第一楽章
きゃああああっ!! ……と、悲鳴のような嬌声があちらこちらで上がった。
「お姉さまーっ!!」
「こちらをお向きになって!」
「ちょっとあなた、お姉さまに馴々しすぎてよ!!」
「何を仰っているの?! あなたこそご自分のお顔を鏡で見て出直していらしたらどう?!」
「まあ!なんてことを!」
「お姉様ーっ!」
「お慕いしております、お姉様ーっ!!」
「邪魔ですわっ! お姉様、贈り物です、お受け取りください!!」
「まあ、抜け駆けよ! お姉様、わたくしも!!」
「わたくしもよ!!」
ぎゃあぎゃあと揉める乙女達の熾烈な諍いに、困ったような笑顔を見せながら、彼女は柔らかく言った。
「ありがとう、皆さん。でも、そんなに焦らないで。怪我でもしたら大変よ。女の子は特に、自分を大事にしなくてはね?」
ふわりと聖女の如く微笑まれ、乙女達は陶然とした。
「お姉様…わたくしのことを心配してくださるなんて…」
「あら何を言ってらっしゃるの? お姉様はわたくしに…」
「いいえわたくしが…!」
おさまらない言い合いを鎮めるのは、やはり凛とした鶴の一声。
「皆さん、私は所用がありますので、失礼致しますわ。…ごきげんよう」
にっこりと、しとやかに微笑んで去りゆく背中を、ごきげんようと唱和しながら、乙女達は熱い眼差しで見送った。
「素敵…お姉様…」
誰かが呟いた一言に、異論のある者は誰一人としていないのだった……。
月と太陽の狂騒曲
~The first movement~
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花――。
そんな、美人を形容することばの良く似合う……否、これ以上は似合うまいという程美しい少女が、隣接する学校――私立香月女子高等学校には在席する。
此処、私立灯陽男子高等学校では、その噂を知らぬ者はいない。
件の凛とした芯の強さが窺えるらしい美少女を一目見ようと、しばしば隣の正門を覗き込もうとする輩もいるとか。
まあ、件の少女だけでなく、花の園を見たいと思う生徒は多いのだけれど。
「……なあなあ、昴ー」
白く細い腕を前に伸ばし、片頬を机に伏せた少年は、傍らの友人の名を呼んだ。
多少くせっ毛の焦げ茶色の髪に、同色の大きな瞳は子猫のよう。
卵形の小さな顔に桜色の唇。決め細やかな肌。少女のように可憐な容貌の持ち主である彼は、呼んだ友人の返答が無いことに気付き、訝しげに顔を上げた。
「……昴?」
はっと我に返ったように、漸く彼の友は口を開いた。
「な、何?」
明らかに透けて見える動揺に対し、可愛らしい顔立ちを更に怪訝に染めて、彼は首を傾げた。
「――なんか、今日お前、おかしくないか?」
「っ……。…気のせいだろ。俺はいつも通りだ。それで、何?」
冷静に対応してくる姿は普段通り。
まだ多少腑に落ちないながらも、一応は納得して用件を述べた。
「あのさ……噂の子って、そんなに綺麗なのかな?俺、まだ見たことないんだ」
元々、それほど関心は無かったのだが、あまりに皆が騒ぐものだから、多少なりとも好奇心はわいてくるのは当然のことだった。
隣校には何人も騒がれる少女達がいる。香月も灯陽も、良家の子女・子息が多い為に色々な意味で目立つ存在は多数いた。けれども彼の噂の主はその中でも群を抜いているのだ。
「……さあ。顔の美醜なんて、個人の価値観の違いにもよるだろ」
顔を伏せがちにそう告げた相手に、彼はむーと唸った。
「そーだけどさー…」
「…そんなに気になるなら、見に行けばいい」
心なしかその台詞に僅かに刺があった気がして、内心首を傾げながら、言われた内容にむっとした。
「ヤだよ。その子が可哀相じゃんか」
「…え?」
驚いたように目を見張ってくるから、彼は何を驚いているんだと言を続ける。
「見せ物じゃないし珍獣でもないんだから、冗談半分で見に行くのって失礼だし、その子を人として扱ってないだろ」
「………」
「昴?」
「……………」
「…おーい?」
無言で固まっている相手の目の前に手を持ってきて、手のひらを打ち合せた。
高い音にびくりとした友人は、目をしばたたかせて焦点を合わせてくる。
「大丈夫かー?」
「あ、ああ。悪い…」
いつもと様子が違うのがやはり気になる。
心配そうに顔を歪めて、彼は言った。
「お前、どっか悪いんじゃないか?もう早退しろよ。先生には俺から言っておくから」
「え、でも…」
「いいからっ」
「…わかった…」
渋々の了承に、彼は満足げな笑みを浮かべたのだった。
初めの乙女たちのやりとりから膨らんだ物語です。
もしかしたら主役二人より周囲の方が濃いかもしれません。
気に入って頂けたら幸いです。