第五楽章
この所憂いを見せていた貴人は、どうやらひとまず元気を取り戻したらしい。
それはこの週から、かの少女が常よりも忙しく立ち回らねばならなくなったことも原因なのだろうが、リブラスの面々は一応、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。
一週間、と霧崎礼芽に言い置いた親衛隊達は、三日と置かぬ内に浹が調子を取り戻したことでますます、一体何があったのだろうかと訝ったが、敬愛する人物が多忙の中にいては、彼女の支援が第一と、ごく水面下で調査を続けるのみで、親衛隊としての素晴らしい働きを見せることになる。
季節は夏――七月に入ってすぐに行われる期末考査の直前たる六月下旬に、香月女子高等学校では体育祭が催される。
進学校であり生徒の約半数がどこかの令嬢であるという私立の名のある高校にしては、その活動は極めて異例な程に精力的であった。
観客は特別な招待券を有するか生徒の家族しか受け入れられないのだが、客などいなくとも、各学年でトップに立ったクラスへの褒美、また優勝した団への褒美が通常考えられない程に豪華であるために、生徒は一丸となって体育祭という行事に取り組むのだ。
同日に、隣では灯陽の体育祭が行われる。両校においてある種目だけが共通して行われ、それによる結果の勝敗を競ってきたという伝統もあるために、一層生徒達は盛り上がりを見せていた。
去年は灯陽に勝ちを持って行かれた。今年は香月の番だ――というわけである。
香月の場合は、緋桜祭。
灯陽は――蒼牙祭という名で、それぞれの体育祭は呼ばれていた。
そんな中、香月の生徒会長である宮城浹は、当然ながら、様々な業務に追われる時期となるのだった。
†月と太陽の狂騒曲†
~The fifth movement~
「…おーい、か・ず・はちゃん」
「…………」
「駄目だこりゃ…おい昴ー。こいつどうしちまったんだ?最近。禁句言っても反応しねーし」
女の子のようだとからかわれることを何より嫌うはずなのに。
目の前で手を振ってみても、ぼんやりと考え込んだまま、少女のように可愛らしい少年はぴくりとも動かない。
「――ああ、ほっといていい。競技は俺が勝手に推薦しておく」
「そーかあ?じゃあよろしくー」
ひらりと手を振ってその場を離れた級友に頷くと、昴はにやりと笑みを浮かべた。
そしてその後、HR終了のベルが鳴り響いた後。
こっそりと和葉に近付いた昴は、その耳元に口を寄せ、ぼそりと囁いた。
「…宮城浹」
「えっ!?」
びくり、と跳ねた友の様子に、くっと笑みがこみ上げた。
「す、昴…?」
「この間、和葉ちゃんが屋上で話してた相手だよ。誰だったのか気になってたんだろ?」
「お、おま、なん…っ!?」
ぱくぱくと金魚のように口を開閉させる友に、笑みを崩さぬまま、昴はけろっと白状する。
「ここの屋上からこっそり双眼鏡で覗いてたから」
「……お前なあ…」
げんなりした様子で和葉は溜め息を吐いたが、昴は飄々と、心配だったからと嘯いた。
「――昴、あの子のこと知ってるのか?」
もういいと諦めて問えば、あっさりと宮城昴は言った。
「知ってるも何も、妹だ」
「はあああ!?」
涼しげに落とされた爆弾に対して、和葉は絶叫する。
そして暫く、信じがたい事実に硬直してしまうのだった。