彼女は今、生まれて初めて恋をしているという。

願わくば、その相手が、浹に良い影響を与えてはくれないだろうか、と。

礼芽の調査によれば、その少年に対する判断は保留、といった所なのだが。

宮城昴という男が、妹に何の益ももたらさないような人間を恋人候補に選ぶはずがない。

もしかしたら、何かが変わるのではないだろうかと、そう思った。


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