第2話 初心者狩り
「続いては右上の家のマークを押してください」
俺は頷きながら家のマークを押すと6つのジャンルに分かれた画面が表紙された。6つのジャンルにはそれぞれプレイヤー、持ち物、クエスト、フレンド、ギルド、設定と書かれていた。
「プレイヤーというボタンを押していただくと、先程の画面が表示されるようになります。持ち物に関しましてはゲーム内で購入された食料類は全てスマートフォンの中に保存されますので、選択して頂きますと手元に召喚される仕組みになっております。リンゴをひとつ持ち物に入れておきましたので試してみてください」
言われた通りに持ち物からリンゴを選択すると、今までのスマートフォンや石と同じようにパッと空中に姿を現した。
「すげぇ、便利」
「気に入っていただけたようで何よりです」
俺は宙に浮いたリンゴを手に取って1口かじりながら、彼女の話を聞くことにした。
「続いてはクエスト。こちらは色んなクエストが記載されており、クリアしていただくことで様々な報酬が得られます。このチュートリアル終了後も報酬がありますのでご確認ください」
「フレンドっていうのは、普通にこのゲーム内で友達になるって感じか?」
「その通りです。お互いにフレンドであることを認識できた場合、こちらに記載されます」
「このギルドっていうのは?」
「こちらはいわゆるゲーム内のグループみたいなものです。多くのプレイヤーはギルドに加入し、それぞれが拠点を作って生活しています。ただし、ギルドに加入するためには特別な作業がありますのでご注意ください」
普通のオンラインゲームとなんら変わらない感じか。ここまで聞いてる感じはすっごい楽しそうなゲームなんだけど、なんなんだろうな、このモヤッとした気持ちは。
「なにかご質問はございますか?」
質問したいことなんて山ほどあるけど、本当に夢というのなら流れに身を任せればどうにかなる、か?
「特には、ない、かな」
俺がそう言うと彼女はニッコリと笑った。
「あなたは疑い深い人なんですね。ここは夢の中ですから、気にする必要はないのです。プレイヤーの皆様はこのゲームを楽しんでおられるのです。瀬尾様もぜひお楽しみいただけたらと思います」
彼女がそう言うと、彼女の後ろのほうが白く輝き出した。
「この光の先はチュートリアルを終えた人がたどり着くはじまりの町に繋がっています。瀬尾様に御加護がありますように」
俺は意を決してゆっくりと光のある方へと歩き出した。ふと後ろを振り向くと、彼女は優しく手を振りながら笑顔でじっとこちらを見つめていた。
やがて、彼女が見えなくなると目の前の世界が少しずつ木々が生え、緑の草原が広がった場所に変わっていった。
「まじかよ」
ふと後ろを振り向くと、彼女の姿はもう見えなくて、どこを見渡しても緑の草が生い茂った草原になっていた。
「すげぇ、ゲームのなんにも持ってない主人公みたいだ」
ぱっと自分の姿を見てみると、淡いクリーム色の薄いTシャツに同じく薄い黒の7分丈のズボン、靴はボロボロの革靴を履いていた。
「まあ、ゲームと同じならどっかで買えるのかな。それにしてもこれからどうするかな」
ふと青い空を見上げて呟いた。
せっかく色々聞いたんだし、目が覚めるまで楽しんでしまおう。そのためにはまず、自分の能力を詳しく知らないとな。
俺はそう思い、木の下に落ちていた枝を拾って次はナイフをイメージしながら武器化を始めた。
「ちょっと慣れてきたぞ……」
少し切れそうな形に成型することが出来た。何回か草が切れるか試したところ、切れ味は悪いが全く切れないことはなかった。
「こういうのを銃に変えることも出来るのかな」
と、イメージしてみたが、銃を見る機会なんてなかったこともあってか、武器へ変えることが出来なかった。
「実物みながらの方が上手くいったりすんのかな」
頭を使って疲れてしまった俺は木の下に座り込んで白い雲の浮かぶ空をじっと眺めた。
さて、これからどうするか。町みたいなのがあるって言っていたし、とりあえず歩いてみて考えるか。
「おーい、そこの君、なにやってんの?」
ふと声をかけられ、左の方を見ると明らかに不良みたいな雰囲気の男二人組が俺を見つめていた。
「えっと、休憩、というか……」
「あ、君、エコーラーでしょ」
「なんのことだ?」
「うーわ、そんなことも知らない初心者とか、最高じゃん」
明らかに興奮気味の男に不信感を抱いた俺は奴らから見えないように右手を後ろに動かし、近くにあった枝を持った。
「俺らもさ~エコーラーなんだけど、もうエコルが足りないんだ」
「だから君からエコル貰いたくってさ」
"エコルはプレイヤーを倒すことでも手に入ります。"
ふとさっきの女の声が頭に浮かんできた。
まさかこいつら俺のエコル狙い!?
