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それはまるで、泡沫の夢の如く。

香る月の地に、麗しき姫が舞い降りた――。


後日、新聞部発行の学校新聞『月のいとま』の一面を飾ったのは、宮城浹が踊っている場面に添えられた、そんな文字。

新聞部の部長や香月の人々は惚れ惚れする出来合いだと満足したが、本人は一人恥ずかしがったとか。

しかし、まるで物語のように、彼女の舞いは美しかったのだ。




鈴の音と笛の音色が混じり、純粋な高音が統べる場で、音の美しさに負けず劣らず、浹は鮮やかに舞って見せた。

ひらひらと蝶のように舞う袖は、優雅に翻り、白と紅、それに彼女の黒髪が何とも言えない情景を描き出していた。

人々は息をひそめてただじっと、気高い舞姫の動きに見入る。

一切の雑音が聞こえぬ程に鎮まり返った香月の校庭にて、浹は僅かなぶれも見せずに軽やかに舞った。衣服に鈴が絡みそうなものを、絶妙な手捌きで美しい衣装を操った。

緋色の草履が土を擦る音も、ほとんど聞こえない。

まるで彼女の周りだけが時間の流れが違うかの如く、静謐な雰囲気が漂っていた。

衣装だけでなく、扇の扱いも見事としか言いようがなく、手首の返しから扇の開閉の手つきまで、何もかも申し分なかった。

朱を刷いただけの簡単な化粧は彼女の美しさを際立たせ、舞うその顔はどこか扇情的な色香を見せる。

笛の音が最高潮に達した瞬間、浹は嫣然と微笑んで見せた。

正に、月姫と言うに相応しい舞い。

全ての音が止み、彼女が優雅に一礼した数秒後に、はっと我に返った観客は全員、凄まじい歓声を上げて、少女の美舞を称えたのだった。

歓声にびくりと震え、気になる少女に陶酔していた自分に気付いた和葉は、瞬きを繰り返し、見惚れていたことに顔を熱くした。

何故だかどぎまぎとしながら顔を横に向ければ、相変わらず前髪に隠れて見えないながら、口元を三日月に歪めてにやりと嫌な笑みを浮かべている友人と顔を合わせた。


「……何だよ」

「いーや。いいもの見れただろ? 感謝しろよ」

「………」


そりゃあ礼を言う程のものだったとは思うが、この男に素直に感謝を述べるのは物凄く癪に障る。口をへの字に曲げ、眉間に皺を寄せていると、昴はそんな和葉を置いて、するすると木を降り始めた。


「あ、おいっ」


置いて行かれそうになり、和葉は慌てて声を上げる。

既に地面に着地しようかとしていた昴は振り向き、口の前に人差し指を立てた。


「あんまり大きい声を出すな。あ、もうすぐここ見回りが来るからな、早く降りた方がいいぞ。切っておいた監視カメラも運転を再開するし」

「は……?」


ぽかんと口を開ける和葉を余所に、とんでもないことを抜かした昴はさっさと走り出してしまった。

その後ろ姿を見て、和葉はかつてない程に敏捷に木を降り、茂みを走り抜ける。

ちらりと後ろを見れば、視界の端を警備員と思しき姿が掠め、間一髪だったと冷や汗を拭う。

とっくに、友人の姿は無い。

後で絶対殴ってやると怒りの炎を燃やしながら、まだ興奮冷めやらぬ人々の声を背中に、『月姫』と謳われる少女の舞いの美しさに心を囚われたまま、やや名残惜しげに和葉は自校の体育祭へと戻って行ったのだった。




――そうして、時は満ちる。

それぞれの高校の中でもいくつかの団に分かれ、戦っているため、どの団が勝ったかを競うことも大きな目標である。それ故に午後の競技の最後は大きな得点源となる全学年対抗リレーがあるのだが、その競技の二つ前に、緋桜祭・蒼牙祭におけるある意味最大の競技が行われる。

香月と灯陽の威信を懸けたと言っても良い、両校合同競技。

それは、代表選手による――『借り物競走』だった。


たかが借り物、されど借り物――彼、彼女達は、スタートしてから、自らの母校ホームではなく、指定されたものを、他校ライバルまで向かって、借りに行かねばならない。勿論安全が確保されるよう最大の配慮はされており、選手だけが互いの校門を潜ることができるのだが、敵の本拠地から目的のものを持っていかなければならないということは、かなり厳しいものがある。

しかもその指定される中身はいつもなかなかにして厳しいものがあり、彼らは必死に知恵を絞るのだ。


そろそろ体育祭編も終わりたい…。

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