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(2)





香月の屋上は、一般生徒には公開されていない。

常に施錠されているそこの鍵を宮城浹が所有している理由は、彼女が『月姫』という立場にあるからに他ならなかった。

『月姫』は、名実共に香月の頂点に立つ者である。英知を持ち、器量に優れ、指導力溢れる者が選ばれる。

つまり、『月姫』とは生徒の代表格――生徒会長でもあるのだ。

都築和葉が香月の屋上に現れた時、浹の他に人がいなかった理由はそこにある。



「ここは一般生徒は立ち入り禁止のはずだけれど…生徒会のどなたかのお知り合いかしら?」


小首を傾げた浹に対し、和葉はざあっと音を立てたように顔色を悪くした。

内心で、知っていたに違いない友人に罵詈雑言を並べ立てる。


(昴ぅー!!)


今頃、彼は含み笑いしているかもしれない。

ぎりぎりと拳を握りながら――和葉という少年は、見た目に反してかなりアグレッシブな性格である――如何にして危機を乗り越えるかと焦っていると、手にしていたものが相手の目に留まったらしい。


「あら…そのハンカチ…」

「!あ…これは…っ」


慌てて手を後ろに回す。

怪しげな行動だと思われただろうが、仕方ない。

何しろこれは、


「…灯陽の校章…」


ぽつりと少女が呟いて、和葉は目を見開いた。

見た目は自分でも女にしか見えないと落ち込んだ女装だが、態度や癖は男のもの。男子校のハンカチなんて持っているのがわかれば、疑われるのではないか――。


「…どうやって入手なさったのかは知りませんが、随分と古いおまじないをご存知ですね」

「…え?」


浹は柔和な笑みを浮かべて、訥々と語る。

どこかその笑顔が、哀しそうに見えた。


(…なんだ…?)


胸を、何か分からぬ想いが過る。

首を捻りかけた和葉を他所に、浹はただ言葉を紡いだ。


「校舎の屋上のフェンスに灯陽のハンカチを結びつけると恋が実る――生徒会が屋上を管理するまで、時折行われていた恋のおまじないでしょう?」

「……!?」


そんな馬鹿な。

和葉は顔を真っ赤にして、思わず首をぶんぶんと横に振っていた。

浹は、目を瞬かせる。


「あの…?」

「こ、これは人に頼まれただけで、お…私がしたかったわけじゃ…!」


俺、と言いかけて慌てた。

もう何だか本当に恥ずかしくて、思考がとびかけている。危ない危ない。


「…そう、ですか…」


どことなく温もりのある声に相手を見遣れば、見惚れる程に可愛らしい笑みが浮かんでいた。

――衝撃だった。よくわからないけれど、心臓の鼓動が高鳴る。

友人達から情緒に欠ける、超鈍感と呆れられているとも知らぬ彼は、それが何の芽生えであるか気付かなかったのだ。

「本当はいけないことですけど」と悪戯っぽく笑った少女は、フェンスにハンカチを結ぶことを許可してくれた。ただし、明日には外してしまうと条件を付けて。

取り敢えず目的は果たしたのだからいいだろう、そう思って、ハンカチを結んだ和葉は、挙動不審なまま屋上を後にしようとして――ドアが閉じる前に聞こえた言葉に、ぎょっとした。


「誰にもいいませんけど、もう別の学校に忍び込まない方がいいですよ。ここの生徒は目立つ人間を把握してますから。隣だと、バレた時が大変でしょう?…ごきげんよう、都筑さん」


振り返る間も無くドアは締まり、鍵も掛けられ――他に人が来そうな気配を感じて、和葉は急いで逃亡したのだった。




正体がバレたことと、彼女を思うと何故か気分が高揚することを黙ったまま、和葉は原因たる昴を締め上げたのだが、友人は悪い悪いというばかりで反省の色が見られなかった。

やれやれ、そう思いながら、自分の不思議な感情を持て余す。

何なんだろう…そう、和葉は呟いた。

そう言えば、彼女の名前を知らないままだ――そんな物思いに耽り、どこか遠くへ意識を飛ばした彼へ、友人がにやりと笑みを浮かべて観察していたことに、当人を含め誰も気付かなかった。



同じ頃、同じ記憶を思い出していた少女は、初めての恋に胸を焦がす。

女子高に忍び込んでまで叶えたい恋が彼にはあるのかと思った時、ひどく胸が痛んだ。悲しい、と泣く自分がいた。

それが次の瞬間に掻き消えた時の喜び――。

自覚した悲哀と、そうでないと知った時の歓喜。

それが恋に落ちたことだと、わかってしまった。

何故、と言われても多分説明できない。答えられない、理屈では語れない――だからこそそれは恋であるのだと、昔何かの本で読んだ覚えがある。

礼芽に話したことは彼を好ましく思う理由の一つで、十分な説明は出来なかった。

理屈では語れない、それが正しければ自分にも当てはまる。言い得て妙とはこのことか、と浹はただ納得するのみだった。

常に無く気持ちがふわふわしているらしい彼女を見て、礼芽は無表情の中に少しだけ、笑みを浮かべた。



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