「なんの能力かは知らないけど、気絶させなきゃエコルは貰えないから……な!」
そう言うと、一人の男は俺の腹に蹴りを入れた。俺はその衝撃でその場に倒れ、痛む腹を左手で抑え込んだ。
いってぇぇ、夢なのにこんなに痛いのかよ……。
この状況、やばすぎる。
早く逃げ出さなきゃ。
「ほーれ、もう1発」
男たちは倒れ込んだ俺をいいことに何度も何度も蹴ったり、踏みつけたりしてきた。
「こんな雑魚に俺たちの能力なんか使う必要ねぇなぁ」
「そろそろ気絶してくれよ!」
俺は痛みに耐えながら、疲れて一瞬蹴りを止めたその瞬間に右手に持った"ナイフ"で一人の男の足を切りつけた。
「……っ!?いってぇ!なんだ!?」
武器化が上手く成功したようで一人の男のズボンが赤く滲み出していた。驚き、戸惑う二人を前に俺は直ぐに立ち上がってナイフを突き出した。
「そんなもの持っていやがったとはなぁ」
「いてぇじゃねぇか」
「そ、それはこっちのセリフだ……!」
武器化が終わるまでは5分。どうにかしてこの危機から脱しないと、俺は確実にボコされる。
「これを使うつもりはなかったんだけどなぁ」
一人の男はそう言うと何も無いところから銃を、もう一人の男はナイフを出現させ、俺には先を向けた。
「さっさと死んじまえ」
本当に死を覚悟したその瞬間、男二人は俺を攻撃するのをいきなり止めた。それもそのはず、さっきまで気持ちいいくらいに暖かった気温が極寒の中にでもいるかのような冷気に包まれたからだ。
「初心者狩りなんて、つまらないこと止めたら?」
少し離れた木の影から髪が長く、美しいという言葉が良く似合う女が姿を現した。彼女の髪は純白に近い白髪で赤いメッシュが入っていた。
「なんだ、てめぇ」
「聞こえなかった?つ、ま、ら、な、いって言ってるのよ」
キリッとした目で二人の男を睨みつける女はかっこよく、自信に満ち溢れているようだった。
「てめぇ、俺らを怒らせるとどうなるのか、その身体に覚えさせてやる!」
ナイフを持った男は女に向かって走り出した。
「いいぜ、相棒。援護する」
もう一人の銃を持つ男は女に向かって銃口を向け、躊躇いもなく何発も放った。
「おい、やめ……!」
止めなければと咄嗟に手を出したが、女は馬鹿馬鹿しいと言うかのような表情ですっと右手を上げた。すると、女の目の前に大きな氷塊が出現し、銃弾と向かってくる男の攻撃を防いだ。
「なんだ、この氷!」
「お仕置の時間よ」
女は軽く指を鳴らした。
すると、ナイフを持った男は急に静かになり、ナイフを女に突き出した状態で動かなくなった。……いや、凍らされたと言った方が正しいかもしれない。
「お前、こいつに何をした」
「凍らせただけよ。生きているわ。まだ戦う?」
「くそが!!!」
銃を持った男は何発も銃を撃つが、女は氷を出現させてはその攻撃を防いた。
「ちっ、弾切れかよ!」
攻撃が止まった瞬間を女は見逃さなかった。女は少し離れた位置にいる男の元にものすごい速さで向かっていった。女は動揺して少し体勢を崩した男に右手で触れた。
「初心者狩りなんてもうやめる事ね」
銃を持った男は体勢が崩れかけた状態で凍らされ、まるで変な芸術作品でも出来上がったようだった。
「さあ、私の氷が溶ける前にここから逃げるよ」
女はそう言うと、俺に近づき、手を差し伸べてきた。